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25話


 北見さんたちに説明せずにあの男が襲ってくることを知らせる方法として、俺は二人に見張りに立ってもらう事にした。

 あの男は最初黒い人型の状態で襲ってくる。

 そこに制限があるのか、密かに影で奇襲を掛けてきていた。

 ならば俺は休むフリをしてテントの中で準備をし、男が来るのを待った。

 失敗しても()がある前提の作戦だ。


 ――結果的に作戦は上手くいった。


 ――――――



 月明かりの下で、影だけがひとりでに移動している。

 通常ではありえないその光景は、敵の襲来を知らせるに十分な光景だった。

 警戒する3人の前で、地面と一体化する程に平らな影が盛り上がりを見せ、形を取る。

 それは黒い影の人型であった。

 変化はそれに留まらず、人型の影はぼこぼことその形を変え、次第に人の形を取る。

 体格の良い、白髪の偉丈夫といった男の姿に変化した影は、しかし人ではない証拠にその背に一対の翼を生やしていた。

 男は忌々しそうにその赤い双眸を3人へ向ける。


『大人しくしていれば苦しまずに済んだものを、愚かな連中だ』

『あんた、魔族ね。封印が緩んでるのはあんたの仕業だったのね』


 アリシアが男に声を掛ける。

 魔族と呼ばれた男は、その顔を憎悪で歪ませた。


『私を魔族と呼ぶな! 私は真なる神に仕えし天使! 羽虫が如き連中とは違うのだ!』

『ふんっ、天使族を騙るならその汚い羽を隠しなさいよ。天使族の翼はもっと綺麗なのよ!』

『おのれっ! 私を愚弄するな小娘が!』


 男が手をこちらへ向けた瞬間、男の足元の影が高速で伸びてくる。

 アリシアの目前に移動した影は、途端に盛り上がりを見せて鋭い槍のような形を取って放たれる。


『っ!』


 間一髪、工藤がアリシアの体を押し飛ばす。

 男は避けられた事にも顔を歪ませて不快感を滲ませていた。


『忌々しいエルフの小娘め。我らが神の眷属を封じたに留まらず邪魔ばかりしおって……、そもそもなぜニンゲンがここにいるのだ!』


 男の怒りの対象はアリシアだけに留まらず、工藤と北見にも向いていた。

 時間をやり直している工藤にとって、やたらと上機嫌に見えた男との以前の違いに驚く。

 前回、よほどアリシアを殺せた事を喜んでいたのだろう。

 あるいは、神の眷属の封印が解けた事に喜んでいたのか。


『助かったわクドォ』


 北見の手を借りて立ち上がったアリシアが、工藤に礼を言う。


『魔族が相手なら有効な魔術があるわ。時間を稼いで頂戴』


 アリシアの言葉に、工藤は頷き了承を示す。


「北見さん、援護を」

「え、あ、はい!」


 言うやいなや、工藤が走り出す。

【スキル:韋駄天】による高速移動により、瞬く間に男との距離を詰め剣を振るう。

 それを男は片手で受け止めた。


 金属を叩いたような不快な音が響く。


『そいつは多分何かを依り代にしてるわ! 物理攻撃は効果が薄いわよ!』


 アリシアの忠告に頷きながら、一度後ろへ跳んで男との距離を取る。

 その後方を、回るように移動した北見が取っていた。


「【短剣スキル:弐突撃】!」


 北見が両手に持った短剣を同時に突き立てる。

 スキルによって強化された一撃は衝撃音と共に男の体をのけ反らさせた。


『グっ! 舐めるなニンゲンが!』


 眼光鋭く、男は後ろへ振り向き手を払う。

 同時、男の影から複数の影の槍が飛び出し北見を襲う。


「っ! くっ!」


 北見が跳んで避けるが、その先端が少し北見の肩に触れる。

 影の槍が触れた部分の北見の肉は削げて血を滴らせる。


「安易に近づくのは危険ですね……」


 影から槍が飛び出してくるのは避けられない速度ではなかったが、今が夜である事も相まって視認しにくい。

 北見は自身の持つ短剣を見る。

 突き立てた短剣の先が少し欠けていた。

 想像以上の硬さだ。

 しかし男の方も無傷というわけではなく、北見の短剣が当たった背中には傷が入っており、傷を中心に罅が広がっている。

 金属というより、凄く硬い陶器を相手にしているようだった。


「工藤さん! 押し続ければいけます!」

「分かった」


 男の体は固いが、手も足も出ない程の硬さではない。

