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正直すぎる?アイドル光くんは、芸能界で息ができるのか  作者: たんたん


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5/29

1st(ラスト?)シングルは短歌のリズムで

そこで困ったのは歌詞が書けないこと。楽屋で唸る日々が続いた。


司社長に提案されて「書けます」と啖呵を切ったものの、ありふれた言葉すら浮かばず悩んでいた。


光も最初の頃は大量に持ち込んだコロコロコミックと週刊少年ジャンプを読んでいたが、『ベルサイユのばら』を完読した辺りで急に後ろめたくなったらしい。パソコンの前で呻く俺のそばで話し始めた。


すると、光が「これ何?」と聞いてきた。たった1人にしか見せたことのなかった手帳だ。


「あ、それだけは中身見ないでくれ……」


「そんなにヤバいことが書いてあるの?」


「そういう訳じゃないけど……」


俺が俯くと、光は俄然、身を乗り出してきた。


「まさか嫌いな人の名前を何人も書いてるとかじゃないよね」


「俺は新世界の神か」


「好きになった共演者の名前と相合傘を…」


「書くか、そんなもん。発想が昭和なんだよ。今は令和だぞ」


「人という字を3回書いて……」


「うるさいな、もう。ちょっとおちょくってるだろ」


流石に頭に来て手を振り払う。光は頭を掻いた。


「気になるよ、そこまで隠されると」


俺は溜め息をついて手帳を差し出した。


「ほれ」


「良いの?」


「恥ずかしいけど、別にいいよ。しつこいから」


光はキラキラした顔で受け取ると、ページを開いてキャッキャはしゃぎ出した。


「まあ、外山くんもお年頃なのね!多情だわ、破廉恥だわ!」


「いかがわしいことなんて、書いてねぇだろ!何だ、『多情』って。どこでそんな言葉覚えてくるんだ」


手帳を引ったくって語気を荒げると、光が笑った。


「ごめん、ごめん。寸劇したくなっちゃって。タイトルは『思春期の秘め事』。小さな頃はディズニーランドで買ったぬいぐるみで妹とお話しごっこしたな。クマのプーさんとかピグレット、百エーカーの仲間たちで」


「妹さんも、さぞかし振り回されたんだろうな」


「いやー、でもな、ライブで寸劇は無理だな。ウォルト・ディズニー・カンパニーは権利にうるさいってさくらももこ作品でセリフあったし」


「俺の話、聞いてる?」


何だよ、こいつ。漫画に飽きたかと思えば人のことおちょくりやがって。もう頭来た。


苛立ちを抑えて手帳を鞄に仕舞おうとすると、光が笑顔でこちらを見た。


「海音くんが短歌をやっていたとはねぇ」



「え、光お前、短歌知ってるの」


「知ってるよ」


「五七五?五七五七七?」


「五七五七七でしょ」


「それを知ってるだけでもあまりいないよ。同世代は特に」


光は「きのこの山」を食べながら話した。


「うち、お母さんが短歌結社入ってるの」


ここで「結社ってなんやねん」と思う人は多いだろうが、本格的に短歌を詠む会のことを「短歌結社」という。決して秘密結社のような類ではない。


「光も短歌詠むのか」


短歌を作る、もしくは書くことを「詠む」という。


「お母さんの通ってるセミナーに行って3日で破門になった」


「どんなパワーワードだよ。何したんだ」


「僕の歌は独特すぎるって言われた。『こんなもの文学じゃない』と言われましたよ」


「本当に現実にあるセリフなんだな。『こんなもの文学じゃない』って」


「言われた時同じこと思ったよ」



実は短歌は、美久に教わったのだ。ロケ先のバスで手帳を広げて書き込む美久に聞いた。


「何してるの」


ビクッと怯える横顔は、画面に映すには危ういほどに美しい。


「かいちゃん、ここだけの秘密だよ」


俺は当時、美久から「かいちゃん」と呼ばれていた。


「短歌を詠んでるの」


「たんか?」


「五七五七七で言葉を吐き出す時だけ、私は息をしていられる」


 日差しから顔を隠してそっと呟いた。


「人前になんか出たくなかったな」


その後、バラエティのロケで未来はケロッとした顔でシャコを食べていた。樹と俺は下を向いて箸にも手を付けなかった。


弱いようで素のままの自分で世界と向き合える。繊細なのか鈍感なのか分からない。樹と光は、やっぱり似ている。



光は俺の短歌を読み始めた。


靴(・)紐(・)を(・)結(・)ぶ(・)今(・)す(・)ぐ(・)駆(・)け(・)出(・)せ(・)る(・)探(・)さ(・)な(・)く(・)て(・)も(・)僕(・)は(・)こ(・)こ(・)に(・)い(・)る(・)


「声に出すなよ」


恋(・)を(・)し(・)て(・)コ(・)ロ(・)ナ(・)に(・)お(・)び(・)え(・)る(・)僕(・)た(・)ち(・)を(・)未(・)来(・)は(・)何(・)と(・)名(・)付(・)け(・)る(・)だ(・)ろ(・)う(・)


「おい、いい加減にしろよ」


手帳を取り上げると、光が顎に手を当てた。


「短歌ってリズムが良いよね」


「三十一文字(みそひともじ)って言って、和歌の頃からの定型詩だからな」


「千年前からのことがのリズムだもんね。何か、読みやすい……」


「短歌がそのまま歌唱に使われたこともあ……あ!」


美久の短歌帳の歌を思い出した。



左(・)腕(・)に(・)哀(・)し(・)い(・)痕(・)が(・)で(・)き(・)て(・)い(・)く(・)流(・)れ(・)星(・)だ(・)と(・)思(・)お(・)う(・)と(・)す(・)る(・)


