初のライブ、開幕!
10月の終わり。遂にCDリリースに先立ってのライブの日になった。東京の比較的大きなドーム、一回きりの公演。
喉を湿らせたり肌の調子を見ていると、光が隣で震えていた。
「大丈夫か」
「緊張してきた。どうしよう」
「サッカーの指導者の本で読んだんだけれどさ」
俺は、正面の鏡を見ながら言った。
「緊張してるのは寧ろいいらしいよ。それだけ不安になることに向き合ってるって証拠だから」
「なるほど!」
両手をバン!と叩いて顔が一気に明るくなった。ここまで単純で素直なのは才能だな、そう思っていると光は、一気に椅子にもたれて爆睡してしまった。目の下にクマがある。
相当、思い詰めてたんだろうな。
「開演20分前には起こすぞ……コイツ大物だな」
関さんが声をかけてもいびきが聴こえるだけだった。
「よろしくお願いしまーす」
笑顔を向けて片手を振ると、光はその3倍ほどの身振り手振りで両手を振っていた。
「少しは省エネしろって」
頭をはたくと、相棒はミュージカル調で歌い出した。
「皆さんに会えてワクワクが止まりませーん!」
「ワレは悟空か」
観客がどっと沸いた。これでいい。光が言うこと、動き、歌声すべてに「ハモ」ればいい。
こいつのやることなすこと、たとえ滑ったとしても本物だ。俺はこいつの主旋律さえ見失わなければいい。
「ものすごく緊張しているけど、海音がいるから安心です!今日はよろしく!」
割とマジでこっちのセリフなんだけどな。でもそれは俺だけが分かっていればいい。
気を取り直して集中し、人気のJポップや歌謡曲のセトリを改めて思い浮かべた。
ライブも終盤に入った。観客は光の歌声に驚いているようだ。いいぞ、今まで窮屈だったぶん、ガンガン叫んでやれ。
そしてこのまま上手く締まれば御の字だ。
「それでは聞いてください。僕が作詞した曲です」
思ったより落ち着いた声で観客に話す。
「でも、これはきっと共作ですね。まだコンビを組むと決めたばかりのこと。共演後にこんなことがありました。光が控室で急に『いつも笑って写真に写って。本当の僕はどこにいるんだろう』そう言ったんです」
「そしたら海音が言ったんだよね。えっと……」
「そこは覚えてろよ!」
強めにどつくと、想定外だったらしい。バランスを崩すも、押された勢いそのままに倒れた。少し体幹が弱いのだろう。
「やー、ごめん!本当ごめん!」
「はい、僕が説明しますね」
その時の観衆の何割かの光に対する視線が目についた。決して空気を読むタイプでないことを歓迎しない雰囲気だった。
それは、暫く俺がフォローすればいいことだ。
「それで僕が言いました。『探さなくても、俺もお前もここにいるだろ?俺たちが把握しなきゃいけないのは仕事の内容。俺たちの仕事は?』って。光が『アイドル!』って言ったので、僕は『それが分かってれば問題ないから準備するぞ』そう言ったんです」
光はぽかんとした顔で、呟いた。
「それを自分で言う?」
「お前が覚えてなかったから俺が言ったの!」
6割が笑って、2割が引いている。残りの観客の2割はどっちつかずの中立か。先のことが気になったが、大切なのは今だ。
「今話したエピソードからも歌詞は生まれました。二人の化学反応で出来た曲です。聞いてください。『やがて未来とすれ違っても』」
自分で作った曲だからだろうか。急に震えそうになる声を抑えて歌いだす。
もう一つのこの星で僕は僕と出会ったよ
光を見ると笑顔だった。呼応するように歌い出す。
たったひとつのこの世界で君は君を見つけるんだ
歌唱は順調に続いた。光の歌声はCMの音源を遥かに凌駕している。負けじと俺もハモり、自分のパートも音程を安定させて歌った。
今という取っておけない宝石は
首に下げなくても
指につけなくても
輝いている
目的地は遠くても そこに向かう靴音を響かせたい
よし、これならいける。楽曲は終盤に来た。俺は自分の最後のパートを歌う。
君の瞳に僕がいる
あとは光が「もう一人の僕が映り込んだんだ」と歌うだけだ。
すると、衝撃音がした。すかさずスタッフの方を見ると手でバッテンを作っている。
そして、楽曲の音響が消えた。すかさず光を見ると、無音の状態で二人で目が合った。
他に誰もいないような気がした。相棒の目には流れ星のような光が走った。嬉しそうな声がアリーナに響いた。
幸せそうで羨ましいや
のちに、インタビューで散々聞かれた。
「「君の瞳に僕がいる」からの「幸せそうで羨ましいや」のラスサビ、最高でしたね!「幸せそうで……」の前で無音になって白川くんのセリフで終わるのもいい!」
