76話 亀蟹合戦
「して、用はそれだけかの?」
夕食に誘うことでスッカリ元気を取り戻したソン爺がいつもの感じで聞いてきた。ゲンキンな爺さんだな・・・。
「あっと、上級の調査依頼にあったベヒモスについてなんですけど、あの依頼取り下げて貰えないかとお願いしようかと思いましてね。」
「ん?なんじゃ?お主が調査したのか?調査したのなら別に取り下げても構わんよ。陸地側はお主達が狩ったリーパーアントの影響であまり魔物がいなくなってしまったから、暇を持て余した冒険者がそういうゴシップを流したりしたんじゃろ。」
「いや、ベヒモスはいるんですよ。」
カタンとソン爺が持っていたコップを床に落としてしまった。
「な、なん・・・じゃと?ベ、ベヒモスが・・・いる?」
「あぁっ!早まらないで下さいよ?そのベヒモスは俺達の仲間なんです。街に入れると騒ぎになるだろうからと思って外で遊んでもらってるんですよ。」
ソン爺はポカーンとした顔のまま静止してしまっている。
「もしもーし、おーい、ソン爺ー」
「・・・はっ!?ヨ、ヨーヘー、今何と言った?ベヒモスが・・・仲間?」
「はい、イノッチって名前なんですけど、ちょっとヤンチャですが可愛い奴ですよ。」
「今までベヒモスを仲間にした者なぞ聞いた事も無いぞぃ。年寄りをからかうもんじゃないわ。」
ソン爺は俺の言っている事が信じられないみたいなので、見せれば納得するだろうと思い、ソン爺を連れて街の外に出た。
街から充分離れたところまでやってきてイノッチを呼ぶ。
「おーいイノッチー!マイブラザー!」
すると1分後。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!
砂煙を上げていつもと同じ登場の仕方でイノッチが現れる。
昼間から遊べる事が嬉しかったのか、そのままブレーキを掛けずに俺に飛び込んできた。
「うぉぉぉぉおお!!???『バインドォォォ』!!」
衝突時の衝撃は殺せたとしても、このまま成す術もなく吹き飛ばされると大怪我は必至なので俺の体をイノッチに縛り付けることで、木の葉のように舞うことは回避する。
俺が吹き飛ばされずにイノッチから離れなかった事が嬉しかったのか、そのまま猛スピードで爆走するイノッチ。
草原には俺の絶叫とイノッチの嬉しそうな声が響き渡った。
「ヨーヘー、大丈夫?」
「な、なんと・・か・・・」
体力は大きく減ったが怪我は突進された時の打撲くらいしかない。その打撲もアリアに治してもらったから、今あるのは精神的な疲労とスタミナだけだ。
イノッチは走り回ったのが楽しかったのか、凄くご機嫌な様子でタァマちゃんと遊んでいた。イノッチタフ過ぎー。
「ソン爺、こいつがイノッチです。可愛いでしょう?」
「獰猛な獣にしか見えんのじゃが・・・さっきもヨーヘーが死にかけていたように見えたんじゃが・・・。」
「大丈夫ですって、イノッチは俺の兄弟なんです。危ない事なんてあんまりないですよ。ちょっと加減が下手なだけですから。ほら、あんなに小さなタァマちゃんも一緒に遊んでるでしょう?」
「う、うむ、そうじゃが・・・いや、しかしベヒモスじゃぞ!?まだ子供のようじゃから大丈夫なんじゃろうが、成獣したらベヒモスはエライでかさになるぞ!?ちょっと遊び気分でジャレた結果が町が消えるということもありえるんじゃ!ワシは危ないと思うんじゃが・・・。」
「それまでにはなんとかしますよ。大きさが問題ならたぶんなんとかなると思いますから。」
いざとなったら特殊魔法のミニマムで小さくすればいいからね。常に魔力を吸われるのが難点だが、イノッチが大きくなるまでにはミニマムが常時発動するような魔道具を開発したい。
「ふむ・・・大きさだけじゃないんじゃがの。しかし本当に懐いているようじゃの・・・信じられんがこういうこともあるのか?もしかしたらワシはとんでもない場面に立ち会っているんじゃなかろうか?うーむ、本来は認めるわけにはいかんのじゃが、ヨーヘーにはこれからも色々と世話になるからのぅ。夕飯とか夕飯とか、例えば夕飯とかをじゃ。」
つまり見逃してやるから夕飯をご馳走しろというわけだな。
「えぇ!もちろん色んな料理を披露しますよー!」
「ほっほっほっ。なんかすまんのぅ。ほっほっほっ。」
ソン爺との交渉がうまくいったことに安堵し、ベヒモスの調査依頼は取り下げてもらう運びになった。ソン爺は朗らかに笑いながら街に戻っていったが、俺達はこのままアダマンタートルを狩りに行くことにする。4人でイノッチの背中に乗るとアダマンタートルがいるという海岸線まで爆走した。
イノッチの突進はかなり速かった。以前は俺の方がちょっと速かったのに、今本気で追いかけっこしたらすぐに追いつかれることだろう。この分なら目的地まですぐに着いてしまいそうだ。乗り心地は最悪だけどね。
