第85話:春の夜の夢のごとし
「そうですね。私を入れて4人でしょうか?」
皇は受け答えが気に食わなかったのかアンドカルトを睨みつけると扇子を手で閉じたり開いたりしていた。特に悪びれる様子もない。むしろ堂々としている。皇はアンドカルトに淡々と質問をした。
「奇襲に来られたわけではありませんよね?」
皇の威圧感を気にせずアンドカルトは冷静に応える。
「私たちはあなたたちに敵意はありません。ただこの近くに石屋に所属していた大富豪がこの近くに別荘を購入していまして。その男性の別荘にある研究材料や地下シェルターにある臓器の回収のついでにこちらに寄った次第です。私は別働隊です。予約識別番号30245番の女性の回収のみが今回の業務になります」
アンドカルトは続けて与瀬村を見ると与瀬村に質問を続けた。
「4.甲を利用する際に乙には脳内器具を入れる必要がありますが同意しますか?」
与瀬村は頷きは返事をする。
「はい、同意します」
アンドカルトはまた質問を続ける
「5.これまで身体があった、あなたの人生に悔いはありませんか?」
与瀬村は深く頷き応える。
「はい、私はこの身体がある人生を謳歌したので悔いはありまっ…」
アンドカルトの問いかけに少しだけ言葉をためらっている与瀬村が見えた。璻はなんとなくこのまま了承したらダメだと思い必死に言葉をかけた。
「与瀬村さん!あなたはそれで本当にいいんでしょうか?自分から一生、感情に目を向けないで逃げてて。それでいいんでしょうか!」
与瀬村は後ろにいる璻に振り返ると顔を左右に振り応える。
「もう、そういうのいやなんだもん……私が変わったら周りも変わるでしょ?私が何も挑戦せずずっと夜職にいたら、推しとの関係もこのまま変わらない!ずっと側に居てくれる!まともに働くとか正直しんどい。変わるの怖いし、めんどい!私は一生変わりたくない!」
皇がため息を出しゆっくりと歩き与瀬村に近づいき話を始めた。
「頭の中お花畑か?現実見れてねぇな。俺だったら容赦なく見捨てるが?」
与瀬村は皇の袖を引っ張りボソッと一言声をかける
「イケメンじゃぁ〜ん!私の事助けに来てくれたの?あなたのためなら一緒に現実生きてもいいよ?」
皇は与瀬村の手を振り払って睨みつけながら話す
「離せよっ!心が醜い状態で俺に縋ろうとするな……穢らわしい」
与瀬村は皇に言われた一言をボソッと呟く
「心が醜い……縋ろうとしているっ?何それっ……」
与瀬村は皇に言葉を言われ泣きそうになっていた。
次の瞬間止めていた黒いリムジンからドアを開け、人が降りて来るのが見えた。
その姿を一目見ると穂積は震えながらボソッと呟いた。
「鏡兄?……」
一瞬、その場が凍りついた感覚が広がっていた。眼鏡をかけた男性はゆっくり歩きこちらに近づいてくる。
「はぁっ……全く、被検体をいじめるなよ皇?」
皇は呆れながら眼鏡の男性を見るとあまり驚きもせず淡々と挨拶をした。
「お久しぶりです。穂積鏡夜……貴方は石屋側に就職したとの報告がありましたがこれは本当のようですね。なぜあなたは黙って失踪なんてしたんです?」
鏡夜はニヤッと笑い皇に向かって話をし始める
「皇、お前ふざけるのも大概にしろよ?失踪……?一族に勘当されただけだ。30過ぎた大人が家族に出ていけと言われ、出て行ってた矢先に"失踪"扱いかよ……都合が良すぎるな相変わらず、自分達しか考えていない一族だな……」
穂積は一歩ずつゆっくり歩き鏡夜に近づくと言葉をかける
「鏡兄っ……ずずずっと探してっ……」
鏡夜は穂積を一瞬見るとニコッと笑う。
「兎鏡、お前いい歳してまだそんな事言っているのか?」
穂積は鏡夜の一言に足を止めた。鏡夜は続けて話をする
「お前はいつまで…いつまで一族のいいなりなんだ?」
鏡夜の言い方がやけに冷たく厳しく聞こえる。穂積は震えながら鏡夜に必死に話しかける
「わっ…私は……鏡兄が心配だったから、げっ……元気だったからよかったって。一緒に帰え……」
鏡夜は笑いながら応えた
