〈西の長〉
このような屋敷で寝付けるはずもない。護兵は身を起こして、目を閉じるに留めていた。
京都の中によく馴染み、だから誰も気付かないという異常な神子守の屋敷はあらゆる防備が施されている。物理、神秘の両面における完全な守りはなるほど、あの老婆らしい。
しかも並どころか上位の術者でさえ気付かぬほどに、自然と防護が敷かれている。普通であれば、これほど安全に眠れる場所は無い。だが護兵の流派、双眸流は目を極端に強化する。各所の仕掛けが見えてしまう。
本来、才という点では友人の符木津博光に劣る護兵だが、双眸流の特性とも言える看破の力によって眠りを妨げられていた。
加えて、胸がざわつく。凶事の気配。
実を言えば、完全に戦闘に特化している双眸の家は退魔百家としては異質である。専門家などというのは時代が進んだからこそ役に立つもので、古来からそれしか出来ぬというような家は極めて珍しい。
ならばそれに気付くは、護兵本来の才というよりは血が騒いだのやも知れぬ。
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〈西洋派〉が何を企もうと、連合内部のことに過ぎない。今、この時は各大勢力は健在。それらに対しても備えをせねばならない。
故に破格の扱いであったものの、今回の不穏事に対して投入できた八卦衆は3家のみ。それでもかなりの戦力を割いたことになる。八卦は神子守子飼いとは言え、連合内部でも最上位に位置する退魔師。少なくともいたずらに消耗させるべきではないことだけは確かだ。
「「「最初は疑いもしたが……流石は神子守様の慧眼」」」
「ふむ……テレポートか。和に転移を系統とした術があるとは、隠していたな。食えぬ女だ」
特定位置から攻めてきた外敵を、強制的に送り込むための術式。そのために設けられた仏塔の最下層に3人と1人が向かい合った。3人は東洋人、1人は西洋人。
忍び装束をした東洋系三人の男は揃って同じ顔をしていた。
相対する西洋人は博士を示す深紅色を基調としたアカデミックドレススタイル。髪は博士帽に隠れているがボウルカットのようで、白くなりつつある顎髭が見えている。
「「「〈西の長〉……ヨハン・ティルマン。約もなく、自ら単騎で来るとは……間に合うならば、直ちに手を引かれよ」」」
「そういう君達はハッケシュウのミツクビの者か。ミコモリめ、まさか部下で私を止められるつもりか。それと単騎で来ることはそんなに驚くことかね?」
格好も相まって、戦う人間にはとても見えない老人だが、平然としていた。いかに〈西の長〉とは言え、連合内部の序列でも一つしか違わない相手は警戒して然るべきだが……ヨハンは億劫そうに手招いている。
「最大戦力を一気に投入することこそ、最も効率が良いと思うのだが。とは言え私も運がない。消耗品のミツクビが相手とは、潰してもすぐに替えが利いてしまう」
消耗品と言われた途端に、三ツ首の戦意が跳ね上がる。それは彼らにとって最も忌むべき呼ばれ方だ。それをなぜ知っているのかという詰問すら無く戦闘が開始されるだろう。
その見えぬ、感じぬ怒気を前にヨハンはあくまで涼し気だ。
「来たまえよ。なぜ私がミコモリと並んでいるのか、知りたければ」
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三ツ首の家……退魔百家でも上位に位置する名門だが、その中でも極めて異質な家だ。
家史によれば、初代は武術・妖術・幻術を極めた傑物であったらしい。しかし、そのような人材がそうそう出てくるはずもない。ゆえに初代は早い内から後世に向けての対策を練った。
手を加えたのは己の種。三ツ首の家では必ず三つ子が生まれるのだ。そして、それぞれが武術・妖術・幻術の才を持ち、三人揃って初代を再現する。どういう仕組なのかは誰も知らぬが、例え三者の誰かが欠けようとすぐさま補充される。
常に最良の当主を迎えることができる。安定という意味においては三ツ首の家に匹敵する家門は無い。それと同時にこれほど奇異な家もまた無い。
その出自ゆえか、感情を顕にすることが稀な三ツ首の当主達だが、同時に“消耗品”に類する呼ばれ方を激しく嫌う。それを認めてしまうことだけは彼ら自身が許さない。それだけが拠り所と言うように……
折り重なるように木床を疾走する3つの影。呼気と共に繰り出される拳も3つ。それぞれが違う素養を持つために、これは幻術の類だろう。拳を突き出しているのは本当かも知れないが、本命は一つだ。
「フム……」
それに対し、〈西の長〉は……同じように3つの拳を繰り出した。
「「「!?」」」
「いや、見事。単純にして恐ろしい技だ。気に入ったよ」
全く同じ軌道で放たれたゆえに、三ツ首は健在。問題なのは本命を見抜かれた上に、拳を弾かれたという点にある。まさか一瞬で模倣され、さらに上を行かれた?