アダマンタートルがいるであろうエリアに着いた頃、俺とアリアとトリスの顔色は酷いものだったと思う。唯一元気なのがタァマちゃんで、イノッチに乗ってる間もキャッキャ、キャッキャとハシャいでいた。
イノッチから降りた俺達は、海岸線の岩場でアダマンタートルの捜索を始めようとしたのだが、スカウトを使うまでもなくアダマンタートルは見つかってしまった。だって岩場でさ、ダイヤみたいな透明感のある3mの亀だよ?防御力に絶対の自信があるのか隠れようともせずに悠々と闊歩しているわけだ。見つからないわけがない。そんなアダマンタートルを俺達は観測しているわけなのです。
なんで攻撃をしかけないのかというと、近くにテンペストシザービートル、つまりでっかい蟹さんがいるんですよ。名前からしてなんとなく蟹なんだろうなぁとは思っていたが、予想通りでかい蟹だったよ。この世界ではあれが虫扱いなのね・・・嘆かわしい。さて、その蟹さんなんだけど、さっきからアダマンタートルに攻撃してるんだよね。
蟹さんがその両手にある大きくて立派な鋏を、亀さんの甲羅に振り下ろしていて、ガインッという衝突音が響いてくる。あの質量だし、結構な威力が予想されるんだが、亀さんの甲羅は全然傷ついていないように見える。あの甲羅はかなり頑丈なようだな。逆に蟹さんの鋏から体液が流れているので、攻撃している蟹さんの方がダメージを負っているみたいだし。自分の攻撃が通らない事を悟った蟹さんは、横歩きで亀さんと距離をとり、力を溜めているようだ。次の瞬間、蟹さんの口から凄い勢いで飛び出す水が噴出された。マグロのウォーターショットとかなんなんだと思ってしまうような威力だ。高圧力で噴出された水は、亀さんに直撃した。噴射後、辺りに水が撒き散らされて、蟹さんと亀さんの姿が見えなくなってしまる。なるほど、これがあの蟹さんがテンペストと呼ばれる所以か。10秒程待つと視界が晴れてきた。蟹さんは亀さんが蟹さんの姿を見失っている間に、亀さんの後ろに回りこんでいた。てか、亀さんはさっきの水喰らってもダメージを受けた様子がない。そんな亀さんも蟹さんを見失っているようでキョロキョロしている。蟹さんはそんな亀さんを後ろから両手の大きな鋏を使って亀さんの足を挟みこみ、亀さんを持ち上げて、足を切断するべく力を入れているようだ。持ち上げられた亀さんはジタバタもがいているが、蟹さんは離すつもりがないようだ。
ガガガと音をたてながら、亀さんの足を潰し切ろうと力が加えられた次の瞬間、バキィィィ!!と破砕音が聞こえてきた。ドシーンと地面に落ちる亀さん。落ちた亀さんはヨロヨロと立ち上がった。さっきの破砕音は蟹さんの鋏が壊れた音だったようだ。鋏が壊れた痛みからか大暴れする蟹さんだが、その蟹さんの足に噛み付いた亀さんはそのままバキィと足を噛み砕く。凄い顎の強さだな・・・蟹さんの足が1本取れてしまった。勝てないと判断したのか蟹さんは逃げていき、亀さんは蟹さんの置いていった足をバキバキ食べていた。
以上の実況をホークアイで遠視していた俺はタァマちゃんに聞かせてあげていた。
「にゃぁぁ!亀さんが勝ちましたっ!亀さん強いですっ!」
そう亀さん、つまりアダマンタートルが勝ったのだ。
「ねぇアリア。毒セリアさんはテンペストシザービートルって中級の上位って言ってたよね?それでアダマンタートルは中級の中位って話じゃなかったっけ?」
「うん、たしかそうだったよね。アダマンタートルが勝ったのはなんでなんだろうね?」
「それは戦う相手が冒険者だったらという話だからです。攻撃力やスピードはテンペストシザービートルの方が上ですし、実際に冒険者が戦ったらテンペストシザービートルの方が被害が大きいのですよ。アダマンタートルは動きもノロいですし、あの馬鹿みたいな硬さ以外は特徴がないですからね。倒せないまでも、こちらも被害が出ることは少ないんですよ。」
なーるほどね。蟹にとって亀は相性の悪い相手だったということか。まぁそれはさておき、俺達はこれからあの亀さんを倒さないといけないわけだ。これはブリーフィングが必要だな。
「あの甲羅とか亀の皮膚とかホントにアダマンタイト並みに硬いの?」
「いえ、アダマンタイトに比べれば多少は脆いそうですけど、それでも鉄なんかより全然硬いですね。鉄製の武器じゃダメージが通らないと思った方がいいです。ただ熱に弱いという弱点もあるみたいですよ。」
おっと、意外に簡単そうな攻略の糸口が。
「火魔法が効果あるってこと?」
「はい、ですから知恵を使えば倒せるので中級の中位なんだと思いますよ。馬鹿正直に武器だけで倒そうとするとさっきのテンペストシザービーストのようになるわけですが。」
「そうなると今回はトリスやタァマちゃんの出番はないかなー?」
