72.捨て身の策
モモコは書棚の前に立っていた。セーブポイントに戻ったのだ。さっそく扉に向かって足を踏み出したが、急にその足を引っ込めた。
「駄目だ。茶色のドレスの女が外にいる」
そうつぶやいたモモコは、成長する剣を左手から取り出して握りしめ、背中の後ろへ隠した。体から剣が出てくるなんて、鞘がなくて便利だと笑う余裕があったが、洞窟の中へ入って来るはずの女がなかなかやって来ないので、緊張が増して顔がこわばっていく。
(どうする? こちらから打って出るか? ……いやいや、それは相手の思うつぼ。
決戦の場所はここしかない。まずは迎え撃つか)
モモコは、床に置いてある黒い本に目を落とした。
と、その時、扉がギーッと音を立てて開いた。ギョッとしたモモコは、目が扉へ釘付けになる。
だが、そこには人の姿がない。おかしいと思いつつも様子を確認したくなったモモコは、剣を構え、抜き足差し足で扉に近づいていく。そして、外に人がいないか扉から顔を出したその瞬間――、
「バァ!」
舌を出した女が右から姿を現して、モモコの前に立ち塞がった。と同時に、短剣を左胸にドスッと突き刺す。弾みで、モモコの手にしていた剣が落下した。
「アホかいな!? 扉がひとりでに開くわけないやろ!」
そう言いながら女は、グググッと力を込めて短剣をなおも突き刺す。
「魔王軍全員をやっつけたっちゅう驕りが死を招くんや! あの世で反省せえや!」
モモコは意識が薄れる中で「必ず……借りを……返す」と恨めしそうに言ったが、女がその言葉に対して何やら罵っているのまでは聞き取れなかった。
◇◇◆◆◇◇
モモコは書棚の前に立っていた。再び、セーブポイントに戻ったのだ。
今度は、小声で「次は迎え撃つ。違うやり方で。絶対に討ち取る!」と誓いながら、床に置いてあった黒い本を拾い上げる。
その本を書棚の元の位置に戻すと、素速く部屋を出た。本が戻っている状態で誰かが部屋にいると、ゆっくり5つ数えた時間――実際は10秒――で床が下向きに開く仕掛けだからだ。「いーち」で2秒、「にーい」で2秒という具合だ。
このタイミングで扉の外へ出ても女はいない。もう少し経ったら、洞窟の中へ這い入って来るはず。モモコは扉の外で立ち止まり、成長する剣を左手から取りだして構えた。
程なくして、茶色のドレスの女が洞窟の中へ這い入ってきた。
立ち上がった女はモモコの方へ目を向けて、「なんや、やるんか?」と短剣を構え、少しずつ歩み寄る。そして、兵士の死体を飛び越え、駆け足になった。
モモコはすかさず部屋の中へ飛び込む。そして、カウントを開始した。
「いーち」
扉を急いで閉めて右肩で押さえ、全体重を掛けた。
「にーい」
外で女が扉をバンバンと叩きながら、「こらあ! 開けんかい!」と叫ぶ。
「さーん」
モモコは扉から離れて黒い本のある方へ走っていく。
女が扉を勢いよく開けた。
「しーい」
モモコは、本を何冊か抜いて床に投げ、そこに右手を入れて体を支えた。
想定では、自分を追って部屋に突入するはずだったが、女は部屋の中へ入って来たものの、扉の近くに立っている。
(もっと中に入れ!)
「ごーお」
と、突然、床が真ん中からバクンと割れて下向きに開いた。
女は「アッ!」と声を上げ、床の上を滑るように落下する。
ところが、途中で体を回転させて、開いた床に右手で短剣を思いっきり突き刺した。さらに、隠し持っていたもう一本の短剣を左手で素速く取り出して、これも力強く突き刺した。
これで辛うじて落下に耐える。あり得ない芸当だ。だが、女は耐えている。そして振り返り、もの凄い形相でモモコを睨んだ。
「捨て身のやり方かも知らんが、これは卑怯や! 床を元に戻さんかい!」
モモコは、卑怯と言われて動揺した。
カウントの仕方、特に時間を明確にしました。




