第83話:動機
璻は与瀬村を見つめると話を始めた。
「それが……与瀬村さんの"事実"ですね。ただ"自分の弱い所も醜い所もなんでも受け入れてくれるそんな他者"を探していたんですね。同情は"道具"として使えば人はついてきていた。お金を持たないと自分は受け入れてもらえない考え方が根底にあり、自分がお金をたらふく稼ぎ、周りによって来た人に同情しお金を貸し仲間を集め自分の承認欲求と自己価値を上げ自分を満たしていた。あなたの全てはお金がないとまるで自分には何もないと言っているように聞こえます」
与瀬村は自分の事がわかっていなかったのか顔を下に向けていた。
……与瀬村さんの表情から察するに。はい!大当たりって所かな。今の時代、与瀬村さんの考え方は同調圧力を誘発する非常にしつこく古臭いやり方。与瀬村さんは最初からネガティブな感情が無いと話していたけど。あれは単に自分を知ろうとしなかっただけか?見栄を張っただけか?はたまた心底自分の感情と過去から逃げたかっただけかな?となるとやっぱり原因は与瀬村さんが考えて行動する動機自体が歪んでるんだ。今私たちが出来る解決方法としては、お金が無い状態でも親の考え方から抜け自分の自由に考えられる。また、どんな自分でも信頼されお金がない状態でも仲間や好きな人と一緒にいられる自信をつけることくらいかな……
そう必死に解決策を考えていた璻に対して与瀬村は耐えきれず強い口調で話し始める。
「だって相手と共感すれば、虚しさなんて感じなかったんだよ!それぐらいアンタらカウンセラーなんだからわかってよっ!!!」
璻と穂積に責任を押し付けるような与瀬村の発言に心底呆れてしまう。
……わかってよってまるで小さい子供の面倒をみているような感覚になる……
璻は与瀬村に対し厳しい現実を突きつける。
「2050年の今の社会ではそれは通じません。今の時代、共感、同情という感情は他人からしたらウザいだけですし古いです。虚しい、感情をわかってほしい、それらは情報ではないですしね。そういう人は仲間から排除されやすくなります。与瀬村さんが生きづらくなるのはなんとなく想像がつきますね」
与瀬村は璻の発言を聞き、なぜか腹を立てる
「ウザくないっ!私そんな常にわかってほしいって感じで喋ってないもんっ!」
さらにただをこねる与瀬村に対し璻は話を続ける。
「今の時代自分の感情を常に把握して常にどうしたいかを判別し毎日選択肢を選んでます。それの基礎が出来ていないとなると……そうですね……自分が何が好きで何が嫌いでどれが得意かどれが苦手か自分で把握する所から始める事になります」
与瀬村は顔を横に振り、璻に返答を返す
「そんなのうわぁ……マジめんどくさそぅ〜」
だるそうするにする与瀬村に対し璻は"問題から逃げているような感覚"を感じていた。
……もうこの人逃げてばっかの発言だな。逃げ癖が習慣になっている感じがする……
璻は別の視点で与瀬村に話を切り込む。
「それ以外の方法だとそうですね……逆に考えてみましょうか?与瀬村さんは今ある人や物、状況が全て消え、まっさらな状態でも楽しく生きていける想像がつきますか?もし、脳ストック研究所に行くと決めた場合、身体は消える事になります。物理的な感覚、見る、聴く、味わう、嗅ぐ、皮膚で感じる、それらの五感はなくなります。それらも考えた事はありますか?」
与瀬村は真っ青になりまた顔を下げ床を見ていた。与瀬村は足を震え貧乏ゆすりをはじめる。
沈黙が続く部屋の中は若干薄暗く少し肌寒く感じる。
春の風が窓に吹きつけ鳥の囀りがよく聞こえていた。
部屋の中と外でだいぶ雰囲気が違うように思えた。
与瀬村は途切れ途切れ言葉を発した。
「ぜっ、全部……消える?全部?」
璻は与瀬村の動揺した姿を見て脳ストック研究所が何をする場所なのか全く知らないように見えた。
動揺する与瀬村に璻は優しく問いかけた。
「まっ……まさか、脳ストック研究所の後の事考えてなかったんですか?」
与瀬村は静かに頷くと璻に話しかけた
「だってっ……だって全身から解放されて楽になれるって……言ってたもん!SNSでも広告してて友達も何人も研究所に行ってるし、今だってメッセだってくれて。楽しいから行こうって今日も誘ってくれたもんっ!」
