44.美女の巫女の登場
奥の右側の扉が開かれると、下に向かう長い階段があって、地下にいくつもの独房があった。そこに、アルバンたちが一人ずつ入れられていく。猫のエスカにまで一つの独房が割り当てられる念の入り用だ。
独房は、三方がレンガの壁になっていて、通路側は鉄格子だ。ただ、彼らは横一列に入れられたので、互いの顔を見ることは出来ず、向かい側の誰もいない独房の様子を見るだけであった。
割と頻繁に、二人の兵士が銃を構えてゆっくりと巡回するので、横同士で話すら出来ない。
モモコは、ステイタス画面にチャット機能がないか確認したが、そんな便利な機能はなかった。それより、愕然としたのは、町に入る直前にセーブしたのを最後に、一度もセーブしていなかったことだった。
戦いに勝利するとセーブする癖はついていたが、緑のドレスの女とは戦ったわけではないので、ついうっかりしていた。
(ここで一暴れして、LV7のグラキリスに瞬殺されたとして、またあそこに戻るのかぁ……)
だが、モモコはそれでもいいような気がしてきた。セーブポイントに戻って、アルバンの肩をつかんで、この町に入るのをやめればよいのだ。
(そうだなぁ、アルバンが言っていた「フロム」とかいう町でもいいや。ここに入るのをやめて、フロムへ行こうぜ、って言えばいいんだ)
そう考えただけで、だんだんその作戦がベストのように思えてきて、薄暗い独房の中でも目の前がパーッと明るくなってくる。
だが、いざ実行しようとすると、怖くなってきた。
(セーブポイントに戻りたくて死ぬんだぜ……)
自分がやろうとしていること――自殺行為――が、実に浅はかに思えてきた。こうなると、ぐんぐんと膨らんでいた期待は、急速にしぼんでしまった。
(何、弱気になって馬鹿なことを考えてるんだ、俺。
いくらやり直せるからって、ゲームのリセットボタンをポチッと押すように、安易に死ぬことを考えていいのかよ?)
モモコはかぶりを振って、今までの作戦をきれいさっぱり忘れ、もう一度考え直した。
どうやってアンベールや双子を巻き込まないように戦えばいいのだろう。できれば、自分一人で全員を助け出したいのだが。あっ、アルバンなら自分で何とかするかな?
そうやって、あれやこれやと真剣に考えていると、急に耐えがたいほどの空腹に襲われた。
そこへ、ちょうど二人の兵士が通りかかった。
「なあ。腹が減って死にそうなんだ。何かないか?」
兵士たちは顔を見合わせ、「丸パンみたいのなら、あったな」「その場所がわからないから、教えてくれ」と言って左方向へ立ち去り、二人とも階段を上がっていった。もちろん、独房からは姿が見えないので、音だけで判断だ。
ところが、兵士たちがなかなか戻ってこない。モモコは、鉄格子に顔をくっつけて左方向に耳を澄ますも、足音がしない。
「おーい、まさか今頃焼いていないよねー。こねていないよねー。粉をひいていないよねー。収穫していないよねー」
モモコがブツブツ言っていると、「うるさい」とアンベールにたしなめられた。
「さーせんした」
と、その時、ソッと誰かが階段を降りてくる足音が左側から聞こえてきた。重量感のある兵士の足音ではない。
(まさか、グラキリスが直々に!?)
モモコは、グラキリスがパンを持ってきた場面を想像してしまい、腰が引けたとき、もっど驚くべきことが目の前で起こった。
真っ白いドレスを着て、陶器のようなツルツル肌をした、金髪で夜会巻きの髪型の美女が左から現れたのだ。
彼女は唇に人差し指を当てて、シーッと言うポーズを取る。これには、モモコも思わず同じポーズを取って、うんうんと頷いてしまった。
そのまま彼女は右側へ立ち去ったが、方角的に考えると、アルバンとアンベールと双子とエスカにも同じポーズを見せたはずだ。
(誰だ? 静かにしろって、味方か?)
モモコは鉄格子に顔をくっつけて、今度は右方向に耳を澄ましていると、抜き足差し足でアルバンが現れた。
「おい? さっきの女は誰だ?」
モモコが小声で尋ねると、アルバンは「巫女のガリカ。とにかく黙って付いてこい」と囁いた。
「付いてこいったって、この状況で? お前なぁ――」
モモコがぼやくと、ガリカがフッと現れて、鉄格子に向かって右手の人差し指で円を描いた。すると、鉄格子が煙のように消えてしまった。
モモコが通路に出ると、全員が独房から外に出ていた。
「兵士は?」
モモコの問いに、ガリカが静かに答える。
「全員寝ているわ」
「グラキリスは?」
「魔石の採掘場へ視察に行っているわ。逃げるなら、今がチャンス」
「なるへそ」
「言葉が昭和」
アンベールに突っ込まれたモモコは、頭をかく。
床に伏して眠りこけている兵士たちを横目に、全員が建物の裏口から脱出した。
そこは、裏通りだったが、幸いなことに誰も歩いていなかった。
「ずらかるのか?」
モモコがアルバンの背中に問いかけると、アルバンは振り返らずに「魔法の道具屋へ行く」と答えた。
「聞きたいことが山ほどあるが」
「後にしろ」
「お前、いつからリーダーだ?」
「…………」
「無視かよ」
生意気で気にくわないアルバンだが、とにかく彼を信じて頼るしかない。
モモコは、ふとセーブ忘れを思い出し、急いでセーブしてからアルバンたちの後ろを追いかけた。