「兎鏡、冗談はやめてくれよ!笑えない笑えねぇーよ。何を今更そっち側に帰るわけねーだろ?」
鏡夜はアンドカルトを見ると指示を出した。
「おい、契約済んだか?終わったならリムジンに乗せろよ。」
アンドカルトは深く頷くと与瀬村をじっと見つめる。藤宮はアンドカルトに声をかけた。
「あのっ!与瀬村さんはまだカウンセリング中なんですっ!まだこちらも契約時間中にあたります。本人に同意を得ない限りまだっ……」
アンドカルトは与瀬村に話しかける
「では、最初にこの予約識別番号30245番の女性に水流士のカウンセリング破棄をしてもらいましょうか」
そういうと与瀬村をじっと見ていた。
与瀬村は顔を下に向け少し考えると後ろを振り返り藤宮をじっと見つめ話し始める。
「口頭で失礼します。きょっ……今日の龍後さんと穂積さんカウンセリングをキャンセルします。理由は私がカウンセリングについていけないと自分で判断した。ただそれだけです」
藤宮ははぁっ……と深くため息をつくと与瀬村に応える
「それでいいのですね。わかりました。それではこれで本日のカウンセリングを終了させていただきます」
璻は藤宮の言葉に納得がいかないのか藤宮を問い詰めた
「藤宮さんっ!まだ時間があります!カウンセリングは……」
藤宮は璻に近づき顔を左右に振って話をした。
「璻さん、カウンセリングは相手と自分が了承して初めて成り立ちます。相手側が嫌と言えば終わり。それまでですよ」
藤宮の言い方は残酷に聞こえた。言ってることは正しいのはわかる。けど納得がいかない璻は藤宮に言葉を返す
「そんなっ……このままじゃカウンセリングした意味ないじゃないですか!」
与瀬村は顔をあげ璻と藤宮を見ながら少し震えながら言葉をかけた。
「そんな事ない、意味なくないよ…私、寂しいんだって今日初めてわかったんだ。心にぽっかりと空いた寂しさをお金を使って補っていた事に気づけたし、それに原因の根本はパピィとマミィだって事もわかった。マジ、今日カウンセリングしなきゃ気づけなかった。本当の本当はこの感情を知りたくっ…なかった。お礼なんて言いたくないけど…身体が亡くなる前に悩みの原因を見つけてくれてありがとう」
鏡夜はその会話に割って入る
「では、水流士との契約は破棄された。予約識別番号30245番は正式に脳ストック研究所の研究データだ。予約識別番号30245番は自力で歩いてリムジンに乗りなさい」
与瀬村はゆっくりと車に向かって歩く、その後ろ姿は少し震えていた。鏡夜は後部座席のドアを開け与瀬村が来るの今か今かと待っていた。与瀬村がリムジンに乗りドアを閉めようとした瞬間、見知った男性の声がどこからか聞こえてきた。
「まっ……待って!あいなちゃん」
与瀬村がリムジンを降り、ふと声のする方へ振り返るとなぜか新埜吟がこちらまで向かって走ってくるのが見えた。
与瀬村は鏡夜を見つめ服の袖を必死に掴むと交渉を始めた。
「ちょっと!開けて!5分だけ時間ちょうだい。それが終わったらすぐ戻るから」
鏡夜ははぁ……っと深いため息をつくと与瀬村に応えた。
「わかりました。すぐ帰ってきてください」
鏡夜の袖から手を離した与瀬村は急いで車から降りた。
与瀬村は震える足を抑えながら、新埜の元へゆっくりゆっくりと歩いた。
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・石屋に所属していた大富豪
2050年にはもうこの男性は亡くなっており、誰も別荘を片付ける人がいなくなっていました。その男性は有名な会社の社長でした。諸外国で怪しい研究をしていたり、遺伝子を弄って病原菌を作っていたり、人体実験をしているなどの噂がありました。地下シェルターには研究実験や実験用の器具などがありそれを回収するためにアンドカルトと鏡夜は出向いていました。与瀬村に関してはついでに回収したという感じでしょうか。
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