過(・)去(・)と(・)未(・)来(・)を(・)左(・)右(・)に(・)置(・)い(・)て(・)夜(・)空(・)見(・)る(・)私(・)の(・)痛(・)み(・)は(・)1(・)/(・)3(・)



そして、美久の書いた『1/3ノイタミ』歌詞


〝左腕の真っ赤な流れ星を 笑われてもかまわない〟


〝過去も未来も隅っこに追いやれば 私の痛みは1/3 あなたの心もそうであって欲しい〟



光が頷いた。


「短歌を組み合わせて、一曲の歌詞を読んでみたら?」


「恥ずかしいけど……」


「あと3日なんだよ、お願い!いい短歌だよ、曲の歌詞にしやすい歌が合ったじゃん」


俺は少しためらった後、手帳のページの中の一首をパソコンに打ち直し始めた。


光の提案を受け入れ、リリースに向けた歌詞が要約できた。タイトルは『やがて未来とすれ違っても』にした。


【冒頭】


もう一つのこの星で僕は僕と出会ったよ


たったひとつのこの世界で君は君を見つけるんだ


【1番】


石ころ蹴飛ばし2人で歩く

言い出せないままその日が終わる

伝えたい想い

叶えたい夢

届けたい言葉


「いつかはね……」

「いつかはきっと叶うかもね……」

なりたい僕を蹴飛ばして

先延ばしながら今日を歩いてる


もうそんな日々

終わりにしたいんだ


靴紐を結ぶ

きっと今すぐ駆け出せる

本当の自分なんて

探さなくても僕はここにいるから


やがて未来とすれ違う今日を

僕らは一緒に走り抜けていく

今という取っておけない宝石は

首に下げなくても

指につけなくても

輝いている


もし君が道を失くしたのなら

幾千の誤解が僕を渡っても

明日を歩いてくための架け橋になるよ


君とならどこにでも行ける気がする

どこまでも僕らは走り続けていく

君が笑っていられる場所で君のそばにいる


【真ん中のパート】


「君は一人じゃない」って言葉を僕は嫌になるほど見つけたよ


それは僕らが一人で生きているからだろう


一人のそばに一人がいる


思っていたよりさみしくないや


【2番】


吐く息白くて2人ではしゃぐ

高鳴り出してる鼓動のその先

繋ぎたい想い

消したくない夢

見えてきた気持ち

「いつだって……」

「いつでも隣で手を繋ごう……」

なりたい僕になれているかな

目を逸らさずに君はそばにいる


目的地は遠くても そこに向かう靴音を響かせたい

始まりの歌を歌いたいんだ


ジャケットを脱いで

いつしか口ずさむ

ここにいる理由なんて

探さなくても君はここにいるから


やがて未来が名づける今日を

僕らは一緒に走り抜けていく

過去という鉄の鎖など

僕らの影が伸びていく先に捨ててしまおう


もし君が道を失くしたのなら

幾千の誤解が僕を渡っても

明日を歩いてくための架け橋になるよ


君とならどこにでもいける気がする

どこまでも僕らは走り続けていく

君と笑っていられる場所でいつもそばにいる


【ラストスパート】


やがて未来とすれ違う今日を

僕らは一緒に走り抜けていく

今という取っておけない宝石は

首に下げなくても

指につけなくても

輝いている


もし君が道を失くしたのなら

幾千の誤解が僕を渡っても

明日を歩いてくための架け橋になるよ


君とならどこにでもいける気がする

どこまでも僕らは走り続けていく

君が笑っていられる場所で君のそばにいる


いつまでも僕らは走り続けていく

君と笑っていられる場所でずっとそばにいる


君の瞳に僕がいる


もう一人の僕が映り込んだんだ



「海音くん、とても良いよ!13歳のアイドル本人が〝本当に〟作った歌詞としては充分過ぎるくらいだ」


憧れの真鍋プロデューサーに褒められたというのに、達成感より赤面する自意識でいっぱいだった。


俺……かなりのポエマーだったんだな……。


「サイモンとガーファンクルの『明日に架ける橋』をイメージしたんですけれど」


「それが良いんだよ!自分の言葉にできてる」


真鍋さんにここまで褒められるのは感無量だ。


「私は文学的なセンスはないけれど、いいんじゃないかしら。形になっているし、この二人の今後やコンセプトに合ってることは確かね」


やっぱり恥ずかしいから取り下げたい、とは言えない空気だ。関さんが泣きながら抱き着いた。


「海音、良かったなあ、本当に良かったなあ」


頬に関さんの髭がジョリジョリと擦られる。とどめは光の一言。


「海音くんって心が綺麗なんだなぁ。純粋なんだね」


穴があったら入りたいとはこのことか。いずれにせよ、引き返せない。やるしかない。



でも恥ずかしい。少し書き換えられないものか。レコーディングに入り、スタジオで俯いていると、光がこちらに近づいてきた。


「まさか、取り下げる、なんて言わないよね」


「え……」


「僕だって馬鹿じゃない。この歌詞が誰に向けられているのかくらい察してるよ」


恥ずかしさで顔がいつになく紅潮していることが分かる。


「プロポーズは取り消せないんだよ。これで僕も覚悟ができた。僕たちは」


光は上を向いた。少し眼が潤んでいる。


「僕たちは、一蓮托生だ」

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