79.元魔王軍の女
モモコは緊張の面持ちで温泉へと向かった。下手なことを言うと、また殺されるのではないかと気が気でない。いつの間にか右手と右足が同時に出ていて、途中で訂正するほど動きがぎこちない。
とにかく追い剥ぎや盗人と間違われないようにしよう。そればかりが頭に浮かぶ。
でも、何しに来たと問われたらどうしよう。そんな些細なことでも回答を用意しないと、気になって仕方がない。
あれこれ考えているうちに、湯気が漂う木々が見えてきた。こうなったら腹を据えて相手に立ち向かうしかない。
死んだらもう一度セーブポイントに戻れば良い。そう思って、木の裏側に隠れるようにしてセーブした。
木々の間をくぐり抜けて、温泉へと近づく。温泉と言っても風呂の設備があるわけではないので、大きな池そのものから湯気が立ちこめているように見える。
モモコは、池の中心を見入った。
いる。
紫の髪の女だ。
チラッとこっちを見たような気がした。それだけでドキッとする。
いきなり立ち上がるかと思ったが、女はまた水面に目を落とした。
女の一挙一動を気にしていると、急に別のことを思い出し、スーッと背筋が寒くなった。
(しまった! タオルを持ってきていなかった!)
温泉に浸かった後、そのまま服を着るわけにもいかない。よく考えれば気づいたのに、こんな単純な準備を怠った自分が腹立たしい。
だが、ここで引き返しては、女が怪しむだろう。
ええい、ままよ、と腹をくくったちょうどその時、女の方から声をかけてきた。
「いいわよ、入ってきても」
女は、先客がいて躊躇したと思ったらしい。かえって、助かった。
モモコは、軽く頷いてから服を脱ぎ始めた。
そうして、大事な部分を両手で隠して歩き始めると、女が顔を向けた。
「何、隠しているの。そんな格好じゃ歩きにくいじゃない。堂々と手を振って歩いてきたら?」
モモコは女の機嫌を損ねないように、言われたとおり、隠すのを諦めて歩いた。
女はジロジロ見ることはなく、また水面に目を落とす。一方のモモコは恥ずかしくて、もう温泉に入る前から顔が熱かった。
池の縁からソッと足を入れて、大きな波を立てないように静かに中へ入っていく。ちょっと熱い湯だ。あまり、ジャバジャバと入っていけない。
女はまたこちらを向いた。そのたびにドキドキするから心臓に悪い。
「静かに入る思いやり。なかなかいいわよ」
女はわずかに微笑んだ。
「こりゃ、どうも」
「あら。らしくない言葉」
モモコは、湯の中から飛び上がりそうになった。もう男であることがバレたと思い、心臓が早鐘を打つ。
「男に囲まれて育ったの?」
「え、……ええ。言葉が女らしくなくて、すみません」
「いいのよ。私だって、男ばかりに囲まれていたから」
おそらく、魔王軍のことだ。モモコの鼓動はさらに拍車がかかり、喉から心臓が出てきそうになる。
「キレると、男みたいになるから」
そう言って笑う女に、モモコは心の中で「もうやめてくれぇ」と嘆願する。剣を振りかざして追いかけてきた姿が目に浮かぶ。こうなるとドクンドクンが止まらない。
「あら、顔が真っ赤だけど大丈夫?」
「……ええ。もうのぼせたみたいで」
「確かに、ここの温泉はちょっと熱いけど、私にはちょうどいいわよ」
そう言って、女は伸ばした腕にお湯をかける。
モモコはその隙に、女のステイタスを覗いた。
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ステイタス
職業:剣士
LV:6
経験:580 知能:590 攻撃:595 敏捷:570
体力:252 耐久:595 魔力:550
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体力が低いのは温泉で回復しようとしているのだから当然だとして、それ以外のスキルの高さが尋常ではない。
(マジかよ……。ほぼLV7じゃんか。どうやって倒すんだよ……)
モモコは軽いめまいを覚えて、ついクラッとした。
「熱すぎてクラッとした?」
女の言葉に、モモコはハッと目覚める。心臓が痛くなるほどドクンと鳴った。
「あら? そんなに体力が減っていないのに、温泉へ?」
女も、モモコのステイタスを覗いたようだ。
いちいち鋭い指摘がジャブのように叩くので、動揺したモモコは危うく湯の中へ沈みそうになる。
「いえ、心配性で、すぐ体力が減ると温泉に入ってしまうたちで」
続けて、携帯電話のこまめな充電の話をしそうになったので、慌てて口をつぐむ。
「いるいる、そういうの。戦いが終わると、真っ先に温泉へ入る連中」
魔王軍の兵士がワイワイ言いながら温泉に入る場面を想像してしまい、卒倒しそうになった。
ここでモモコは話題を変えることにした。
「戦いって続くんですかねぇ?」
「戦い? ああ、魔王軍の?」
「ええ」
「もしかして、強制労働とそれに反発する市民のことを言っている?」
「はい」
女は、急に遠い目になった。
「続くわね、永遠に」
「永遠ですか?」
「私は、それがイヤで魔王軍を抜けたのだから」
「え? 元魔王軍なのですか?」
当然、あらかじめ知っていての質問だ。
「そうよ」
そう言って女はモモコを見つめる。
「あなたみたいな勇者が目の敵にする魔王軍よ」




