第86話:最後の最後まで
時は遡りほんの15分前の話に戻る。
新埜は腕時計を見ながら与瀬村あいなのカウンセリングが終わるのを待っていた。すると部下からある報告を受ける。
「新埜さん、至急報告です。敷地内に石屋が入り込んだと情報がありました。場所はまだ特定できておりません。急ぎ場所を特定します」
新埜はなぜか嫌な予感がするとすぐさま部下に指示を出した。
「わかりました。残りの情報は喜三郎さんに報告をお願いします。自分は心当たりがあるログハウスに向かいます」
部下は深く頷き「はい」と返事をした。
新埜はすぐさまログハウスに向かった。新埜は走りながら与瀬村あいなとの過去を走馬灯のように振り返っていた。
……あいつが亡くなってからずっと陰ながら見守っていたのに……
新埜と与瀬村あいなが出会ったきっかけは父親である与瀬村凌が亡くなる直前だった。
与瀬村凌が入院していた病院に見舞いに行った際にたまたま病室で紹介されたのがきっかけだった。
最初は小さい女の子が凌にしがみついていたので親戚なのかなと考えていた。
……以前結婚したと嬉しそうに話していたが、すぐに嫁さんが亡くなってしまったのは聞いていた。それ以上細かな詳細は聞かなかったのだが……
女の子はよほど離れたくないのかベッドに顔を埋めていた事を今でも覚えている。凌は笑いながら新埜に女の子の紹介をする。
「前の奥さんとの子供で俺の娘?与瀬村あいなって言うんだ。可愛いだろ?」
痩せ細った腕で娘を撫でながら凌は嬉しそうに話していた。
「はぁっ?娘⁈お前っ……いつ?というか、この状態だと一歩も動けないはずじゃ……」
新埜は何かを言いかけようとした。
凌は娘に聞かせたくなかったのか不自然に話を被せつつ新埜に言葉をかけた。
「もしさ、俺に何かあっても新埜、俺の娘をよろしく頼むよ。これはお前にしか頼めないからさ…お前も俺の事情を知っているだろ?」
凌の言葉に重みを感じた新埜はじっと凌をみつめながら考え事をしていた。
……まるで亡くなるのが近いから俺に娘を託しているように見える……
新埜は頭の中で言葉を選び真剣な表情で応えた。
「凌?俺は水流士だ。俺は親族でもないお前の娘を完全に面倒を見ることは出来ない。だけど依頼者として来るなら相談くらいは可能だ。ただ脳内器具をつけたらもう俺は何も出来ないよ。あれは人では無くなるから」
新埜の発言に凌は嬉しそうに応えた。
「わかった!じゃあ、娘のあいなが脳内器具を入れるまでカウンセリングってことでよろしく」
凌は急に笑顔を見せると嬉しそうに娘に話しかけた。
「よかったなぁ!あいな。困ったらこの新埜吟ちゃんに相談しろよ?」
明らかに安堵した表情を見せる凌に新埜は呆れ言葉を返した
「凌?今の俺の話聞いてたか?まだ俺カウンセリングやるなんて一言も……」
しがみついていた娘のあいながチラッと新埜を見ると自然と目が合った。目が合った事が気まずかったのか娘のあいなは凌にまたしがみついていた。
これが凌の娘、与瀬村あいなとの初めての思い出でもある。
凌が亡くなってから会いに行こうとしたが…凌が再婚した浅沼という女は娘のあいなを連れて姿をくらまし、ほぼ会うことがなくなっていた。
だが、なんの因果かわからないが数年ぶりに夜の街にて与瀬村あいなと再会することになった。
たまたま水流士の同僚に有名なコンカフェがあると言われ無理矢理連れて行かれた。その日ちょうど接客していたあいなに鉢合わせした事が再会のきっかけになっていた。
新埜が自己紹介をすると与瀬村あいなは表情を変え、急に辿々しく話し始めた。
「えっ?新埜吟って聞いた事があるんだけど……もしかしてパピィの知り合い?」
新埜は驚き話を返した。
「えっ?与瀬村ってあの与瀬村凌の娘?」
昔話に花を咲かせると徐々に与瀬村あいな自身の話を聞く羽目になった。この時、風俗とコンカフェのダブルワークをしている事実を知った。特に身体を売る事になんの抵抗もない様子に見えた。
新埜にとって亡くなった友人の娘がなんの躊躇もなく身体を売る事にショックを受けた。
……挙げ句の果てに話を聞いてくれたお礼になぜか俺にまで身体を売ろうとしたのは、心が締め付けられるような感覚だった。丁重に断ってもなお、しつこく話を聞いていたから逆に変な奴だと思われたかもしれない……