璻は与瀬村の言葉を聞き呆れながら顔を手で押さえる。
……マジか―というか。本当にそれは"友達"なんだろうか?身体が消えたからメッセも送信できないはずじゃないかな?そこにも疑問を持たないって何か根拠があるのかな?なんも考えていない状態でよく脳ストック研究所とか啖呵を切って言えたもんだけど……
呆れる璻を見て穂積はフォローするように与瀬村に説明を始める。
「よよ与瀬村さん、おお……落ち着いて聞いてください。脳ストック研究所に行ったらまず契約書にサインをします。同意出来た場合は身体を眠らせ脳を研究所に明け渡し、移管作業をします。そっ……その際に生きている時の戸籍と記憶を引き継げるパターンと記憶をまっさらにして何もない状態で始めるパターンで選択出来ますが…そそ、それも考えていますか?」
穂積を顔を二度見しながら璻は穂積の問いかけにやけに詳しい事に疑問を感じた。
……なんできょうちゃん。こんなに詳しいの?しかも手順や移管業務まで知っている。それが一般的な脳ストック研究所の認識なのかな?……
与瀬村は穂積の問いかけに返事を返した。
「流行ってるから!そうなるって考えなかったんだもん!もう……早く言って欲しかったぁぁ……」
与瀬村の発言に璻はどこか違和感を感じた。
……早く言って欲しかった?ってどういう意味?……
次の瞬間、玄関からドンドンと強くノックをする音が聞こえた。与瀬村はソファから立ち上がると璻と穂積に言葉をかける。
「もうそんな時間かぁ〜しのごの言ってもしょうがない!じゃあ、玄関まで一緒にGo〜!」
急な与瀬村の発言に璻は戸惑っていた。
……えっ?……
与瀬村の発言に対し璻は理解が追いつかない。与瀬村はなぜか走って玄関に向かっていた。穂積も璻もソファから立ち上がり与瀬村を追いかけ玄関に向かう。
走りながら璻は与瀬村に話しかける
「ちょっと!勝手に歩かれても困ります!与瀬村さん止まってっ!」
与瀬村が先に玄関に到着すると玄関のドアを握りゆっくりと開けた。
そこには…見知らぬ男性が与瀬村を凝視していた。
男性は背は高く、黒いスーツに黒いネクタイ、まるでお葬式に行くような格好に見えた。短髪で黒いメガネをしておりインテリ系にも見える。目の奥が笑っていないその男性は睨みつけるように与瀬村を見ていた。
璻と穂積は立ち止まり唖然としていると藤宮もドアの音に聞きつけ穂積と璻の元へ近づく。
藤宮が穂積と璻に声をかけようとすると先に男性が与瀬村に対して言葉をかけた。
「お迎えに上がりました。予約識別番号30245番の女性では参りましょうか」
そういうと男性は与瀬村に手を差し伸べていた。
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・自分の事実を受け入れる
2050年の時代では自分の事実を受け入れることが一般的になりました。例えば、親に言われた言葉や周りから比較した時、テストでいい点を取れなかったのは私が劣っていたからと一度でも決めつけてしまうといい点を取るまで私は劣っているという価値観を自分で刷り込んでしまいます。子供の頃にそれはやりがちな思考です。それは事実ではありません。ただテストのこの問題とこの問題の解決策の考え方が違っていただけで、自分自身は劣ってはいないのです。そういう教育、自分の価値観の作り方、自身の認識の仕方などは2028年以降から徐々に一般的になっていきます。
・考え方の動機
2025年前はネガティブな動機で始める方が多く、いじめられたから見返してやる!と言って社会的に成功した人がいました…お金に価値を感じなくなった2050年では何かを始める際の動機がポジティブであればあるほど重要になってきます。それは誰かにわかってほしい!共感してほしい!可哀想な私に募金してください!などの動機では資金繰りがうまくいかない社会になります。そういう考えではなく、こうしたらもっと面白い社会になるんじゃないか?自然を汚さずエネルギーを再利用できる事業を作る!そう考えた人の方が資金繰りがうまく面白い世の中に変わっていきます。
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