「そうですね、私の矢は弾かれるでしょうし、タァマちゃんの刃も通らないでしょうからね。アリアとヨーヘーに任せることになりそうです。」
「じゃあエクスプロージョンかインフェルノでもぶっ放すかー。」
「ヨーヘー、私フレア使ってみたいなー。」
「お二人共、私は魔法師ではないので魔法の事は詳しくはないのですが、それでも魔法名くらいは知ってるつもりです。ですが今二人が挙げられた名前の魔法は知らないのですけど、いったいどんな魔法なんです?」
「あれ?トリスって見た事なかったんだっけ?」
「ヨーヘーの特殊魔法や昨日船まで架けた氷の橋、他にも生活で使っている魔法なら見た事あるんですけど、攻撃魔法となるとアリアがグリーベアに放った練度の高いアイスランスしか見た事がありませんね。」
なるほど・・・そういえば全然使ってなかったような気がする。大規模な戦闘じゃない限り上級魔法は使わないだろうしなぁ。リーパーアントの時はかなり派手にやったけどトリスはいなかったんだっけ。
「えっとね、エクスプロージョンって言うのは火魔法の上級魔法で、トリスは思い出したくないかもしれないけど、ガラダでゴブリンとオークの集落を消し飛ばした時に使った爆発魔法なんだよ。インフェルノは高温の炎が広範囲で広がる灼熱魔法。フレアはエクスプロージョンとインフェルノを混ぜたような魔法かな。」
「ちょ、ちょっと待ってください。ゴブリン集落を消し飛ばしたのってヨーヘーなんですか!?サブロイなんとかさんだと聞いていたんですけど!?」
「あ、そういうことになっちゃってるね。諸事情があって押し付けちゃった。ちなみにインフェルノとさっき説明しなかったボルケーノって魔法は、アリアがリーパーアントの群れを滅ぼした魔法だったりする。アリアがやりすぎて地形が変わってたけど。」
「あ、あれは仕方なかったんだよっ!・・・ちょっと八つ当たり気味だったのは認めるけど・・・」
するとトリスは呆れたような顔で俺とアリアの肩に手を置いた。
「とりあえず、上級魔法は却下ですね。ちなみにアリアが使おうとしていたフレアでしたっけ?それの効果範囲はどれくらいなのです?」
「え?えっと・・・魔力の込め具合にもよるけど普通に撃てば2~3ムールが吹き飛ぶくらい?」
「却下ですっ!!そんなもの却下ですっ!!やっぱりアリアもヨーヘー側の人間でしたっ!!明らかにオーバーキルじゃないですか!この辺一帯の生物を消し飛ばすつもりですか!?可愛い顔してえげつなさすぎますよ!!なんなんですかっ!?誰なんですかそんな物騒な魔法を教えたのは!!」
「「ミイ師匠」」
俺とアリアの声がピッタリとハモった。
「とにかくダメですっ!!なんでそんな魔法使えるのにこの前まで初級冒険者だったんです!?明らかに上級の・・・いえトップクラスの魔法師じゃないですか!!」
「やっぱりそうなんだ?あんまり他の魔法使いに会った事なかったからどの程度の実力なのかわかんなかったんだよね。ふむ、ミイ師匠は偉大だったんだなぁ。」
「とりあえず、アダマンタートルはヨーヘーがバインドで拘束して動けなくした後に、アリアがファイアーストームかファイアーウォールで攻撃するようにしてください!絶対上級魔法は使っちゃダメですからね!」
「「はぁい・・・」」
フレア使ってみたかったなぁ、さて結論から言おう。トリスの立てた作戦で危なげもなくアダマンタートルを討伐する事に成功した。アリアの放ったファイアーストームは、トリスの知るファイアーストームより数段上の威力だったことにトリスが驚いたというくらいの事しか起こらなかった。
「ファイアーストームであの威力ですか・・・反則過ぎるんじゃないでしょうか?上級魔法の威力を考えるとゾッとしますね。でもやはり魔法師がいると戦術の幅が広がっていいですね。アダマンタートルではありませんが、同じような亀を討伐した時は、落とし穴を掘って亀を挑発しておびき寄せてから、穴に落ちた亀を燃やすといった下準備が必要でしたからね。穴を掘る作業がなくなったり、薪を用意する必要がなくなったりと、かなり楽ができますね。」
それにしてもアレだな。火魔法で倒すと真っ黒こげで素材回収には向かないな。甲羅も熱で割れちゃってるし。アダマンタートルの素材は面白そうだから欲しかったんだけどなぁ・・・。あ、そうだ!リバースで戻せばいいんじゃないか!そうだそうだそうだ、その手があったじゃないか。消滅させなければ元に戻るし、一回死んだ奴は体が戻っても意識は戻らない実験結果だったし、いい案じゃないだろうか。
早速リバースを掛けてみると、期待した通りの結果になった。アダマンタートルの素材をゲットしたぜっ。
これは熱対策をしっかりすれば頑丈な防具の素材になるんじゃないかなー。