 特に一点集中させた一撃であれば十分に体を破壊する事が出来る。

 その隙を作る為にも、北見は工藤を呼んだ。


 工藤が長剣のリーチを使って立ち回り、北見がその隙を突いてスキルを叩きこむ。

 男は自身の影を自由に動かす事が出来るようだが、そこに注意していれば北見か工藤、どちらかにしか来ない。

 男の体には小さい傷が積み重なり、それはやがて広がっていく。

 だが依然男の動きに陰り見えなかった。

 肉体の損壊を気にしない男の攻撃は激しさを増していた。


『待たせたわね!』


 膠着状態を破ったのは、アリシアだった。

 アリシアの言葉に工藤が下がり、北見もその行動を見て下がる。


「凄い……」


 戦いに集中して北見は気づいていなかったが、アリシアの頭上には暗い闇を照らし出す光の玉があった。

 ()()()という、この世界の人間ではない北見や工藤は知る由もない、闇の神の眷属である魔族との長い戦いの末に生み出された魔術だ。

 光球はただあるだけで闇の生物に効果を発揮し、光球に触れた闇の生物を()()する効果がある。


『――――』


 特質すべき点は、闇の生物以外には効果がないという点だ。

 その時男の前にいた北見だけが、見ていた。


 男が嗤っているところを――。


『⬛️⬛️⬛️⬛️』

「っ!」


 北見や工藤では理解する事も出来ない、魔術を扱えるものだけが知る言語である魔術言語による魔術が放たれる。

 しかしそれを放ったのは、アリシアではなく男だった。


 3人の足元の影が不自然に盛り上がり、飛び出す。

 槍の形をした影はアリシア、工藤を貫く。

 北見だけが異変を察知し、寸前で避ける事が出来た。


「――アリシアさんっ!?」


 地面に倒れる二人を前に、北見がアリシアに呼びかける。

 だがその声は彼女には届かない。


 アリシアの使った魔術は、魔族という種に対する特攻兵器であった。

 

 その疑問に、誰に聞かれずとも男が答える。


『だから愚かだというのだ、エルフの小娘。言ったであろう、私は真なる神の眷属であると』


 その言葉の真意が、男が闇の眷属ではない事を示していた。


 光球により闇が照らされ、影は一層の濃さを増す。

 男は影を操る事の出来る魔術を持っていた。

 無条件に操る事の出来る自らの影と、幾つかの条件を満たす事で周囲の影を操る事が出来る。

 アリシアの光球が一時的にこの場を照らしたお陰でその条件は満たされたのだ。


 アリシアと工藤の胸を貫いた影の槍は、即座に死に至らしめるものではない。

 だが治療しなければ確実に死に至るものではあった。


『――さて、残りは貴様だけだなニンゲン』


 男の鋭い眼光が北見に向けられる。

 北見は今、自分がどうすればいいのか分からなかった。

 逃げるべきか、戦うべきか。

 二人がやられ、自分がどうすればいいのか分からない。

 男に脅えているわけではないのだ。

 ただ困惑している。

 

 ――かつて北見は何の選択も出来ず、それゆえに探索者となった過去がある。

 自ら選んだものではなく、無理矢理に掴まされたものだ。

 あるいはそれで命を落としたとしても構わないとさえ思っていた。


 今も、その考えは変わっていない。

 自らの命になど価値はない。

 両親に一人残された時から、生きながら彼女は死んでいるのだ。


 だがそんな彼女にも、大切だと思えるものはあった。

 それはエルフを愛する心。

 つまり、()()()()()()()()()


(そうだ。まだ死んでない……)


 微かにだが、アリシアは息をしている。

 今すぐに男を倒せば、彼女を助ける事が出来るかもしれない。


 北見の瞳に灯が宿る。

 それは覚悟であり、勇気でもある。

 男を倒し、アリシアを救うという愛でもある。

 アリシアを傷つけた事に対する、強い怒りでもある。


 ――【スキル:⬛️⬛️を手に入れました】。

 ――【条件を達成しました】。

 ――【スキル:⬛️⬛️は【スキル:忍耐こそ美徳】に変化しました】。

 ――【スキル:忍耐こそ美徳が発動しました】。

 ――【全てのステータスが大幅に向上します】。

 

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