第84話:覆水盆に返らず
与瀬村は振り返り璻と穂積を見てはニヤリと笑った。
男性の手を取った与瀬村は男性に引き寄せられドアの外へ出ていった。
その光景を見た藤宮はドアまで急いで走っていく。藤宮が走り出すと璻も慌てて穂積の手を引き走り出した。藤宮は走りながら後ろにいる璻と穂積に状況説明を求めた。
「穂積さん、璻さん、なんで玄関に石屋がいるんですか!この敷地内にはわからないように結界が張ってあるんです。しかもこの土地自体、電波が入らないような山奥の土地ですからここに来た事がある方しか入れないのに」
藤宮はドアを開け、外に出ると黒いリムジンがログハウス前に止まっていた。
男性と与瀬村はリムジンに向かって歩いている。するとなぜか後ろにいる3人に気がつき男性は歩くのをやめると後ろを振り返り、与瀬村あいなをじっと見つめ話し始めた。
「では、こちらの場所で行います。予約識別番号30245番、あなたの契約内容を読み上げる。自社、脳ストック研究所は甲、与瀬村あいなは乙とする。1.乙は全ての肉体の権利を剥奪し今後100年以上、甲の研究に脳のデータを捧げ貢献する事を誓いますか?」
与瀬村は男性を見ると深く頷き質問に対して応えはじめる
「はい。誓います。」
藤宮は男性に声をかける
「あの〜人の敷地内入って契約同意されるの非常に迷惑です。あなたはどこに所属している石屋でしょうか?」
男性は淡々と藤宮の質問に応える
「申し遅れました。我々は脳ストック研究所の脳検体の業務をしております。識別コード3056425番、アンドカルトと申します。私たちにとって予約識別番号30245番はとっても貴重なデータです。彼女は2週間前に説明同意書に同意しております。あとは本契約に同意してもらうだけなのですが、ご連絡した所こちらの場所で最後を迎えたいとのご要望があり、こちらに伺ったまでですが……あなた方は予約識別番号30245番とはどういうご関係でしょうか?」
璻は発言を聞いて与瀬村の本心がわかってしまいがっかりした。
……ん?ということはもうすでに脳ストック研究所に行く約束を事前にしていたってこと?与瀬村あいなはすでに脳ストック研究所に同意書を送っていて、自分の心を直すつもりなんて毛頭なく、今日のカウンセリングに仕方なく来たってこと?……
藤宮は続けて男性に質問を返す
「与瀬村さんは私たちのお客様です。カウンセリングの最中に逃亡しようとしていたのでここまで追いかけてきましたけれども」
男性は藤宮の話を聞くと淡々と質問に応えた。
「水流士の方々は本契約終わり次第帰って頂いて構いません。この方の管轄は我々で引き継ぎいたしますので、本契約に同意するまでしばしこちらにお付き合いいただければと思います」
藤宮は与瀬村に問いかける
「ここで本契約するつもりですか?水流士のカウンセリングは他社機関に個人情報を共有することは禁止事項です。与瀬村さんこの説明をしていただけますか?」
与瀬村は笑いながら藤宮と穂積と璻に話しかける
「どうもこうもないよ?カウンセリングはもう終わり!だってつまんないんだもん。元々人生を良くしようと思ってカウンセリング受けてないもん!だるいじゃぁーん。吟ちゃんが受けろって言うからしょうがなく受けてただけ……」
璻は与瀬村の言葉に見覚えがある。
それは数時間前の諏訪と藤宮のやりとりだった。諏訪は続けて、藤宮を見ながら話をした。
「そんなことあったな。藤宮、昔は楽しかった。俺もお前ももう人を教える立場になっちまったけどよ。今回は吟さんの頼みだから"最後の最後まで"面倒押し付けて悪りぃけど見てやってくれ」
璻はその出来事を思い出し、今の状況を推測して諏訪は言っていたのかもしれない。そう思うと今までのカウンセリングに果たして意味があったのか?頭の中でぐるぐると考えが浮かんで消えを繰り返していた。
璻は目の前にいる藤宮の背後をじっと見つめる。
……とりあえず、今私の目の前にいるこの”クソ上司”は全てを知っていたと過程した方がいい……
璻は藤宮に問い詰めるように質問をした。
「藤宮さん、与瀬村さんがすでに脳ストック研究所に同意書を送っていたのを知っていましたね?」
藤宮は璻の発言にドキッとすると振り向き質問に応える
「はい……これには訳がありまして。カウンセリングを受けて人の気持ちが変わる事だってありえます。なのでこの事実を伝えたら璻さんと穂積さんの士気が下がります。この事は話さずにいつも通りにカウンセリングする方向でいこうと諏訪さんとそしじぃと相談して決めました。俺は変わる方にかけてましたし、璻さんと穂積さんを信じたかったんですよ」
璻は藤宮の言葉を聞きなぜか胸の辺りがモヤモヤとする。
……言わないことが優しさだということはわかるけど、それを知っていたらもう少しカウンセリングの仕方を変えたのにっ!なんでいつもこの人はっ!……
璻は藤宮に対して問い詰めるのを諦めた。
……ここで問い詰めてもこの場が混乱するだけ……
璻は怒りを抑え藤宮に別の質問をする。
