第一話:伝説の全裸召喚
「プロジェクトマッピングかと思ったら、召喚魔法陣だったんです。それが全ての始まりでしたね」(談:勇者ダイ)
◇◇◇
その日、下野大(27)はいつものようにサービス残業を終え、コンビニの半額弁当を片手に夜道を歩いていた。
頭の中を占めているのは、「明日も朝六時に起きなきゃいけない」という絶望だけだ。
足取りは重く、視線は虚ろ。もはや人生に対する期待値はゼロに等しい。
だからだろう。
足元に突如として現れた光り輝く魔法陣を見ても、彼は大して驚かなかった。
「……最近のプロジェクションマッピング、景気いいな」
そんな現実逃避気味の感想が、ぽつりと漏れる。
――次の瞬間だった。
ふっと、身体から重力が消えた。
視界が白く塗りつぶされ、空間がぐにゃりと歪む。
どよめき。ひんやりとした空気。
そして、場違いなほど荘厳なパイプオルガンの音色。
「おお……! ついに、ついに成功いたしましたぞ! 我が国を救う聖女様と勇者の召喚が!」
ダイが目を開けると、そこはファンタジー映画さながらの王宮の大広間だった。
目の前には、戸惑いながらも可憐に佇む女子高生。
その周囲を取り囲むのは、豪奢なローブを纏った老人たちと、跪く重装騎士の一団。
「ここ……どこ?」
女子高生が震える声で呟く。
「異世界へようこそ、聖女様! さあ、まずは皆様の『ステータス』を拝見し、その神聖なる力を確認させていただきたい!」
その言葉と同時に、ダイと女子高生の前へ、半透明のプレートがふわりと浮かび上がった。
まず表示されたのは、女子高生のもの。
そこには金色の文字で、輝かしくこう記されていた。
【名前:瀬戸 結衣】
【職業:伝説の聖女】
【スキル:光魔法(極)、全属性耐性、神の加護】
「おおお!」
「素晴らしい!」
「さすが聖女様だ!」
広間が歓喜に包まれる。
(……じゃあ次は俺か)
ダイはわずかに期待した。
勇者として呼ばれた以上、それなりの当たりスキルが来るはずだ。
(せめて【聖剣召喚】とか……いや、贅沢は言わない。【剣聖の加護】くらいでいい)
そんなささやかな願いとは裏腹に、ダイのプレートは不吉なノイズと共に明滅した。
【名前:ダイ】
【職業:勇者】
【エラー:装備スロット消失】
【固有ギフト:絶対不可侵(全裸固定)】
「……は?」
ダイの口から間の抜けた声が漏れる。
それと同時に、鑑定を行っていた魔術師が悲鳴を上げた。
「な、なんだこれは!? 装備スロットが……ない!? この男、概念的に『服を着る能力』が欠落しているぞ!」
「いや意味がわからな――」
言い終わる前だった。
ダイの着ているビジネススーツ。その繊維の一本一本が、まるで恐怖に震えるように激しく振動し始めた。
パシッ、と乾いた音が響く。
そして……それは連鎖した。
「あ、おい。待て、ちょっと待て!」
スーツのボタンが弾け飛び、ネクタイが霧散する。
シャツは紙吹雪のように舞い、ズボンは存在そのものを否定されたかのように消滅した。
靴下も、下着も、例外なく――すべてが、消えた。
一瞬の静寂。
豪奢な王宮のど真ん中で、ダイは生まれたままの姿で立っていた。
「ぎゃあああああああああああッ!!」
聖女の悲鳴が広間に響き渡る。
彼女は音速で目を覆った――が、指の隙間からしっかりと覗いていた。
「不潔! 不敬! なんてものを見せるのだ貴様ッ!」
国王が激昂し、騎士たちが一斉に剣を抜く。
「違う! 俺が脱いだんじゃない! 勝手に消えたんだ!」
「黙れ変態! その不浄なる男を捕らえよ! 地下牢へ叩き込め!」
十数人の騎士が殺気立って突撃してくる。
(終わったな……)
と、ダイは思った。
異世界転移からわずか一分。全裸で処刑。あまりにもひどい最期である。
だが、先頭の騎士が放った鋭い一撃。
その剣先がダイの胸元に触れる直前――。
ガキンッ!!
凄まじい衝撃音が響き、長剣が粉々に砕け散った。
「……え?」
「ひるむな! 組み伏せろ!」
今度は三人の騎士が同時に飛びかかる。
しかし――触れる前に、弾き飛ばされた。
「うわあああ!?」
「なんだ、この反発力は!?」
まるで見えない壁に激突したかのように、騎士たちは吹き飛ぶ。
さらに。
床に転がった彼らの甲冑が、ガラスのように砕け、霧となって消えていった。
十秒後。
広間には、ダイと同じく“生まれたままの姿”となった屈強な騎士たちが転がっていた。
「……えーと」
悪夢のような光景に、ダイは呆然と立ち尽くす。
自分のステータスを見直す。
【固有ギフト:絶対不可侵(全裸固定)】
説明:いかなる衣服・装備・外部干渉も、本体の肌に触れることはできない。
(……なるほど)
理解した。
(つまり、俺に触れた瞬間に全部ぶっ壊れて消滅するってことか)
剣も、魔法も、防具も、そして何故か肌着までも……。
(……これ、全裸でいる限り無敵じゃないか?)
ダイはゆっくりと顔を上げ、残りの騎士たちを睨みつけた。
「いいか、よく聞け」
一歩、踏み出す。
「俺に近づいたやつは全員、俺と同じ姿になる」
堂々と、言い切る。
「――それでも来るなら、好きにしろ」
「ひぃいいいいいい!」
騎士たちは一斉に剣を投げ捨て、両手を上げた。
ダイは、口をパクパクさせている国王へと視線を向ける。
「……というわけで陛下」
妙に落ち着いた声で言った。
「どうやら俺、服は着られないみたいなんですが――その代わり、誰も触れないみたいです」
胸を張る。堂々と。無駄に。
「とりあえず風邪をひくと困るので、一番暖かい部屋に案内してもらえますか?」
こうして。
世界で最も無防備で、世界で最も鉄壁な――
全裸勇者ダイの伝説が、幕を開けた。