「いやいや、その考えでは落第だよ。自己評価が低いのは東洋人の悪い癖だ。君たちは凄い。自信をもちたまえよ……ただ、君たちの祖先から力を借り受けただけだ」
「「「……まさか」」」
「そう、私の得意分野でね。降霊術さ。君たちの国ではイタコというんだったね」
三ツ首の初代、その力をそのままぶつけたと事も無げに言い切る。
三ツ首とて現在に生きる以上は他の術についてもある程度の造詣がある。今のが本当に降霊術だとするならば、その異常性を上げるときりが無い。
まず、呼び出した霊の同意を得ていないだろうこと。子孫の排除に同意なぞするはずもない。とりわけ三ツ首は初代の“作品”であり、初代の要求した性能を発揮している。
次に、人格を渡す器を用意せず、その能力だけを抽出してみせたこと。
そして、これら一連の早さがなによりも異常だった。儀式の簡略化は世の常とは言え、瞬きの間にやってのけるのはもはや簡略化どころではない。大まかな仕組みすら察せない。
結論として三ツ首は〈西の長〉に勝てない。この降霊術一つ取っても、致命的差であるのに相手の引き出しは無数にある。しかし役目からの逃走は八卦衆にとってあり得ない。
「「「オォオオオオオ! 〈風滅火遁〉!」」」
繰り出すは3つの火炎旋風。威力も効果範囲も申し分なし。火炎旋風の特性を活かし、これは3つともが本物。妖術をベースにした第2の戦法。
「B+。悪くない」
採点とともに、ヨハンがかざした杖から横向きの火炎旋風が一つ繰り出される。軌道を完全に掌握し、曲がりくねった軌道で三ツ首の炎を全て上書きする。
「次は幻術主体か。ふむ……A-。良い」
床が万華鏡に変ずる。さらにまばゆいばかりの光を投射。視界が全て、幾何学模様で埋め尽くされる。その中で、ヨハンは杖で静かに床を突いた。
それだけで万華鏡は硝子細工にふさわしく砕け散った。その輝きを〈西の長〉はうっとりと見つめている。
「ビューティフォー。この幻術は最後までそれらしく振る舞うのか。マイナスなどと言って済まなかった。A判定だ。私の講義に来ないかね?」
全て、全て通じない。
相性を選んで上を行かれるなら良い。だが、同じ系統の術でことごとく上を行く。単純にして強力。それこそが我のあり方だと己のペースを保ち続ける。
「「「……退かぬ」」」
「諦めも時には必要だ。若人よ。時間は有限なのだから、効率よく使わねばな」
それでも三ツ首は戦闘を続行する。
己等はどう言い繕ったところで、家のために動くだけの被造物。退魔百家でも地位を持ちながら、避けられてきた。交流など双眸の家とぐらい。愛してくれるのは神子守だけだった。
ゆえに……決して……負けぬ。
全身満身創痍。動くことすらままならぬ体で、三人は床に転がされた。命だけはある。そして、その理由はトドメを刺す時間も労力も消費に及ばないだけだった。
「ハッケか。少し侮っていた。私の配下にも見習わせたいものだ。今度交流会でも企画してみるか……」
屈辱に震える者達を残して、声は遠ざかっていった。