「はぁっ…質問を変えますが今日、ここに石屋が来る事は知ってましたか?」
藤宮は顔を左右に振った。
「いいえ………石屋の訪問は再来週の予定のはずだと事前の調べでは伺っていました。とりあえず、この敷地内から出てもらわないと……俺が始末書を提出しなきゃいけなくなるのと。厄介な奴が来るので」
璻は藤宮に質問を返した。
「誰ですか!その厄介な奴ってっ!」
次の瞬間、璻の肩をポンポンと叩くと後ろを振り向いた次の瞬間、頬を押されむにゅっとする感覚が伝わる。どうやら人差し指で璻の顔を触った人物がいる。その人物は扇子持ちながら澄ました表情でこちらを笑顔で見ている。こんなことするのはもはや一人しかいない。
「俺だよぉ〜ん〜」
璻は呆れながら声をかける
「なんで皇さんがいるんですか!」
皇は璻の顔から人差し指を離し璻の質問に応える
「厄介な奴っていずみんが呼んだからねぇ〜」
藤宮が皇を見ながら右手で頭を抱える
「ほら、言わんこっちゃない……」
皇は呆れてしまった璻に笑顔で話しかける。
「それに石屋は俺の管轄なんでね?」
皇は璻の隣にいる穂積に気づくと皇は扇子を開き顔の前まで開く。
まるで穂積は苦手というのが皇の表情か見てわかった。
「そちらは……確か……穂積家の兎鏡さんですかねぇ?お久しぶりです。鏡夜がいなくなって随分経ちますがご家族の皆様はさぞご健在でしょうか?」
穂積は皇の挨拶にオドオドしながら言葉を返した。
「はっ……はい。お久しぶりです。家族はみんな元気です。皇様もお元気そうで何よりでっ……でです」
皇は穂積をジロジロ見ながら言葉を返した。
「あなたのその引っ込み思案は相変わらずですね。さて、皆様の挨拶は済みましたので……」
皇は与瀬村の目の前にいる男性に話しかける
「あのぉ〜そちらの石屋の方、帰ってもらってもよろしいですか?ここは関係者以外立ち入り禁止ですので」
石屋の男性は皇の話を無視しながら与瀬村に続けて話しかける。
「2.乙は甲に戸籍を移す事を誓いますか?」
与瀬村はキョロキョロしながら男性に返事をした。
「はい。誓います」
男性は与瀬村に本契約のような文章を読み上げる
「3.乙の脳提供後に甲の方で身体を再利用しますが同意できますか?」
与瀬村は周りをなせかキョロキョロすると軽く何回も頷く
「はい。同意します。同意します。」
話を一切聞く気のない男性に対して皇はため息をはぁっと吐いた。
「はぁっ……人の話聞かない人ねぇ。全く」
次の瞬間、皇は消え男性の背後を取ると肩を扇子でトントンと叩いた。男性は皇を一瞬見ると感情がなさそうに応える。
「あ……まだいらっしゃったんですか。私たちもこれは仕事なので、中断させると業務に支障が出てしまう。ですから続けさせて頂きます」
皇は男性に話しかける。
「そういう話してねぇ〜んだよ!ここの敷地内で仕事するなって言うてるの!とりあえず、色々こちらの質問に応えてもらえますかねぇ〜」
男性は頷き応える
「結構です。1分くらいでお願いします」
璻は呆れながら話を聞いていた。
……質問は素直に答えるんだ?なんだこの人たち……
皇は男性に話しかける
「ここに何しに来ました?」
男性は淡々と応える。
「予約識別番号30245番の女性から今朝連絡が来まして今日契約書にサインしたいとの要望がありました。その際にこちらで最後を迎えたいとの希望がありましたので。今現在こちらに伺っております」
男性の声は特に抑揚もなく感情がないように璻には見えていた。おそらくこの独特な話し方、脳内器具をつけているような感覚がした。
皇は男性の言葉を聞き周りをキョロキョロと見渡す。
林の方を見つめ黒いリムジンにも目を向けた。すると皇は男性に問いかける。
「あなたの他に何人か潜りこんでいるように見えますが……黒いリムジンの中にいる方含めて何人いらっしゃっているのでしょうか?」
男性は淡々と皇の質問に応えた。
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・この敷地内にはわからないように結界が張ってある
そしじぃがいる敷地内には結界があります。普段は霧に隠れていて見えないようになっています。一回来たことがないと来れない場所になっています。
・識別コード3056425番、名前:アンドカルト
アンドカルトは脳ストック研究所の脳検体の職員です。検体の運送が仕事になります。ちなみに21歳の合衆国の出身、4ヶ国語が話せます。嫌いなもの、自分が理解できない人間、好きなものは自分が理解できる人間です。
・契約同意
脳ストック研究所の脳検体では音声契約というものがあります。
与瀬村は音声契約に基づいて同意をしています。脳ストック研究所の場合、同意した際に身体は最後を迎えることになるので好きな場所で音声契約をすることができます。最後の最後までどう人間が生きたいかを考えた結果石屋はこういう選択をすることになりました。
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