双眸と影
先行したナインズの一人、エリザは予想外の抵抗に合っていた。
相手は徒手空拳。一見すると別段特徴の無い近接型の退魔師だ。油断しなければ、この程度の相手は幾らでも料理の仕様がある。最初はそう思っていた。
「鬱陶しい! しつこい男は嫌われるぞ!」
「それは残念。しかし、貴方もフワフワと戦い辛いことこの上ない」
そう言いつつ、的確な位置に付き、絶妙のタイミングで飛びかかってくる。
異常なまでの落ち着き、こちらの狙いを当ててくる読み、深追いしない慎重さを見せたかと思えば、時折蛮勇を振るう。それがこの男の厄介さを数段引き上げている。
退魔百家の双眸。そう名乗った男はこちらの目論見を潰さんと、ナインズにとって面倒な動きをひたすら続けてくる。
「浮遊術とは珍しい。西洋魔女か?」
「誰が答えるか」
黒髪が広がり、地面に接地する。それは影のように立ち上がると、エリザから切り離されて独立して動き出す。
親しい人を思わせる黒髪だが、このような扱われ方をすると印象は全く変わる。似て無くて良かった。そう思いそうになり、振り払うように双眸護兵は前へと動く。
「面倒なお前を相手にする必要はない。このまま私達を相手に――」
「ここか」
双眸が敵もいない床面を殴る。板床が砕けると同時に、影のエリザ達が溶けるようにして無くなった。
相手にしていろ。そう言い損ねたエリザは、動揺を悟られ無いように頬肉を噛んで無表情を維持した。術を破られるということは多くの衝撃が術者に伴う。それが肉体的か精神的なものかは別として。
――発動した瞬間に、仕掛けを見抜いた? 一体どうやって……
思考している間にも、敵である拳士は動く。術が解けた反動で無防備になった瞬間を狙おうとするのか。どこまでもセオリー通りだ。接触した瞬間に、返り討ちにする図面を幾枚も頭に描き、敵が飛ぶのを待つ。
……飛びかかってこない。方向はエリザ目掛けて、されど空を狙わず地を走っている。まさか、という言葉が出かかった。エリザは反撃のための体勢へと入っているために、妨害ができない。
双眸の狙いは、エリザ自身の影。地面に漂うそれを、貫手で一撃。
痛苦とともにエリザの浮遊が解ける。双眸護兵の貫手はそこにあった細い髪の毛を見事に切断していた。
「きゃっ! な、なぜ……」
「影縫いの応用で、空に自分を固定する。それを連続することで、あたかも自在に空を飛べるように見せかける。見事な術だな。東洋の技を見事に、西の力と組み合わせている」
地面から苦しげに立ち上がるエリザ。
もう戦闘不能というように、震える彼女を見ながら双眸護兵は構えを崩さない。そして疑問に真摯に応えた。
「空を浮き、飛ぶ。一般人が魔術と聞いて浮かぶイメージだが、実際には膨大な術を並行して使用する必要がある超が2つは付く高難度の術だ。幾ら精鋭でも、それを戦闘中も可能というのは聞いたことがない。各勢力の首魁級ならともかくな。ならば、何か仕掛けがあると考えるのは自然なことだ」
「ああ、そう……!」
双眸護兵は過去に見ている。親友の符木津博光が天才でありながら、わずかな浮遊を披露して疲労困憊していたことを。封印騎士ベリンダが己を術で殴り飛ばすという方法で無理矢理に飛んでいたことを。
我がことなら知らず、友らが出来ないことを易易とできるはずもない。そう信じて、見破った。
地を駆ける双眸流。電光石火の勢いで、術を破壊された影響がある内に仕留めきるような勢いだ。エリザはそれに対して、なんの打開策も無いように立っている。拳が触れ、攻撃が決まろうとしたその瞬間。
「今度は、貴方が絡め取られる番よ!」
「ぬ……」
エリザの黒いゴシックドレスが弾け、東洋退魔師を包み込んだ。万力のような音と共に何かが砕ける音がする。
「ご明察よ。私は影を操るだけの術士。だけど、それだけでナインズに上り詰めた、私が! まさか浮かんでいなければ戦えないとでも思ってないでしょうね!?」
衣類までも影で編んでいた。しかもその影は刃物のような鋭さと、布のような柔らかさを両立させている。気で形成した刃を鎧へと変えて耐えているが、僅かでも均衡が崩れれば全身を断裂させるだろう。
さらにエリザの黒髪が動き、持ち上がって鎌のような形を作り上げた。
「さようなら。私をここまで追い詰めたこと、誇りに思いながら死になさい」
「そうだな。ナインズを相手にできたこと、誇りに思う」
その言葉を聞いて、エリザの嗜虐性が喜びの声を上げる。予想外の強者だったが、ついに我が足元に頭を垂れた。己と相手の無様を昇華し、いずれ私はさらに登る。向上心に酩酊する女の笑みが深まった時だった。
「1体1なら素直にそう思えたのだが」
「は……?」
肉を叩く音が響いた。どこから? すごく近い場所からだったように思う。揺らぐエリザの視界に写ったのは、忍者装束。自分たちがこの屋敷に乗り込む際、蹴散らした連中だ。
こんな雑魚に? だとしても影を使う己は全身を常に防備しているはず……ああ、そうか。鎌へと変ずる際に髪を持ち上げたから、後ろ首の守りがおろそかになったのか。
目の前の男に負けたのなら、まだ納得はいったのだが、こんな雑魚に……エリザの視界はとうとう暗転した。
彼女は知らない。神子守の屋敷に仕える忍者達、御側衆。彼らはあえて術を学ばないことで、脆弱さの代わりに不意を突くべく作られた兵達だということを。
双眸護兵に敗北するまでもなく、最初から彼女は御側衆の手のひらの上だったのだ。
「双眸様……」
「配置に戻りましょうか。影弐さん。神子守様が終わりを告げるまで、戦いは終わらないでしょうから」
「は」
何者をも侮らない双眸流の教えと、自らを捨て石とする忍者たちの相性は最高だった。
依然、神子守の屋敷は不落のまま、朝を迎えるだろう。