それ以降、店に頻繁に通い連絡先を交換後、カウンセリングの手配をやるようになった。与瀬村あいなと関わるうちにまるで新埜は自分に娘がいたらと考えるようになった。
……心が壊れる前に…最新技術に自分の意思決定を委ねず、脳内器具を入れる前にどうかどうか、自力で考え直す力を取り戻して欲しい……
そう、どこかで思っていた。
ようやくログハウスに着くとなぜか黒いスーツの男が与瀬村あいなを車で連れて行きそうな場面に遭遇した。新埜は声をかけようか一瞬迷っていた。
……友人の娘だ。他人だ。俺なんかが介入していい話ではない……
そう思った一瞬、”与瀬村凌”の顔が頭の中でチラつき与瀬村あいなに思い切って声をかけ今の状況に至った。
全力で走ってきた新埜はぜぇぜぇと苦しそうに息を吐く。
新埜の目の前に与瀬村がゆっくりと近づき申し訳なさそうに話しかけた。
「吟ちゃん、ごめん。吟ちゃんの言った通り違う選択出来なかったよ……もっとまともに生きられる道を選択すればよかったし、カウンセリングも真面目に受ければよかったかもしれない」
新埜は言葉を詰まらせながら話に応えた。
「いっ……今からやり直せる可能性もあるでしょうが?なんで」
与瀬村は新埜の言葉に応える
「やり直せない所まで来ちゃったんだよ。私ね?どうしても……どうしても最後に。脳ストック研究所の他者承諾書に吟ちゃんの音声サインが欲しくてね」
一番聴きたくなかった言葉に新埜は声を抗えながら応える。脳ストック研究所の他者承諾書は契約した後に行われる。まるでこの後亡くなるからあとの事はよろしくと言っているように聞こえた。
与瀬村の軽々しい発言に新埜は激高しながら言葉をかける。
「なんでなんだよっ!」
与瀬村は激高する新埜に他者承諾書に推薦する理由を説明した。
「吟ちゃんがいいの!初めて……初めて身体を捧げなくても話聞いてくれたのが吟ちゃんだったからっ!こんな人世の中にいたんだってなったの!お金も無しに聞いてくれてなんのメリットあるんだろうって考えてたけど、そうじゃなかったんだね……」
与瀬村の表情から新埜は与瀬村を本当に理解してあげられなかった事に気づいた。
……何かをあげないと人とは話せないという概念が俺にはなかった。俺にとって当たり前の事をこの子はずっと対価を払わないと当たり前じゃないと思って生きてきたんだ。それを数年で価値観を受け入れあいなちゃんの人生がいい方向に変わって欲しいなんて、恩着せがましいのは俺の方だったのかもしれない……
与瀬村は続けて新埜に話をする。
「もう身体がない方が楽なのはずっと考えていたの。夜は嫌な記憶ばかり蘇ってくるから早く消えたかった…」
新埜は与瀬村の発言に悲しい表情をしながら顔を下に向けた。
……本当は俺が救ってやりたかった。俺がカウンセリングをして、助けてやりたかった。俺がまた水分子を見れたらよかったのに……
新埜は与瀬村に頭を下げると謝罪をした。
「助けにならなくてごめん」
与瀬村は笑って新埜に言葉を返した。
「謝らなくていいよ。吟ちゃんがカウンセリング受ければ人生変わるからって言ったけど私は……人生が変わらなかった。原因が何かってわかったけど。まだ私の中で変わりたくなくて……身体もある事もお金を稼ぐ事もしんどい。じゃあどうするのがベストかって考えたら身体がない人生ってどんなのだろうって?」
新埜は与瀬村の発言に応える
「自分で想像し自分で人生を具現化出来るのが地球で生きている醍醐味なんだよ。それが出来ないのは亡くなっているのと同じなんだ。それでもいいのか?」
与瀬村は深く頷き新埜の話に応えた。
「うん。女性も身体も失った私がどんな感じになるのか試してみたい。お腹も空かない、体型に関しても何も言われない、綺麗にならなくてもいい、お金も稼ぐ必要がない、そんな人生ってどうなるんだろうって。そっちの方がしがらみがないなって」
与瀬村の固い意思に新埜は深くため息をついて言葉を返した。
「はぁっ……そっか……わかったよ」
新埜は目の前にアンドカルトが近づいて来るのが見えた。アンドカルトに新埜に声をかける
