80.勇者からの初めての提案
モモコは、女に見つめられて目がそらせなくなった。変な素振りを見せた途端、手から剣が出現して、殺されそうな雰囲気なのだ。
女はモモコを勇者であることを見抜いているから、当然、ここに来た目的まで読んでいるだろう。
ただ、レベル差から考えて、いきなりこの温泉の場で斬りつけるとは想定していないはずだ。選択肢の一つとして、非常に可能性が低い無謀な行為として、念頭に置いているかも知れないが、まずあり得ないだろう。
だから、疑われる行為をしなければ、剣が出現する可能性は低いと踏んでいた。
「どうしたの? 斬りかかってこないの?
お湯の下に沈めている手に短剣でも隠し持っているんでしょう?」
「い、いえ。そんな滅相もない」
と、突然、女が笑い出した。
「まあ、そのスキルじゃ無理ね」
モモコはカチンときたが、無理であることはわかっているので、言い返せない。
「あ、あのー、聞いていいですか?」
「どうぞ」
「何度か温泉で勇者に会ったこと、あります?」
女は急にムスッとした顔になる。
「あるわよ」
「えええっ!? 相手は男でしょう!?」
「そうよ。ほとんどが、お湯から上がって着替えているときに襲ってくる。中には、人が裸でお湯に浸かっているというのに、剣を振り回してここに飛び込んでくる不埒者もね」
「それは、ひどい……。同じ勇者として、許しがたい。そうなると勇者というより変質者ですね」
「みんな、私のスキルを狙っているから。魔王軍がどうのこうのじゃない。
しかも、なりふり構わず。
中には女装して温泉に入るのもいたわよ」
モモコは、体が入れ替わっていて本当は男であることがバレてやしないかとビクビクする。
「嘘みたいな話ですねぇ……」
「だから、問答無用で切り刻む。そして、ここは勇者の墓場になるの」
「…………」
「いつもそうよ」
「あのー、いつもそうって、覚悟の上で入っているのですか?」
「覚悟? そんなもの必要ないわよ。私、ここで勇者を狩るのが商売だから」
モモコはゾッとして、思わず湯の中から立ち上がりそうになった。
「わ、私もですか?」
「あなたは――れっきとした女でしょう?」
「ええ」
「男と同じく、刃物を向けたら容赦しないけど」
「そんなつもりで来ていません。単に、温泉に入りたくて」
「ところで、パーティの仲間はどうしたの? 男はいるんでしょう?」
こうも次々と鋭いところを突いてくると、タジタジになる。
「私が先に入りたくて、置いてきてしまいました。後から来ます」
「よっぽど温泉が好きなのね」
ここで会話が途切れた。
(まずい……。何かを言わなければ)
モモコは、慎重に言葉を選んだ。
「あ、あのー」
「何?」
「魔王軍を辞めたということは、魔王軍と敵対関係にあるのですか?」
「まあ、そうね」
「なら、人々を苦しめる魔王軍を、協力して討伐しませんか?」
女は吹きだした。
「なんでまた?」
「いえ、同じ志を持つ者は仲間かと」
「初めてそんなことを言われたわよ、勇者から。
勇者はいつも私に剣の切っ先を向けるのに」
女は、口元は笑っているが真剣な目つきでモモコを見つめる。
「嘘ではありません。真剣です」
ここで、かなり長い間があった。モモコは動揺を必死で隠し通す。
「その言葉、嘘偽りではないみたいね」
「もちろんです!」
女はちょっと考えてから、「いいわよ」と答えた。
「ありがとうございます!」
「ただし――」
女は急に立ち上がって、モモコの前に全裸の正面を向けた。
「あなたのパーティを見てからね」
「パーティを?」
「そう。一緒に仲間になれるか否かを見てから。
だって、戦闘中は背中を預けるでしょう?
言葉だけでは、悪いけれど、まだ信用できないし」
「ええ、どうぞ」
「もし、見せてもらって私が駄目と判断したなら――」
「したなら?」
「あなたとパーティの全員の首を即座に刎ねる」
女はニヤッと笑った。




