88.一瞬で片が付くチートの力
モモコは剣を前に突き出しながら森の中を歩く。これは、剣の中にいるヨクトに道案内をしてもらうためだ。アルバン以下はモモコの後ろに付き従うが、もちろん周囲の警戒を怠らない。
『もうすぐ採掘場』
森の木々が少なくなって前方が明るくなってきた頃、ヨクトが小声で囁いた。
モモコたちは腰をかがめてさらに前方に進み、低木の陰に隠れた。そして、密集する葉を掻き分けると、崖が見えた。ちょうど正面にトンネルがあり、そのそばに木造の粗末な小屋が建っている。
トンネルの両脇や、小屋の周囲に魔王軍の兵士が合計で十人いる。もしかすると、小屋の裏にもいるかも知れないが、今は見えない。
『あの小屋に魔石を集めているの』
ヨクトがそう言うと、ちょうどトンネルからぼろ切れを纏ったような老人が二人現れた。彼らは背中に重そうな袋を背負って、ヨロヨロと小屋に向かって歩いて行き、中へ入った。
しばらくして、二人は空の袋を持って出てきたが、一人が疲労困憊という様子で前のめりに倒れ込んだ。それを見た兵士が駆け寄ってきて、銃座で老人をめちゃくちゃに叩いた。
「あの野郎!」
モモコは怒りに燃えて飛び出そうとしたが、テラに肩をつかまれた。彼女は、モモコの剣に向かって話しかける。
「魔王軍の兵士はどれだけいるか、わかる?」
『あの人たちは採掘場の落盤が怖くてトンネルの中に入らないから、今見えているので全員のはず』
「ありがとう。
となると、小屋の裏にいるかいないか、中にいるかいないかが……。
ちょっと待って。車の音がする」
みなが聞き耳を立てていると、ゴロゴロと重そうな車輪の音が聞こえてきて、大型のダチョウに似た獣に引かれた幌のない荷車がやってきた。獣には兵士がまたがっているが、御者なのだろう。
荷車が小屋の前で止まると、案の定、小屋から袋を担いだ兵士が三名ほど現れて荷台にそれを放り投げ、代わりに荷台から空の袋を手に取った。これを何往復かすると、荷台は袋でいっぱいになり、獣は荷車を引いて去って行った。
「あの小屋に、少なくとも三人いるみたいね」
テラが言うと、ヨクトが『いや、まだいる』と否定する。
『太った兵士が見えない。中にいると思う』
「太った兵士?」
『この採掘場のボス』
「なるほどね。なら、四人はいると。どうする?」
テラの問いかけに、モモコは「決まってんだろ」と彼女の方を向いてニヤリと笑う。
「全員、叩き切る」
「小屋の中の兵士は?」
「ヨクト。チートの力って、小屋ごとぶった切るとか出来たりするか?」
『この剣なら大丈夫。だって、ゾクゾクするくらい凄い剣だし。
一振りの剣圧で、あの小屋が切れる』
「マジかよ……。冗談で言ったんだが」
『だから、これくらいの兵士は、おじさん一人で大丈夫よ』
「一人で!?」
モモコはゴクリと唾を飲む。
「よし。じゃあ、俺がチートの力で奴らを倒すけど、失敗するかも知れないから、みんな援護を頼む」
テラたちは大きく頷いた。
モモコは、老人たちがトンネルへ消えていくのを見届けてから、剣に向かってつぶやいた。
「ヨクト。チート、よろしく」
『了解』
と、その時、剣が目映い光を放ちながら刀身が70センチメートルくらいに伸びていく。
「なななっ!? 本当に成長したぞ!」
『おじさん、早く! 3分しか持たないから』
「お、おお!」
モモコは立ち上がり、低木を掻き分けて兵士たちの方へ突進した。
突然の敵襲に、兵士たちは狼狽えて銃を構えるのが遅れた。その隙に、モモコは立ち止まり、剣を水平にして左に構える。
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
