思索・試作・施策
〈西洋派〉などと狭霧華風に呼ばれてしまったため、それがそのまま呼び名になってしまった。
神子守のすすめでようやくに足を崩せた護兵と博光は、気を入れて話し合うことができるようになった。華風との仲は中々に腐れ縁で、それを狙う輩が出ようなど許せるものではなかった。
「こうしてみれば……狭霧のお嬢さん。貴方は本当に変わってらっしゃる。この婆婆も随分と長いこと生きて、人を見る目を少しは養ったつもりですが……こうまで才が無い御仁はついぞお目にかかったことはありませんよ」
「気のせいかな。才能なしって言われてない?」
「その才能なしというのが問題なんですよ、部長。得手不得手はあれど才気が皆無。試みることもできない……というのは普通にはあり得ないことなんで」
昔に戻って部長と呼ぶ博光が受け合う。
博光は呪符を得意とする符木津家の当主で天才として知られる。流石に神子守には劣るだろうが、華風の異常性については護兵よりも理解しているだろう。護兵はそれがなんとなく面白くないが。
「例えば剣術を習おうとする。そりゃ全く向いていない人間もいるでしょうが、刀を握ることはできる。部長の場合はそれができない。となると、これは別種の才能に通じる」
「博光殿のおっしゃる通り。で、あれば〈西の長〉が企みも知れるというもの……全く余計なことをなさるもの」
そう言う神子守に目を向けて、一瞬目を離した間に机が置かれて食事まで乗っている。術なのか、目くらましなのかは分からないが心臓に悪いのでやめて欲しい。博光などはそう思うのだが、この老婆は時折茶目っ気を出す。
「今更な話ではありますが、魔術に限らず西から来る勢力はどれもこれも強い。特に西洋と称されるところは。理由がわかりますか?」
「シンプル・イズ・ベスト。身も蓋もなく大きいから強い、かな。あとは正直だからね」
「そう。それは当然に神秘においても適用される。西洋の退魔師達が使う魔術はなんと申しますか……」
「システマティック! 体系化されてて、誰にでも扱えて、かつ強力! 話の流れからして、こんなところ?」
「そうそう」
華風と神子守は歳の離れた友人のように会話している。どこで身内認定されたのか、傍から見ていても分からないが……どうやら神子守は狭霧華風をだいぶ気に入ったらしい。
しかし、なるほどうなずける話ではある。
「ファイアーと唱えれば火が出る。捻りがない分、覚えやすい。そして捻るよりも、威力を増す方に腐心する。そして威力が上がるよりも、使える人数を増やそうとする。こちらが通常の10倍威力がある火の玉術を作っていたら、向こうは火の玉を出す兵を100人揃えてくる」
「そうしてる間に本当に火の勢いは増して、威力まで追いついてくる。量も質も実にあっさりと追い越されてしまう」
護兵ら前線で戦う者たちこそ、それを感じ取っていた。
魔法なぞカルチャースクールで習える時代だが、そうした初心者向のスクールでも教えるのは専ら西洋式だ。東洋系術で需要があるのは式神ぐらいのもの。
「で、どっちかというと強力な方は西洋式なんでしょ? なんでそれがか弱い美女を捕まえて、悪の秘密組織みたいに利用しようと言うんだい?」
「か弱い……? あだだっ!」
要らん所にツッコんだ博光がどこか捻り上げられている。
華風の疑問はもっともだ。これから先、隆盛するのは西洋式の“マジック”だろう。ならば時節を待つだけで良いはず。それが今やまるで一発逆転を狙う劣勢側の発想を持っているという……
「……あ」
「気づかれましたか、護兵殿。弱点ばかり探すと見落とすことがあるというもの。向後の学びとするとよいでしょう」
「おーいてぇ。創界法ですか。確かに西洋側からは発現し辛いでしょうな」
とっくに気付いていましたよ、というような博光を護兵は小突いた。
確かに護兵は勘違いをしていた。狭霧華風をどのように使って躍進する気なのか? つまりは相手が華風をいわば武器として用いるならばという前提で思索していたのだ。
「俺自身懸念したことすらあったのに……いやはや、含羞とはこのことですね」
創界法。それはフィクションにおいてありきたりのネタだが、必殺技として良く見られる術だ。言わば世界を一時的に書き換える術。己の信念を核にして、それに準ずる世界法則を描き出す。まさに世界を創る術だ。
護兵が思い付かなかったのは、彼の流派上において発現を目指すべきものでは無いからだ。信念を核に、というが創界法に必要なのはどちらかといえば執念や怨念に分類され、双眸流の目指す境地からかけ離れていた。
「創界法自体は癖が強い。凄まじい“業”であることは確かだが、無敵どころか便利かすらも発現してみないと分からねぇ……が、現在において最高峰の術であることも確かだ」
「そして……ハルマン殿は恐らく、創界法についてもいずれ開示するでしょう。かの御仁、不平等は許容できても不公平は断固として拒否する方ゆえに」
それを我らがごとき、中堅に明かしていいものか、どうか。そう考えながら護兵も論を放つ。
「〈西洋派〉は華風を防具に使うつもりですか……」
「だろうな。体系化された魔術はその利便性が高まるごとに、異端を生み出さなくなっていく。洗練されると言い換えても良い。一方で固着化が始まり、対応マニュアルにないことへの対処が困難になっていく」
もっとも、その弱みは潰していくことが可能だ。システマティックに発展していくのは何も悪いことではない。主流となり、文化に昇華される正道の道であり、むしろそのような術式の方が世には好ましいだろう。
しかし創界法だけは例外だ。個人ごとに全く違う効果を発揮するために、これをすれば対応できるという流れを作ることができない。あるいは幾星霜の果てに対抗法も見つかるかも知れないが、現在無いことに変わりはない。
「そこで……狭霧のお嬢さんを使い、世界全体に呪をかけるつもりでしょう。創界法を発現できないように、阻害の網を世界中に張り巡らせる。それが〈西洋派〉の企み……、そうすれば自ずと彼らが歩む正道は王道へと変化する」
「いやー重要人物だねぇ。そうなると、この体質って世界に私一人だったのかな」
「少なくとも、退魔組織が食い込めるような街では……貴方一人だけだったのでしょうね。生まれる確率も極小と見て良く、利用してしまおうと考えるのも無理なきこと」
その際に華風の命があるかどうか。連中とて馬鹿でない以上、異物の命を散らすことは避けたいはず。であるならば文字通り“命だけ”残すのが術士のあり方だ。
しかし……その目論見は早速危うくなっているな。そう護兵は考える。
なぜか、神子守という怪物が華風を利用させない方針に、やたらと熱心であるようだからだ。
「八卦衆に触れを出します。令は狭霧華風の身を傷つけさせるな、と」
「御意」
壁から声がする。神子守直属の御側衆だろうが……連合の最高戦力八卦衆を全員と言わずとも、華風の護衛に使う腹積もり。神子守の覚悟の程が伺えるが、果たしてその熱意はどこから来るのか。
「細かな方策はこれから積めていきましょう。曽良場の方へは代わりになり得る人を派遣し、連絡もしておきますので、お三方とも今日はこの婆の屋敷にお泊まりなさい……ところで護兵殿」
「は」
「狭霧嬢との祝言はいつになるのです? 子の予定は?」
そこか。そこで身内認定したのか、この上司。
けらけらと笑う者共に囲まれて、双眸護兵は頭を抱えた。




