71.罠の大胆な利用法
モモコはアルバンを呼んで耳打ちし、何やら2、3の確認をした後、明かりを受け取った。そして、指示通りに赤い背表紙の本を抜いてすぐに入れた。ちょうどその時、書棚の向こうでゴーッというバーナーの炎でも噴射したかのような音がして複数の悲鳴が上がる。おそらく、2つ目の罠に魔王軍の兵士たちが嵌まったのだ。
モモコは「まだ2番目かよ。相当警戒しているな」とつぶやいてニヤッとする。
ガタガタと音を立てて書棚が動いたが、魔王軍の兵士たちが「気をつけろ!」「大丈夫か!」「近寄るな!」と慌てふためいているので、書棚の音はおそらく彼らには聞こえていない。
すばやく隣の部屋へ飛び出したモモコは、後ろでガタガタと音を立てながら閉まる書棚を振り返り、ピシャリと閉まるのを確認した。明かりは、アルバンが用意してくれた物を手にしていたが、それをフワッと浮かすと、天井に張り付いた。
そして、アルバンがこの部屋に入ったときに真っ先に手にした黒い本の前に駆け寄り、それを抜き取る。これを一定時間内――実は10秒以内――に抜き取らないと、あれが起こる。モモコはそれを想像してフーッとため息をついた。
2つの罠で極度に警戒したのか、魔王軍の兵士たちはまだザワザワとして足踏み状態のようだ。
黒い本を左手に持ったモモコは、右手で1冊の漫画本を手にしてから扉の方を向き、敵がくるのを今か今かと待ち受けた。
今度はシュシュシュと風を切る音がして、またもや悲鳴が上がる。3番目のドアを開けて氷の矢が飛び出したのだ。モモコは「あいつら、律儀に一つ一つドアを開けてやんの。ばっかじゃね」と嗤う。
また兵士たちがザワザワしていたが、いよいよモモコのいる部屋の扉が開かれた。
「やっ、貴様!」
銀色のプレートメイルにアーメット姿の兵士たちが、光線銃のような武器を手にして部屋になだれ込む。六人いる。
しかし、モモコは、右手の漫画本を肩の高さまで持ち上げて、ヒラヒラと振る。
「よー、お前たち、いいところに来たな。これ、エッチな漫画本なんだけど、この部屋にわんさかあるぜ」
「そんなことより、観念しろ!」
誘いを無視して銃を構える兵士に、モモコは本のページをパッと広げて相手の顔へ突きつける。
「ほれ、見ろよ。すっげー、ヤバい本だぜ」
すると、兵士は「むむむ」と言って本を手にして読み始める。すると、他の兵士たちが彼の後ろに回って本を覗き込んだ。
「お前らも、読めよ。いーっぱいあるぜ。一人一冊。ほれ、ほれ、ほれ」
モモコが右手で書棚から次々と漫画本を抜き取って放り投げると、兵士たちが奪うようにそれを受け取って読み始めた。
「まだこの部屋に来ていない奴も呼んで来いよ」
「いや、ここにいるので……全員だ」
周囲を見渡した一人の兵士がモモコの問いに答えた。
「そうかい、そうかい。なあ、この部屋に来てラッキーだろ?」
問いかけられた兵士たちは、夢中でエッチな漫画本に目を落とし、ページをめくり、答える者は一人もいない。
モモコは、本が抜かれて空いた隙間に右手を入れ、左手でソッと黒い本を戻した。そして、頭の中でゆっくり5つ数える。これは、10秒を図るためだ。
(いーち、にーい、さーん、しーい、ごーお)
「じゃあな」
モモコの声に、兵士たちが一斉に顔を上げた。
と、突然、部屋の床が真ん中から割れて下向きに開いた。哀れな六人の兵士が、悲鳴を上げながら奈落の底へと落ちていく。本当に底まで光が届かない、真っ暗な穴だ。
棚につかまって堪えるモモコは、彼らが地の底に転がる音が聞こえるまで5秒ほどかかったので、相当深いことに驚いてゾッとする。
「やっべ、これぞインポッシブルなミッションだぜ。
あーあ、漫画本もったいねえけど……、ま、いっか」
モモコはフッと笑う。
「さてさて、あいつの話では、もう一度本を抜けば戻るはず――っと」
そう言ってモモコが黒い本を抜くと、床がバタンと音を立てて閉じた。足でトントンと叩いて安全を確認してから、モモコは床の上に立ち、セーブをした。
「さあ、これでもう敵はいないはず。
セーブも終わったし、どれどれ、外の様子でも見に行くか」
モモコは扉を開き、途中に転がる兵士たちの死体を跨いで洞窟の入り口へと向かった。
這いつくばらないと入れない入り口なので、モモコはしゃがみ込み、聞き耳を立てる。しかし、聞こえるのは雨音しかない。ということは、誰もいないはず。
「よし、ミッションはコンプリート」
モモコが立ち上がろうとしたその瞬間、洞窟の外で影が動いたように見えた。
「ん? 誰だ?」
すると、その影がズルズルと音を立てて洞窟の中へ入ってくる。
ギョッとしたモモコは、すぐさま立ち上がって後ずさりをした。
「てめー、誰だ!?」
すると、その影が立ち上がった。そいつは、茶色のドレスを着た女だった。
女は、持っていた剣でいきなりモモコの左胸を突き刺した。ドンという衝撃を胸に感じたモモコは、激痛に襲われながらも女の体を両手でつかむ。
「な、何……しやがる……」
「何いうてんねん。そりゃあ、賞金首が目の前におったら、条件反射的に刺すわな」
意識が薄れて最後の方の言葉が耳に入らないモモコは、相手のドレスをつかむ両手が離れていき、崩れるように倒れた。
「ほな、首いただくでー」
女はニヤニヤしながらモモコの胸から剣をグイッと抜き、今度はそれを首に力強く突き刺した。
◇◇◆◆◇◇
床が開く時間を明確にしました。