野獣のように咆哮するモモコは、剣を左から右へ半円を描くように、力の限り振り切った。
すると、剣の軌跡が銀閃となり、兵士たちと小屋に向かって急速に拡大していく。
それは一瞬だった。
立っている兵士たちの胴体は真っ二つになって、上半身が地面に転がり、下半身が遅れて倒れた。
小屋も真っ二つになり、上半分が衝撃で少しずれて傾いた。
拡大する銀閃は勢いが衰えず、後ろにそびえ立つ崖に達し、衝撃音を響かせて深く抉った。
崖に横一文字の抉られた筋が出来たのを見たモモコは、あまりに恐ろしいチートの力に驚愕し、腰が抜けてヘナヘナと座り込んでしまった。
崖まで真っ二つになって、ズルッとずれてしまうかと思ったほどだ。
「こ、これ、超やべーぞ……。関係ない物まで壊してしまう」
『いきなり全力を出すからよ、おじさん』
「気をつけないと、味方まで巻き添えになるな」
『ちゃんと、剣圧の進む先を考えてね』
「ああ、そうする。力の加減もしないといけないな」
フェムトが探索魔法で生体反応が近くにないことを確認した。それを聞いたモモコは、「もういいよ」と剣に向かって告げる。
すると、剣から煙が出てきて、それがヨクトの姿に戻った。彼女は、「フー」とため息をついてしゃがみ込む。剣も元の長さに戻った。
「ご苦労さん」
「いきなり全力を出させられてビックリした」
「こっちもビックリだぜ。
一瞬で終わったからいいようなものの、時間がかかる戦いなら、制限時間も考えないとな……って、時計がない。
なあ。3分が近くなると、ピコピコ点滅するとかないのか?」
「それはない」
その後、ヨクトの案内でトンネルの中に入ったモモコたちは、中で働かされていた人々を救出した。二十名ほどいたが、近くの村から集められたのだという。その中にヨクトを育てた村長がいた。
だが、モモコはヨクトを仲間に入れる交渉は後回しにした。交渉中に、さきほどの荷車がまた来るかも知れないからだ。
そこで、護衛を買って出て、村民を村まで送り届ける。
幸いなことに、途中で魔王軍に遭遇することはなく、全員無事に村まで到着。
ここで、モモコはヨクトの件を村長に切り出そうとしたところ、村長の方から申し出があった。
「お若いの。このヨクトを連れて、魔王を討伐してくだされ」
「えっ?」
「この子の力は絶大じゃ。勇者がこの村を訪れたとき、この子を連れて行ってもらうことは、前から決めておったのじゃ。
じゃが、一度も勇者はこの村には来ず、今回が初めてじゃ」
「お申し出ありがとうございます」
すると、ヨクトがニコニコしながらモモコの手を握った。
「おじさん、行こう」
「こ、こらっ!」
「おじさん? はて、お若いのは、その姿で男かのう?」
「言葉遣いで男に間違えられているだけです。気にしないでください」
「普通、勇者は男なのに、女は珍しいと思っておったが……」
「その辺の事情は、魔王討伐のあとにゆっくりと……」
「では、討伐後、この村に立ち寄ってくだされ。酒でも酌み交わしながら――」
「酒は未成年なので飲めません……」
「では、宝物を差し上げよう」
「いいえ、そこまでしていただけなくても――」
すると、ヨクトがモモコの袖をクイクイッと引っ張った。見ると、耳を貸してと言いたげな顔をしている。
モモコはしゃがんで耳を傾ける。
ヨクトは言った。
「何でも願い事が一つだけ叶う魔法の石よ」
(願い事が叶う!)
モモコは満面に笑みを浮かべて立ち上がった。
「はい! 必ず魔王を討伐して、こちらへご報告しに来ます!」
すると、電子音が鳴り響いてメッセージ画面が表示された。
『>ヨクトが仲間になりました』
モモコは、力を込めてセーブする。
必ずこの村に戻って来る、と心に誓いながら。