「はい……」
歌詞カードを見ると、全く違う結末がそこにあった。
俺の書いた歌詞のラストは
君の瞳に僕がいる もう一人の僕が映り込んだんだ
光が歌った締めは
君の瞳に僕がいる 幸せそうで羨ましいや
「大切な人の瞳に自分が映ってる、つまり見つめあってる。そんな自分の姿に敢えて『羨ましいや』と他人のことのように言うことで、客観的に自分と相棒の関係を表している。最後でグッと良くなりましたね!」
これが不意のアクシデントによるものだとは、司社長と真鍋プロデューサーの判断で公にしないことにした。
『やがて未来とすれ違っても』
ジャケットのデザインは三分割されていた。上には夜空があって「光」「海音」と黄色のフォントの文字が躍る。
真ん中の海には『STAR By keit』と『やがて未来とすれ違っても』と上下に並んでいる。
そして、下にある砂浜にはキャップを被った二人の少年が肩を組んで夜空を見上げている。
ジャケットのデザインは光によるものだ。その独特のビジュアルセンスと何とか功を奏したタイトル、初回限定盤のみ収録された「伝説のライブバージョン」のお陰で、CDは飛ぶように売れた。
サブスクで期間限定でライブバージョンを配信したこともあって、収入はうちの事務所では桁違いだったようだ。
「あの時、なんであの言葉が出たんだ?」
ライブが終わった後の控室で、俺は光に聞いた。「あの言葉」とは「幸せそうで羨ましいや」のことだ。光は責められたと思ったようで、少し萎縮していた。
「ごめん、勝手に歌詞を変えちゃって」
「いや、いいんだよ」
光に顔を向け、笑顔を作る。本心では驚きが勝っていたが、その表情だとまた怯えさせてしまうだろう。
「『僕の瞳に君がいる 幸せそうで羨ましいや』すごくいい歌詞になったじゃないか。目に映る自分を他人みたいに表現することで俯瞰した目線が生まれる。深い歌詞になったよ」
光はほっとしたような表情で笑った。
「あの瞬間、音楽が止まったでしょ。その時に海音の目の中に本当に僕がいる気がしたんだ。ああ、幸せそうだな、羨ましいなって。だからそのまんまなんだよ」
そうか、やっぱり光は自分が思うほど捻くれちゃいない。
こいつはいつもそのまま、自分が思うままに生きてすべて持って行ってしまうんだ。プロデュースしがいのあるアイドルだ。そしてコンビを組むのは大変だろう。
「でも、あの歌詞は光が考えたってちゃんと公表しような。俺の実力じゃない。お前の表現力だよ」
すると光は首を大きく振った。
「いいよ。僕、考えたわけじゃないんだ。あと、真ん中のパートの『一人のそばに一人がいる 思っていたよりさみしくないや』とごっちゃになったのもある」
思わず苦笑してしまった。天才ならぬ、超天然。そんなむき出しのままの光を、この世界にいさせ続けてやる。
「それより……」
光は俺を真っ直ぐ見た。
「それより?」
「行けるところまで行こう。組もうよ。SbyK、『STAR By keit』として、これからも活動しよう」
決めたんだな、光。
「僕は、本当に羨ましいと思った時だけ自然と呟いちゃう。だから……信じてるよ」
言うじゃん、こいつ。
「約束するよ」
いつでもお前が俺とあの曲を歌う時、最後のセリフが心から出るような俺でいる。約束する。お前に偽物や嘘は通用しないだろうから。その正直さと強かさで見透かされないように。
「こちらこそ、よろしく」
美久、今は元気でいるか?辛くないか?
俺は今、相棒ができたよ。美久よりずっとワガママで気まぐれだけど、俺はコイツの思ったことが言えるところが羨ましい。
この世界で生き抜いて、いつか会いに行くよ。嘘も上手につけるようになった光と、素直じゃないところが可愛い樹と、もっと自分の心の声を聞けるようになった俺で、訪ねに行く。
元気でいてほしい。嘘は大切な処世術だけど、本当の心を無くして生きるなんて悲しいじゃないか。
「何でも顔に出るお前も、一つくらい噓があってもいいかもな」
光が、あ、と間の抜けた声を出した。
「これで秘密がまた増えちゃったな」
「また?」
「うん」
俺たちはお互い、相手のことをよく知らない。これから、これからだ。そう思っていると、カメラを持ったスタッフがなだれ込んできた。
「ドキュメンタリーです。初ライブ、どうだった?」
俺はいつもの仕事用の顔に自分を戻した。隣の相棒の顔を見ると、やはりこれがコイツのいつも通りなのだろう、屈託のない笑顔がそこにあった。




