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茶番劇の幕開け

 仏塔の2階にも八卦衆が1人いた。平安を思わせる白の貴族服だが、頭部は布を巻きつけて隠していた。

 五ノ井(いつのい)家の退魔師。八卦の内〈震〉の退魔師は〈乾〉の三ツ首が倒されても、尚平静を保っていた。三ツ首が殺されなかったことが意外といえば意外だった。ただ、意外に対して何かを思うところが五ノ井には無い。


 連携が持ち味である三ツ首の邪魔にならぬよう介入こそしなかったが、〈西の長〉の戦いぶりはモニターで見ていた。八卦を操る神子守同様、怪物の類だと十分に知れた。


 己では〈西の長〉を打倒することはかなわない。それを五ノ井は静かに受け止めて、思索する。

 倒せずとも時間稼ぎぐらいはすべきだ。悠長に構えてられる状況でも無いが、考えなしでは時間稼ぎすらできないだろうと分かっているから瞑目する。この仏塔自体が五ノ井の領域であるため、敵が律儀に階段をゆっくりと歩いてくる様を感知している。


 高速思考の中で五ノ井はひっかかりを覚えた。

 ……時間稼ぎ?


 相手方の目的は狭霧華風の奪取。ゆえに神子守の屋敷へと続く道に、五ノ井は塔を展開して侵入者をここへ転移させた。

 そもそもそこからして妙では無いか。〈西の長〉が安々と転移の罠にかかったのは理解できる。三ツ首相手にほとんど引き出しを使わなかった……あれほどの怪物ならば、己が如き小者の術に防備する必要も無いだろう。


 だが、あちらから見てその小細工程度を踏み潰さず、わざわざここへ入ってきた。


 この仏塔は位置的には京都の中心から離れた位置にある。個人で転移術を使えたとしても、蟻を潰す時間が惜しいとは思わなかったのか? 五ノ井の塔は内部の八卦衆を倒さねば出れないようになっている。同様の縛りを強制する術は、西洋魔術にもあるはず……


 思えば三ツ首との戦いを〈西の長〉は楽しむように、長引かせているかのようだった。



「……時間を稼がれたのはこちらか。ナインズを連れてきているのだな、〈西の長〉よ」

「ご明察だ。若者には機会を与えるのが私の主義でね」



 階段から〈西の長〉が見えた。拍手をしながら悠々と近付いてきて、五ノ井と対峙した。東に八卦衆がいるように、西にも同じような存在がいる。その精鋭を神子守の屋敷へと送り込み、自分は掃除から始める。

 ……一見するとそれらしいが、何か違う。ナインズの技量を疑うわけではないが、自分たちと同じ立ち位置の存在に神子守が倒せるとは思えない。それにナインズ全員を連れてきているはずはない。西の守りが疎かになる。



「……何を考えている、〈西の長〉」

「その前に自分で考えを言ってみたまえ。既にそれなりの時間は与えてある」

「……貴方は神子守様と直接対決がしたいわけではない」

「イエス。決着がつかない、無意味な時間となるからな」



 両者の力は戦闘においても伯仲しているらしい。いや、神子守の側を攻めてきているということは〈西の長〉が上である可能性もある。それは理由を引きずり出す鍵となる。


 

「……狭霧華風が欲しいのは本当だが、喉から手が出るほどではない」

「イエス。貴重な存在であり、創界法を封じるため今後も狙うつもりではあるが、ミコモリと敵対してまでとは思わん。……現状では、だがな」



 この極東に限定して考えても、鬼院・白瀬・獅子吼……突き抜けた個が複数存在する。そんな中でそれらに対抗できる首魁が傷つけば、連合は一気に食い破られる。〈西の長〉は独善的な人物だが、数多を犠牲にしてまでの悪辣さは持っていないように見える。

 彼が恐れるとしたらむしろ誰かが一人勝ちの状態になること。だが、それが他勢力ではなく、身内に存在するとしたら……



「……貴方が求めているのは知識。神子守様の本拠地に何があるのか……神子がなんなのかを知りたがっている。そのため貴方自身とナインズを持ち出す理由が必要だった」

「イエス……と言いたいところだが、少し違うな。私の推測が正しければ……ミコとカエ・サギリは同じものだ」

「なに……?」



 神子がなんなのか。それは八卦衆すら知らないことだ。五ノ井自身は転移術が使えるため、見たことはあるものの、アレがなにゆえそれほど大事なのかは分からなかったのだ。



「素直に聞けば、案外すんなりと教えてくださるかも知れんぞ?」

「アレがそんなタマかね? 必要ならどこまでも嘘をつき、あらゆるものを犠牲にするであろう、あの女が? 実際に覆いを取り外して弁明不可能な状況になるまで、はぐらかすに決まっている。そして、ミコとは相当な存在だ。なにせ、あのハルマンですら、どこかミコモリに遠慮している節があった」



 ならばなぜ直接乗り込まなかったのか……そこまで考えて、五ノ井は己を呪った。

 事態に対して、自分なぞ駒に過ぎないと思っていたのだ。



「ミツクビにも言ったが、自己評価が低いのは東洋人の悪い癖だ。殺しはせん。だが……ミコモリの工房の座標。それを君の脳内から読み取らせてもらう」

「生憎と……東洋人ではない」



 頭巾を取り、五ノ井の素顔がさらされる。

 白い肌、金髪青眼。それは予想外だったのか〈西の長〉の顔がほんの一瞬驚いた。少なくとも、一瞬度肝を抜いてやった。それだけが慰めだろう。ここから転移術で抜け出そうとしても、〈西の長〉ならそれを追尾してくる。



「八卦衆が〈震〉……五ノ井・フランシスクス! 推して参る!」



 それでも目に物見せてくれよう。八卦衆の名にかけて。

 必死の決意を持って五ノ井は〈西の長〉に食らいついた。

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