第93話:自分を受け入れること
璻は思わず後ろを振り向くとドアの隙間から顔を出す穂積が見えた。
特に驚く様子もなく、じっと璻を見ながら穂積は声をかけた。
「ゴッ……ゴミ捨て終わりました」
新埜は穂積に笑いかけ応える。
「穂積さんありがとうございます。中に入って藤宮くんを待ちましょうか」
穂積は新埜に対して返事を返した。
「はっ……はい」
穂積がゆっくりとドアを閉めてログハウスの中に入ると藤宮がタイミングよくこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
藤宮は3人を見つけると声をかける
「すみません……お待たせしました。各部屋見渡しましたが特に掃除やゴミで問題はありませんでした。新埜さんに部屋の鍵をお渡ししますね」
そういうと藤宮は新埜に鍵を手渡した。
藤宮に手渡された鍵をギュッと握った新埜は璻と穂積を見ると指示を出した。
「では、璻さんと穂積さんはここで解散しましょう。自分と藤宮くんは外を確認して解散です。お疲れ様でした」
藤宮は少し苦笑いをしながら新埜に対して言葉を返した。
「おっ……俺は終わりじゃないんですか?」
藤宮の言葉に新埜は呆れ頭を抱えながら言葉を返した。
「なぜこれで業務が終わりだと思ったんですか?大体今日の午後の業務の担当、藤宮くんですからね。自分がいるのは異例ですよ。藤宮くんにはカウンセリングの観点と後輩指導の方向性などもお話ししなければですね」
そう言った新埜は睨みつけながら藤宮の肩にポンと手を置いた。藤宮は何かを察したのか顔を下に向け「はい」と返事をした。新埜は笑顔で璻と穂積に声をかけた。
「さぁ、お二人ともお疲れ様でした」
璻と穂積は新埜の発言を察する。
……要するに藤宮さんに説教があるから早く出ていけと……
璻は新埜の言葉に対して返事を返した。
「そうですか。じゃあ先に宿舎に戻ってますね。行こうか?きょうちゃん」
2人の姿を見て新埜は優しく手を振ると璻は穂積の手を引っ張りログハウスのドアを開けて外に出た。
外に出ると璻は穂積の手を離し、振り返って話しかける
「じゃぁ、一緒に戻ろうか」
璻の問い掛けに穂積は頷くと璻と穂積は宿舎に向かって歩き始めた。
心地の良い静かな風が頬をあたる。
あたりは夕暮れに近づいていた。
璻は空を見上げながら今日の出来事を振り返っていた。
……今日は色々あったなぁ、思い返してみると一番記憶に残るような疲労感を味わった気がする……
気が抜けている璻に穂積はいきなり大きな声で璻に話しかけた。
「あああああっ……あの。すす…すいちゃん」
急に声をかけられた璻はびっくりすると立ち止まり振り返って穂積をじっと見る
「なに?」
穂積は口をもぞもぞさせ何かを言いたそうにしていた。璻は穂積の言葉が出るまで少し待つと穂積はゆっくりと話し始める。
「きょ……鏡兄の事何にも説明しなくてごっ……ごめんなさい」
璻は穂積が何を言っているのか瞬間的にわかった気がした。
……もしかして今日の騒動について誤っているのかな?よく考えてみれば、カウセリング中に飛び出して企業と契約した挙げ句の果てにその企業に失踪していたお兄さんがいて依頼主の本人同意の元連れていかれるっていうなんというか滅多にない合法的な拉致現場を見た感じだった……
謝る穂積に対して璻は言葉を返した。
「それってお兄さんの穂積鏡夜さんの事?」
穂積は深く頷くと璻に詳細を話し始めた。
「うっ……ウチの家、お父さんと最初に結婚した人が逃げちゃって今の私のお母さんと結婚したんだ。私が産まれてからお父さんおかしくなって、鏡兄を無視したり時に手を挙げたりしているのが日常茶飯事だった」
思った以上に穂積の家庭環境がハードな事がわかると璻は「そっか」と言葉をこぼした。穂積は続きを話し始めた。
「わっ……私が小学生に上がってから一族について学び始めて、両親は私に厳しくしていたんだ。正式な跡取りが私だったから。鏡兄は常に何かを諦めながらそれでも私のそばで常に優しくしてくれていた。鏡兄が失踪してから生きてるのかどうかわからなかったからずっと探してたんだ。でも、今日会えると思わなくて……よく考えると元はと言えば元凶は私の兄だから…本当にごめんなさい」
穂積は深々と璻に頭を下げた。頭を下げた穂積に対し璻は穂積に話しかける
「もう謝らなくていいよ。それより顔上げてもらっていいかな?」
穂積は頭を上げると泣きそうな目で璻を見ていた。
