26話
スキルとは、神が与えた恩恵であると言われている。
努力が形と成した時、才能が形と成した時、想いが形と成した時に神が与えし恩恵――それがスキルだ。
ならば【スキル:忍耐こそ美徳】は、何を成した結果得られたスキルであるのか。
家族を喪った苦しみを耐え、生き残った自身への怒りに耐え、彼女を取り巻く全ての辛い出来事を耐え忍び、そして今この瞬間に自ら選択した事で得られたスキルだ。
北見は、このスキルがこの場の危機を乗り越える為の力を与えてくれたことだけは分かった。
『何だ……?』
北見の異変に、男も気づく。
見た目が変わった訳ではない。
だが今この瞬間、明白に何かが変わったのだ。
ただそれだけが分かった。
『何であろうと構わん! 後は貴様を殺せば真なる神の――』
アリシアの作り出す光球が消えたとて、男の影を操る魔術が失われた訳ではない。
男は魔術を唱え影を伸ばし、槍の形にして射出する。
しかしその一撃は、北見が振るった短剣の一振りにより砕かれた。
『なにっ?!』
影の魔術により操られた影の強度は、男が加えた魔力の量に比例する。
全力の魔力ではないとはいえ、易々と砕かれる硬度ではないのは間違いなかった。
それを容易に砕かれたのだ。
(体が軽い……)
驚いているのは男だけではなかった。
北見自身も、驚きを隠せないでいる。
北見はただ、何気なしにゆっくりと迫ってきた影の槍を、短剣で切っただけなのだ。
出来ると思った、というよりは出来て当然の事だった。
「なぜか、なんて分かりませんけどこれならいけそうです」
北見が短剣を男に向ける。
男には北見の話す言語を理解する事は出来なかったが、短剣を向けられた瞬間にぞくりと背筋が凍るような思いがあった。
瞬間、男の前から北見の姿が消えた。
『がっ?!』
男が気づいた時、目の前に北見の姿があり首元に短剣が深々と突き刺さっていた。
予兆すら感じさせない一撃を受け、男は自身の影を操り槍を伸ばして北見から距離を取る。
首元に手を当ててみれば、傷の部分に穴が開いているのが分かった。
「やっぱり、死なないんですね」
首元に穴が開く程の傷を与えても、男は立っている。
そこから出血している様子もない。
明らかに生物ではない。
「どうすれば死ぬんでしょうか。あまり時間もないのですけど」
男の体は全身に罅が入り、背中と首元に穴が開いている。
それでも男の行動に制限が掛かっているようには見えなかった。
「粉々にすればいいですかね?」
緩く、口元を緩める北見を前に、男の怒りが湧き上がる。
理由は知らないが、北見が大幅な強さを得た事は分かった。
だが危機を前に人間が力を得るのは珍しい話ではない。
男自身、幾度も戦った相手が急に強くなった経験があった。
特に、人間に起きやすい現象だ。
今のままでは、どう足掻いた所で北見に勝つことは出来ないと男は判断する。
それでは、男の目的を達成する事が出来ない。
『出来ればこれは使いたくなかったが、仕方ない! ⬛️⬛️⬛️⬛️!!』
男が魔術を唱えたのを確認し、北見は自身や周囲の影に注意する。
だがこの魔術は影の槍を生み出すものではなかった。
男の影が足元から男に纏わりつき、その全身を覆っていく。
黒く染まる男の体。
全身が影に覆われる。
影の魔術――その秘技・影纏い。
工藤や北見に同時に襲われた時ですら使用を躊躇った、影の魔術の秘技である。
その効果は一時的な身体強化と、影を纏った事による至近距離からの自在な影の槍による攻撃。
弱点は、人型の依り代でしかなかった姿に、男の本体である影を纏う事だった。
『死ぬがいい!!』
男の手に、黒い影で出来た剣が形成される。
瞬間、地面を砕く程の踏み込みで一気に北見との距離を詰める。
「っ」
その速度は先ほどまでとは比べ物にならないものであったが、北見は上体を逸らして剣を避ける。
だが瞬間、男の腰部分から影の槍が飛び出し北見の腹を抉った。
「あぐっ!」
何とか男から離れて距離を取る。
傷口を確認すれば、致命傷こそ避けていたが浅いものではなく絶えず出血していた。
(そう簡単にはいかないみたいですね)
傷口からの出血は止まらないが、北見は手で押さえるのを止める。
これでアリシアが死ぬまでのタイムリミットに加えて、北見自身が出血死するまでのタイムリミットが追加された。
(どうしてでしょうか)
男の急激なパワーアップに、自身とアリシアのタイムリミット。
状況は好転しているとは言い難い状況にあったが、北見は冷静であった。
まるで、負ける気がしなかった。
北見は両手に持つ短剣を握りしめる。
その短剣が、俄かに光を発していた。
『次で終わりだ……』
先ほどよりも深い踏み込みで、男が駆け出す。
傍目には瞬間移動のような速度で男が詰め寄り、剣を振るう。
「【短剣スキル:パリィ】」
しかし振り下ろされた男の一撃は、北見の短剣に弾かれる。
一瞬、男は驚きに目を見開くが、すかさず前身から影から影の槍を射出。
前方を隙間なく埋め尽くす影の槍は、確実に北見の全身を貫いたはずであった。
その声は、男の頭上から聞こえていた。
あの一瞬、北見は剣を弾いた瞬間に頭上に飛んでいたのだ。
男は刃を振り下ろす北見の姿に、頭上から口を広げて襲い来る巨大な狼の姿を幻視した。
「――【短剣スキル:終の牙】」
『バカな……』
北見の二本の短剣が男の頭部を貫き、その勢いのまま男を両断し四等分する。
『私が……、神の使徒たる私がニンゲンなんぞに……』
四等分されながら、男は信じられないものをみたという顔をする。
しかし北見の興味はもう、男にはなかった。
「アリシアさんっ!」
すぐに北見はアリシアの元へ駆け寄る。
地面を濡らす赤い血が月明かりの下で照らされている。
だがよく見れば、アリシアの体から小さい光が漏れているのが分かった。
「?」
それはアリシアの傷口から出ており、慎重に仰向けの状態からひっくり返してみれば、傷口に手を当てており、その手が光っているのだ。
「これは……?」
傷口をみれば既にアリシアの傷口から出血がない。
血が止まっているのだ。
アリシアは意識を失う寸前、自らに治癒の魔術を施していたのだ。
「……よかった」
北見は魔術の事をほとんど知らないが、魔術で傷を閉じたのだろうと判断した。
そこで、ハッとしたように工藤の事を思い出す。
そういえば、工藤も死にかけていたはずだった。
「工藤さん!」
工藤が倒れている位置まで移動する。
工藤もアリシア同様、大量の出血があった。
だが、静かに呼吸を行っているのか肩が揺れているのが分かった。
慎重にひっくり返してみれば、傷口が開いているが目に見えて閉じ始めている。
そういえば、と工藤が以前自然治癒のスキルを持っているといっていた事を北見は思い出した。
「良かった。みんな生きてる」
途端、北見は肩の荷を下ろしたかのような脱力感に襲われ、座り込んだ。




