猫と刀
東西の退魔師達が激しい戦闘を繰り広げているのと、同刻――
空間が揺らぐ。激しいものではなく、水面の波紋がごとくに静かに波打った。それは徐々に大きさを増して行き、少し大きく波立つ。波紋は突然に消え、代わりに一人初老の男を吐き出していた。
アカデミックスタイルの男……〈西の長〉ヨハン・ティルマンだった。八卦衆の五ノ井から絞り出した座標を基にして、〈東の長〉たる神子守の工房へとたどり着いたのだ。
ヨハンは周囲を見渡す。古風な紅で彩られた五角の空間……中央の側には上へと続く階段がある。華やかかつ質素。調和しながら、どこか矛盾を思わせる光景だ。
この光景を見てヨハンはここに来て初めての動揺を見せた。親しい者でも無ければ気付かないような動揺だが、確かに〈西の長〉は狼狽えていた。それを鋼の意思で表面へと出るのを防いだに過ぎない。
「馬鹿な……五ノ井の記憶と違う光景だと? あり得るのか?」
ヨハンはここへ転移術……西洋式テレポートで到着したのだ。
人がそれを夢見るばかりだった頃に想定したように……転移術は繊細だ。無理な転移によりその場にあった物体と混ざる、あるいは誰も知らぬ空間へとずれ込んでしまう……僅かなズレも許されぬ術だ。
それが違う光景へと移動したということは、考えられることはそう多くない。まず、その場所が作り変えられて景色が代わっただけということ。これなら物質と重なり合わなかったことは幸運だろう。
次に、飛ぶ直前に術式の座標を書き換えられたという場合。これは考えづらい。干渉を受けて気付かないほどヨハンは鈍くない上に、どうせやるなら無力化するような場所へ送るだろう。
「残るは……何かの影響で、ここまでしか飛べなかったという場合か。もし術ならば教えを請いたいほどだが……そうか、これが……」
ヨハンは黙って階段を登り始めた。途中、窓のように外が見える穴があった。そこでは蜃気楼のように半透明な京都の街並みが揺らいでいた。それを一瞥したヨハンは、歩みを更に確かなものとして登っていった。
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衝撃、斬風、破砕。あらゆる種類の余波が広がる。
神子守の屋敷、その一階では変わらず激戦が繰り広げられていた。互いに精鋭となれば、手の内が多いほうが普通だ。結果として互いに意表を突きあう、物騒なお披露目の会となっていた。
「神子守様は気にされないだろうが……修繕の費用はいかほどか。頭が痛くなってくるな」
「なら、その頭を刈り取ってあげるから、おとなしくするんだナ。大体その拳銃どうなっているんだナ? 弾切れしないとか、反則ナ?」
六倉は両手にXDM-40に似た拳銃を構え、連射していた。装弾数からすれば27発止まりのはずだが、際限なく弾が飛び出して来る。しかも銃身が熱くもならず、弾が詰まりもしない。何らかの銃をベースに、神秘的な処理が施してあることは疑いない。
対するナインズのキャスパーは一度もその弾丸を食らってはいない。全て躱すか、爪で銃弾を切り裂いている。反則と口に出したがキャスパーは大体、六倉の術を見抜いている。
それは物質転移の術だ。どこぞの猫型ロボットよろしく、別の場所から弾丸や銃のパーツを取り出して交換を続けている。ただ別空間から持ち出すのではなく、そのまま交換へと直結させている。八卦衆の名に恥じない、恐ろしい精度の術だ。
しかし、同時にキャスパーは考える。退魔師は別に戦闘能力が高い必要は無い。六倉は誰かと組むことによって本領を発揮するサポーターだ。今回、彼女と肩を並べるのは同じ八卦衆ではない者であり、片手落ちの状態にあると見ていい。
「正確で、優秀で、機転が利くナ。その術、もう大体読めるようになったナ」
ポケットに手を入れる動作は幻惑。実際には魔力と気の高まりだけに集中すれば、相手の射撃タイミングは手に取るように分かる。ふざけているように見えるが、キャスパーもまた精鋭たるナインズなのだ。
次の隙を見逃さず、キャスパーは一気に飛びかかった。宙を走る弾丸の軌道をあらかじめ予測、さらに己の術も起動させる。わざわざ相手の土俵に付き合ったのは、分かりやすい白兵戦型と読ませるためだ。
二人の影が重なり合い、次いですれ違う。一瞬で再び、向き合った。
「性格悪いんだナ。本命はそっちかナ」
「猫が言うことか。このスーツも安くはないし、肌を晒す趣味も無いんだ」
六倉はその手に日本刀を携えていた。それは銃弾であろうと自然現象の類でも、容易く切り裂くキャスパーの長い爪を切り裂いていた。
その六倉も脇腹の衣類が無くなり、玉の肌を晒している。
「アポーツなんて希少術を持っていて、やることはチャンバラ。勿体ないナぁ」
「は、ヒヒイロカネ製・現世児手柏。妖猫の爪とてご覧の通りよ。貴様こそ猫の癖に手から酸をだすとは、肉球に触りたくなくなるな」
「化け猫の尾ならぬ猫手だナ。というか金属も溶かす油ナんだが、服が溶けただけとは腹筋を鍛え過ぎでは無いかナ?」
根本的に似た気質であるようで、騙すタイミングすら被ってしまった。更に互いの軽口の応酬で、大分頭に血を上せていた。青筋を立てながら二人の女退魔師は戦いを再開した。