璻は穂積に優しく言葉をかけた。
「だって私たち出会って日が浅いし、家庭環境に関して話す時間なかったじゃん。謝る必要も責任を負う必要もないよ」
優しい璻の言葉に穂積は「ううう…」と嗚咽を出し始める。
「もも……もっと早くに話せばよかったんだよ。水流士のカウンセリングはどうしても自分と似たトラウマを引き寄せる事が多い。だからトラウマの共有は仕事をする上で重要になる。わっ……私は家族のことトラウマのことを誰かに話してその人が不快になったらとか私の話を聞いて何かを期待されたらどうしようとか考えちゃって大事なことを人に話せなくなっていた」
璻は穂積の言葉から少し不自然に感じていた。璻は思わず穂積に質問をした。
「きょうちゃん、どうして不快って決めつけるの?どうして期待されたらって決めつけたのかな?そこ考えたことある?」
穂積は慌てて璻に聞き返した。
「ど……どういうこと?」
璻は少し悩み穂積の質問に応える。
「きょうちゃんは聞いてくれた相手にどう思われたら自分の理想の正解だって思うの?」
穂積は少し考えると璻の質問に応えた。
「きっ……聞いてくれた相手に不快にさせたくなかったし、何より相手のためになる話をしたいから、こんな私のトラウマを話しても話を聞いてくれた人は何も得るものがないよ」
璻は穂積の話を聴きある提案をする
「きょうちゃんの理想とする正解じゃないといけないのかな?何も得るものがないってなんで決めつけているの?それ…きょうちゃんの理想とする情報じゃなくても話を聞いてくれた相手はきょうちゃんの情報を知りたい場合もあるよ?」
璻の言葉に穂積はハッとした。
……私の思った正解じゃなくてもいいの?……
璻は続けて穂積に言葉をかけた
「きょうちゃんの話聞いてて思ったんだけど”本当は相手に感謝されたい”って無意識に思ってる所ないかな?例えば、必要としてくれてありがとうって言われるのが嬉しいとか、あと……昔誰か家族か?大人に酷く怒られて感情を表に出している私は意味がない!と思っていたりすると無意識の中で自分のトラウマになるよね。それが他人に感謝されて自己肯定感を上げていたいとかになるとトラウマが深いかなって。あ……ごめんつい。余計な事を…」
璻の問いかけに穂積は胸に何か深く刺さる感覚がした。
「どっ……」
そう言いかける穂積はある記憶を思い出した。
穂積は自分の頬を触りながら頬が赤く痛くなる感覚を覚えている
そう……これは父親に怒鳴られ詰められたあの頃の記憶だそう思うと何故か父親の声が頭から聞こえてくる。
「お前はっ!穂積の一族の当主だ。そんなみっともない発言は今後一切やめろ。一族ために…家族のために尽くして生きていけっ!鏡夜には一切頼るな!俺との血縁関係もないクソガキに当主は務まらんっ。女だろうが性別を理由に泣くことも許さん!泣くことは効率が悪い!悪だ!」
モラハラまがいな父親の言動を思い出すと穂積は顔を下に向けその場で小さくしゃがみ、手で口を押さえた。
様子がおかしく感じた璻は思わず穂積に声をかけた。
「えっ大丈夫?動ける?気持ち悪い?」
璻の問いかけに穂積は応える
「だっ…大丈夫なっ……なんで……璻ちゃんわかっちゃうのかなって。忘れてた記憶思い出した」
璻は穂積の言葉を返す
「何か嫌な事思い出したかな?」
穂積は頭の中であれこれ考えた。
……この記憶から逃げちゃダメだ。今逃げたら一生この考え方からは解消されない……
穂積は深呼吸すると顔を上げ璻の質問に応える
「わっ……私ね。昔父に愚痴をこぼして強く叩かれた事があって。それ以降、私は父親の目指す人間を目指さなきゃって思ってたの。でも、そんな私をやりたくない気持ちもあって。常に厳しい父よりも他人に感謝された方が簡単で、自分の気持ちをいくらか紛れさせることができた。感謝されたいという気持ちを他の人からもらうことで私自身、生きてて価値があるんだって思いたかった」
璻は穂積の発言で穂積の隠れていた気持ちが見えた気がした。
……そっか、与瀬村さんは父親が亡くなった絶望で理想的な父親のような男性を探すけど、きょうちゃんの場合、父親が厳しすぎて逃げたかった。2人とも父親と他人の期待というテーマで対比しているのか、……
穂積は引き続き璻に語りかけた。
「だから鏡兄も救えば、きっと家族は父親は感謝してくれるって思った!でも鏡兄の立場を考えたらそんなのお節介って。今日、新埜さんたちと話してようやく気づいた」