「他者承諾書を読み上げます。予約識別番号30245番の遺産は今目の前にいるあなたに受け渡されます。予約識別番号30245番は遺族がいないため、現時点での物理的な遺産を受け取るための手続き書を送らせていただきます。あなたは承認いたしますか?」
新埜は深く頷くとアンドカルトに言葉を返した。
「この新埜吟が与瀬村あいなの保護者になり遺産を引き継ぎいたします。ただし、あいなちゃんの遺骨は実父の墓に埋めたい。それは可能でしょうか」
新埜の言葉に与瀬村は驚いた表情を見せた。アンドカルトは頷きながら新埜の質問に応える。
「臓器はこちらに権限がありますが遺骨に関しては受け取り自由になります。予約識別番号30245番、どうされますか?」
与瀬村は驚きながら新埜を見ると少し嬉しそうに話しかけた。
「マミィがパピィのお墓はないと言っていたから、ないものだと思ってたよ」
新埜は与瀬村に笑いながら応える
「場所は知ってるよ。ただ、あいなちゃんの”マミィ”が意地悪で教えなかっただけだよ。身体が亡くなっても、同じ墓に入れてあげるから」
与瀬村は嬉しそうに頷くと照れながら応えた。
「うん」
アンドカルトは与瀬村に指示を出した。
「では時間になります。車の方へ戻りください」
与瀬村は頷くと璻と穂積の方向を見て声をかけた。
「あの、穂積さんと龍後さん今日はありがとう。人生最後にね。ずっと引っかかっていた事の原因がわかったのは嬉しかったよ!身体が亡くなるのは嫌な選択じゃないから、くれぐれも自分のせいで脳ストック研究所に行ったとかクソダサい事思わないでね〜」
穂積は歯を食いしばりずっと与瀬村を見ていた。
璻は与瀬村に問いかけた。
「なんで……なんで人生の最後にカウンセリング受けたんですかっ!」
与瀬村は楽しそうに璻の質問に応えた。
「だって私の過去の経験を誰かと話してどうなるのか知りたかったんだよね〜でも現実が変わるような?魔法のような出来事は起こらなかったよ。けどね。最後が女の子でよかった気がする」
璻はなぜか涙が込み上げてきた。
……限られた時間の中で与瀬村さんの人生が変わるようにアドバイス出来なかった私の結果でもあるっ……
璻は深く頭を下げ与瀬村に挨拶をする
「またのご来店をお待ち申し上げます。」
与瀬村は笑いながら話を返した
「身体が亡くなるんだから、もう来る事なんてないよ。それより吟ちゃんと仲良くしてね。吟ちゃんいい人だから」
与瀬村は新埜に話しかける
「じゃあね……吟ちゃん」
新埜は与瀬村の手を握り身体を引き寄せ抱きしめた。
「俺と仲良くしてくれてありがとう」
与瀬村は照れ笑いをすると言葉を返した
「ふふふ。もう吟ちゃん痛いよ。離してぇ〜」
新埜は与瀬村を離すと後ろに4歩下がり与瀬村に最後の挨拶をした
「向こうに行っても楽しく過ごすんだよ」
与瀬村は目に涙をためながら、ニコッと笑いと新埜に言葉を返した。
「うん」
そう頷くと与瀬村は後ろを振り向かず静かに車に乗り込むとアンドカルトは車のドアをゆっくりと閉めた。
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・新埜吟と与瀬村あいなの父親、凌との出会い
小説では端折って書いていますが、二人の出会いは同じ大学で同じゼミを受けたことがきっかけでした。与瀬村凌はノリがよく何事にもポジティブに考えられるような人間でした。新埜吟は与瀬村凌になんの興味もなかったのですが、なぜか課題の相談を受けるようになりそれ以降、よく話すようになりました。与瀬村凌はダメ女に貢ぐことが多く新埜はよく呆れていました。
・他者承諾書
脳ストック研究所では他者承諾書というものがあります。身体が亡くなった時の遺産や物や物質の権利の承諾書のことを指します。臓器は基本脳ストック研究所で活用されます。遺骨は受け取り自由なので基本は遺族が受け取りますが与瀬村あいなは遺族がいないため遺族にあたる人間を自由に選べます。与瀬村あいなは新埜に残したいと思ったため他者承諾書に推薦しました。ちなみに他者承諾書を選びたくない人もいるのでそこは自由に選べます。
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