45.賢者の石
アルバンを先頭に、一行は裏通りから堂々と表通りに出たが、幸いにも魔王軍兵士の姿はなかった。
それから、再び裏通りに入り、角をいくつも曲がるので、モモコは、これはアルバンが尾行をまくための行動ではないかと思えてきた。
また怪しげな女連中に通せんぼされるのではないかとか、兵士と鉢合わせになるのではないかとかヒヤヒヤものだったが、いずれも杞憂に終わった。
遠回りの道のりであったが、ようやく目的地に達したらしく、二階建てに挟まれた平屋の古びた建物にアルバンとガリカが吸い込まれていった。モモコたちは、その怪しい雰囲気に躊躇したが、覚悟を決めて建物の中へ入った。
そこには、魔女の箒、ロッド、タロットカード、小動物のミイラ、瓶の中でアルコールか何かに浸かっている爬虫類など、奇妙なもので溢れていた。ただ、眉をひそめるのはモモコとアンベールだけで、フェムトやゼプトは珍しい物があると言って喜んで手に取っている。
「おい、ばあさん!」
さっきからアルバンが、奥の壁の中央にある扉に向かって声をかけているが、反応がない。彼の声に、やや焦りが感じられる。
「耳が遠くなったらしいな」
そう言って、彼がずんずんと扉に向かっていくと、急にその扉が開いて「聞こえているわい!」と怒気を含んだ声がした。
中から出てきたのは、アルバンの背丈の半分しかない小人の老婆だった。顔も手も茶色く日焼けしていて、皺くちゃ。着ているベージュのワンピースは、つぎはぎだらけで、床まで届くほど丈が長い。白髪を頭のてっぺんで結わいている姿が、タマネギを連想させる。
「おおっ、誰かと思えば、アルバンじゃないか」
「ミーナばあさん、久しぶりだな」
二人は、目を細めて再会を喜び合う。
「おやおや、ガリカまで。今日は賑やかじゃのう」
「お久しぶりです」
こちらも再会を喜び合う。
「アルバンや。昔と、服までちっとも変わらないのう」
「一張羅を着ているみたいに言うな、ばあさん」
「どう見ても、一張羅としか思えんが……。
ところで、後ろにいる若い子は?」
「ああ、紹介しよう。こちらが、勇者モモコ」
アルバンがモモコをそう紹介した途端、ミーナの顔が曇った。
「勇者……」
「そうだ」
「だから、取り戻しに来たのかい?」
「そうだ」
「そうかい、そうかい……。ついに、始まるのかい」
モモコは、首を傾げてミーナに問う。
「始まるって、何が?」
「魔王討伐じゃよ。
だが、アルバン。こんな小娘が勇者だって?」
アルバンは大きく頷いて答える。
「もちろん」
ミーナは、何度もかぶりを振る。
「渡しても良いが、使いこなせるかのう……。あの賢者の石じゃぞ」
「大丈夫だ。私が保証する。
さあ、今追われていて時間がないから、すぐに渡して欲しい」
アルバンがサッと右手を差し出す。ミーナは、その手とアルバンの顔を交互に見た後、右手を差し出した。
すると、ミーナの手のひらに、銀色に輝く小石が現れた。小石とは言っても、小さなミーナの手には、握っても隠れないほどの大きさだ。
「ありがとう」
アルバンは、礼を言ってそれを受け取ると、モモコの方へ振り向いて石を差し出した。
「これは、昔、一緒にパーティーを組んでいた時の勇者が持っていた最強のアイテムだ」
「最強の?」
「まず、回復魔法を使わずに、握っているだけで体力を全回復できる。
他にも使い道はあるが、追々説明する」
「そいつは、すげえ! LV10でもか!?」
「左様」
「いつ、なんどきでもか!?」
「ああ、いつでも。今度は、モモコが受け取れ。
ただし――」
「ただし?」
「回復の早さは、LVによって異なる。例えばLV10の場合、全回復の早さは1分。
これは、ゼプトの方が早い。30秒くらいの速さだろう」
その時、ゼプトが「でも、LV10を全回復させたら、一日休まないと駄目」と補足した。
「どう使い分けるかは、任せる」
「お、おお。
でも、ゼプトに苦労をかけさせるよりは、この石の方がいいかもな」
そう言ってモモコが受け取ると、石は光り輝き、手の中に吸い込まれていった。
「そっか、わかったぞ。アルバンが、なぜこの町に来たのかを。
つまり、昔、勇者が持っていたこのアイテムをおばあさんに預けた。それを取りにここへ来た。
途中で、兵士に捕まったのは余計だけどな」
「察しの通りだ」
「でも、なぜ、ガリカがこの町にいたんだ? 俺たちが来ることを知っていて、先回りしていたとか?」
「今日は冴えておるな」
「何? 正解? えへへ」
「左様。ガリカは、昔から、魔王討伐の協力者。
お前たちと私があの森で会う前、この町へ先に行っておくように伝えておいたのだ。
彼女は、千里眼の能力があるから、我々が町に入る前に気づいた。そうであろう?」
振り向いたアルバンの顔を見て、ガリカがフフンと笑う。
「ええ、そうよ。簡単に捕まってしまったから、ちょっと笑ったけど」
モモコは、はたと手を打った。
「だから、兵士に捕まっても、抵抗しなかったわけだ。必ず助けに来ることがわかっていたから」
「左様」
「最初から言ってよぉ。こっちだって、知っていれば心の準備が出来たのに」
「余裕綽々が顔に出ては、困るからな。仲間でも、知らせない方が良いときもある」
「ひどくねえか? 知る権利はあるんだぞ」
「まあとにかく、ばあさん、世話になった。達者でな」
ミーナは、無言で手を振った。
「さあ、次に行くぞ」
「またどっかに行くんかよ!?」
「次は、武器の回収だ」
そう言って、アルバンはスタスタと店を出て行った。モモコは、肩をすくめて彼の背中を追い、みんなも後に従った。