震えながら応える穂積はなぜか納得をしているように璻には見えていた。
「すっ…水流士になって人間の感情をわかったつもりでいたの。でもそんなの上っ面で一番自分の感情と向き合えない気持ちを考えなきゃいけなかった。私が…私が…一番自分自身に奢っていたんだ」
そう話す穂積の目はウルウルしていた。
……自分の事を自分が一番救ってほしいのに他人を救って満足し、自分のトラウマは見て見ぬふりでトラウマは一切癒やされない。今までの拝金主義社会はそれでよかった、今の時代そんな他責な人間は生きていく事も難しくなる……
穂積の背中を摩りながら璻は穂積に問いかける。
「気づかないよりマシだよ。気づいてよかったね」
穂積は深く頷き璻の顔をじっと見るとお礼を言った。
「あっ…ありがとう」
璻は穂積のお礼にニコッと笑うと言葉をかける
「なんか話してるきょうちゃんが苦しそうに見えたんだよね。だから無意識でカウンセリングしてた。ごめん……」
穂積は顔を左右に振ると「そんな事ない」と璻に言い放つ。
璻は「立ち上がれる?ゆっくり歩きながら話つづけようか?」そう穂積に言葉を返すと穂積は頷きその場から立ち上がる。
2人はゆっくりと歩き始めた。
璻は徐に穂積に言葉をかける。
「今日さぁ、色々な人とカウンセリングしてわかった事があってね。常に自分で制限つけて生きているとさ、人間は条件や制限をつけた事まで忘れちゃって、ある時限界が来て苦しくなるのかな…って山田さんや与瀬村さん見て思ったんだよね」
穂積は袖で涙を拭くと璻の質問に応える
「わっ……忘れちゃうからね……人間」
璻は頷きながら穂積に応えた
「うん。今の時代はまだトラウマがあるけどもっと先の未来、トラウマがなくなった時代にさ。人間は病気もストレスもなくなって、色々な事が選択出来るんじゃないかって思うんだよね。きっと色んな事に悩めるのもネガティブになるのも今だけな気がする。でもその経験すらも常に楽しめる自分にはなりたいよね」
穂積は静かに「うん」と頷くと階段をくだり、宿舎が見えた。穂積は急にぎゅっと璻の黒い白衣の裾を引っ張ると言葉をかける。
「顔腫れてない?」
璻は穂積の顔をじっと見て穂積に応える
「目だけ少し腫れているかな」
穂積は自分の袖で目を擦るとにっこりと笑った。璻は呆れながら穂積に言葉を返した。
「擦っても腫れ治らないよ。食堂で冷やす物もらってきた方がいいかもね」
話しながら歩くとあっという間に宿舎についた。穂積と璻は宿舎に入ると廊下を歩いていた獅子子にバッタリ遭遇した。
「おかえり〜ってか……」
獅子子は穂積の顔を見ると驚いた表情をし穂積に近寄り声をかける
「アンタ!目腫れてるじゃない!早く中入って冷やす物……」
穂積は驚きながら獅子子の顔をじっと見ると少し笑い「あっ……あとで事情をはっ話します」そう話し穂積は靴を脱ぎスリッパに履き替える。
獅子子はすっかり存在を忘れていた璻を見ると指示を出した
「あぁ!ごめん。龍後ちゃんは一旦部屋に戻って休憩、30分したら下に降りてきて。穂積に付き添うから」
そう優しそうにする顔はまるで母親のようにも見える。「はい」と璻は頷くと玄関で靴を脱ぎ2階の自分の部屋へ
向かう。
階段を登る足取りは少し重たい。璻は部屋のドアを開けると倒れるようにベッドにダイブした
……疲れた。もう限界少しだけでいいから寝させて……
璻はゆっくり目を閉じ意識が遠くなるのを感じていた。
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・父親と他人の期待というテーマで対比
穂積と与瀬村は父親と他人の期待というテーマで対比しています。
父親に厳しく育てられた女性は父性が強すぎて厳しい父親のようになってしまったり、また父親に見返してやろうと承認欲求のために自分の身体を売る仕事に就いたりする女性の方がいらっしゃいます。逆に与瀬村のように父性が育たないと流されたり決められなかったりとしやすくなります。基本的に自尊心を傷つけられたり、父性が足りない場合が多いです。水流士のカウンセリングはどうしても自分と似たトラウマを引き寄せる事が多いので事前にトラウマを共有することが多く、依頼主のトラウマに気づけないと業務に差し障るため問題共有は必須になります。
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