58.目に見えない速さの剣捌き
「ほう。素晴らしいプロポーション。惚れ惚れするねぇ」
女は、モモコの全身をなめ回すように見つめる。特に、腰と胸に何度も視線を往復させる。
「腰のくびれがなんとも言えないねぇ。それに、その胸。体の大きさに比べて実に見事。ただし――」
女は自分の胸をポンポンと叩いた。
「こっちも同じ大きさだよ。このくらい身長があると目立たないけどね」
モモコは、相手に調子を崩されないよう怒りの状態を保つ。そうしないと、オーバークロックが作動しないからだ。
「体の自慢なんかどうでもいい! エスカを離せ!」
「いやだね。だって――」
短剣の切っ先がモモコの方を向いた。
「後ろに隠した剣で攻撃してくるだろ? 無駄だよ。こっちは、何でもお見通し。
それに、そこからここまで距離がある。この猫の胴体が首から離れる前に、ここまでたどり着けるのかい?」
女はカラカラと笑う。
確かに、モモコの立つ位置から女までの距離は、7メートルはある。水の抵抗で足を取られることを計算に入れると、その通りかも知れない。
だが、モモコは賭に出る。自分の能力を信じて、奇跡を信じて。
「うおおおおおおおおおおっ!!」
猛獣のように咆哮するモモコは、全身が炎に包まれた。
湯に濡れて垂れ下がるツインテールが、上昇する熱気で宙に浮き上がる。
目が赤く燃え、みるみる鬼の形相になった。
勇者だけが持つ隠しコマンド――オーバークロックだ。
モモコの変貌ぶりに仰天した女は、たじろいだ。
炎に包まれた赤鬼は、そのチャンスを見逃さない。水の抵抗をものともせず、疾走する機関車のように足を動かし、一呼吸の時間で女の目の前に到達した。
アッと声を上げた女は、モモコの首辺りを狙って短剣を振るう。
キイイイン!
短剣が銀閃に弾かれた。
すかさず、左上から袈裟懸けに振り下ろす。
キイイイン!
またも銀閃に弾かれる。モモコの剣の振りが早すぎて、刀身が見えない。腕の動きも目で追えない。
再度袈裟懸けに振り下ろすも、見えない剣に弾かれる。
何度やっても弾かれる。
今度は、女の頬に剣がかすめる。
「――っ!」
攻撃を諦めた女は、銀閃を頼りに短剣を動かす。防戦に回ったのだ。
キイン! キイン! キイン! キイン!
続く剣戟。
女は歯を食いしばる。柄を握る手が痺れてくる。力に負け、押されに押され、後ずさりをする。
いつの間にか、エスカを手放してしまったが、それにかまっている暇はない。
ここで息が切れた方が負け。
剣の動きが鈍った方が負け。
女は青ざめた。幹を背負ったのだ。もう後には引けない。
さらに青ざめる。体力がかなり減ってきた。モモコの体力の方が上回っている。
女の頭に「敗北」の文字が浮かび、大いに焦る。格下に負けるのだ。
奮起して、最後の力を振り絞り、本能的に短剣を動かす。しかし――、
キイン! キイン! キイン! キイイイイイン!
女の短剣が、宙を飛んだ。
モモコは、短剣を拾おうと横を向いた女の腹を思いっきり蹴る。
それでひるんだ隙に、女へパンチを雨のように浴びせた。
体力がなくなってきた女は、反撃できず、モモコの拳に打たれるがままになる。
ついに、女はうつ伏せに倒れた。
そこへ、エスカが蹌踉めきながらやってきた。
「任せろ……」
「エスカ!」
「どけ……。こいつのスキルを……根こそぎ奪ってやる……」
こうして女からスキルを奪ったエスカは、頭をクラクラと揺らして地面に倒れた。




