42.魔王軍に捕まった
モモコは、アルバンの小さな背中を見て、実は勇者の資格を持っているのは彼ではないかと思えてきた。
フォルシオンの剣圧による疾風で、一度、自分は死んでいる。あれを、小指一本の力で防いだのだから、今の実力では足下にも及ばない。
(なあ、一時、勇者を交代しないか?)
モモコの怠け心が、ムクリと頭をもたげた。交代した暁には、敵をどんどんやっつけてくれれば、自分のレベルも上がる。
(お前も、俺のおかげでLV6になったじゃん。いいじゃないか、ちょっとの間くらい)
そんなナイスアイデアに一人ニヤニヤして、いざ声に出そうと息を吸った途端、アルバンが小声で「急げ」と言って大股になった。
理由は、エスカが教えてくれた。
「女が魔王軍と話をしている。奴ら、こっちを見ているぞ」
アルバンは、なおも小声で「振り返るな」と言って、ずんずん先に行く。みんなも彼の後ろを早歩きで付いていくが、それ自体が逃げることと一緒だろう、とモモコが思った途端――、
「おい、待て!」
遠くからの男の声が背中を叩く。続いて、駆け寄ってくる複数の足音とこすれる金属音。これには、尻に火が付いた気分になる。
あと数歩で裏通りから出られる、という時に、アルバンが急停止した。急には止まれないモモコは、アルバンにのしかかる。モモコをおんぶする格好になったアルバンは、帽子が前へ斜め45度にずれたので、前が見えなくなった。
「おい、このまま突っ走らなくていいのか?」
「表通りでことを構えるのは、人が多くて危険だ」
帽子のずれを直しながら、アルバンは体を180度回転させた。
「おおおっ! やりあうのか!?」
「少し血の気が多いぞ。血を抜いてやろうか?」
「遠慮します……」
深呼吸したアルバンは、逆方向へ堂々と歩み始めた。その威厳に圧倒されたのか、魔王軍が途中からゆっくりと歩き始め、距離を保って停止した。
敵は五人。いずれも、大きながたいをしているので、裏通りに金属の壁が出来たかのようだ。
モモコたちは、体を半分だけ魔王軍の方へ向け、アルバンを見守る。その時、緑のドレスの端が建物に吸い込まれるところが見えた。
「貴様ら、どこから来た?」
中央の兵士が銃を構えて一歩前に出た。アルバンは、そのタイミングで停止する。
「フロムだ」
モモコは、そういえば前の町の名前を聞いていなかったかも、と思った。でも、その名前を口にすると、そこにいた魔王軍の兵士を全滅させたことがバレるかも知れないので、アルバンが嘘をついていることを信じることにした。
「あんなところから何しに来た?」
よそ者に向かって至極当たり前な質問をする割に、兵士は銃をグイグイと突きつける。あんなところなんていうから、フロムはよほどヤバい町なのか。
「買い物だ」
「何を買いにここを歩いている? 女か?」
「そうだ」
モモコは、心の中で「このクソガキが!」と叫び、頭をチョップしようと思わず手を伸ばしそうになる。
「なら、店はそこだ。通り過ぎているぞ」
後ろの四人が、一斉に親指を後ろに向けるので、モモコは吹き出しそうになる。
「あそこの女よりも上玉が他にいるはず。お前たちの方が詳しいだろう?」
ませたガキめが、と兵士も思ったらしく、アーメットの中から笑い声が漏れてくる。
「まあ、知らないでもないが……」
「なら、紹介しろ」
「いいだろう」
それから、奇妙なことに、魔王軍を先頭にアンベール一行が表通りを闊歩することになった。人や獣人がみな振り返るので、相当に異様な光景だったに違いない。おそらく、モモコとアンベールのブレザーの制服が人目を奪うのだろう。
モモコは、アルバンの真意を知りたいのだが、彼のすぐ前に兵士の背中があるので、聞くに聞けない。やきもきするのは、モモコだけではなく、アンベールも双子もエスカも同じ心境であった。
兵士は、表通りに面した建物の前で止まった。それは、いかめしい扉のある木造三階建て。周囲より上にも横にも大きいので、役所か貴族の住まいを連想させた。
アルバンが建物を見上げながら、ため息を漏らす。
「こんな立派なところで、堂々と女を買えるのか?」
「町中の金を積んでも難しい女がいるぜ」
「ほう。見てみたいものだ」
「見たいか?」
その兵士の言葉が合図だったのか、扉がギイイイイイッと開いて、十人ほどの兵士がドヤドヤと出てきた。
一行を取り囲む兵士を見渡して、アルバンが落ち着き払って言う。
「歓迎までしてくれるのか?」
一方、モモコたちは、顎がガクガクするほど震えている。
「こちらは、無料だ」
「歓迎に金を取られては、かなわぬ」
兵士の間で笑いが漏れる。
「さあ、お芝居はこれまで。さっさと中に入れ!」
一転して、兵士たちはアルバン一行に銃を突きつけ、せき立てるように建物の中へ押し込んだ。




