104話 憤怒の魔法師
ゆっくりと歩きながらこちらに近寄ってきた者の容姿がだんだんとわかるようになってきた。
顔は少々やつれているだろうか。健康そうには見えない。
あまり手入れをしていないのか、髪の毛はボサボサだ。身長は俺と同じくらいだろうか?
俺の隣でアリアが息の呑むのがわかった。
この人物が憤怒の魔法師、ユグドさんで間違いないのだろう。
「まったく忌々しい奴等だ。貴様等ではどうする事も出来ないということを、ここ数年の経験で学習できないのか?・・・あぁ、すまん。全員殺していたから俺の力量が伝わらなかったわけだな。よし、今回は特別に1人だけ見逃してやろう。選べ、誰が生き残る?」
喋りながら俺達を見る目は、害虫を見るのと同じ様な視線で、邪魔でしかないとの感情が伝わってきた。すぐにでも俺達を始末する為なのか、全身に凶悪な魔力を纏い始めている。
「ユグドお兄ちゃん・・・」
アリアの口から漏れた呟きにユグドさんが反応した。
「・・・お兄ちゃん?すまんが俺に妹はいないぞ?勘違いじゃ・・・もしかしてアリアちゃんか?」
アリアに気付いたからか、ユグドさんの全身に纏っていた禍々しい魔力が霧散する。
「っ!うん!うん!私だよユグドお兄ちゃん!アリアだよっ!覚えててくれたんだ・・・嬉しい。」
「あぁ、久しぶりだね。随分と綺麗になったね。元気にしてたかい?」
「うんっ、大切な仲間も出来たし、今はとても幸せだよ。」
「そうか・・・幸せか。それならその幸せを大切にして早くここから立ち去るんだ。アリアちゃんの仲間というなら見逃してあげるから。」
「・・・え?」
「今は研究で忙しいんだ。悪いけど構ってあげてる時間はないんだよ。すぐに帰りなさい。」
「そんな・・・私達ユグドお兄ちゃんを止めに来たの。あの優しかったユグドお兄ちゃんが悪い事するはずが無い、何か事情があるはずだって!・・・ねぇお姉ちゃんは?セリアお姉ちゃんはどこにいるの?」
「・・・セリアは・・・いないよ。もう死んでる。」
「・・・・・・」
アリアは覚悟はしていたのだろうが、ユグドさんの台詞でセリアさんの死を伝えられた事にショックを隠し切れず、俯いてしまった。
「さぁ、もうお帰り。俺は研究で忙しいんだ。」
「ユグドお兄ちゃんっ、せめて事情「帰れと言ったんだっ!これ以上邪魔をするならアリアちゃん相手でも容赦はしない。」」
ピリピリした空気が張り詰めた。
ユグドさんを見ると、先程纏っていた凶悪な魔力を全身に滾らせている。これ以上は不味いな。
「アリア、ここは一旦・・・」
「ユグドお兄ちゃんっ私の話を「『ウィンドボム』!」きゃぁぁぁっ!」」
ユグドさんが魔法を唱えた瞬間、強烈な突風が俺達を壁まで吹き飛ばした。
俺はなんとかバリアを張って壁との激突を免れたが、アリア、トリス、タァマちゃんは壁に激突して糸が切れたように倒れこみ動かない。
俺はすぐにアリア達に駆け寄り安否を確認する。
よかった、意識は無いけど死んではいない。すぐにリバースを掛けて壁に激突する前まで体の時間を巻き戻した。
無事な事が確認できたらフツフツと怒りが湧き起こってきた。
「おいお前。いくらなんでも話を聞かな過ぎじゃないか?今のアリアに攻撃するような理由があったかよ?」
「俺の邪魔をした。理由なんてそれだけで充分だ。それに俺はちゃんと忠告もしたぞ。それを聞かずに邪魔をしたんだ。攻撃されてあたりまえだろう。」
「アリアはお前の大切な妹分じゃなかったのかよ?少なくともアリアはあんたの事を大切な兄だと慕って、あんたが中傷されていたら怒ったり擁護したりしてたんだぞ?」
「俺がどんな風に言われてたのかは知らないが、余計なお世話だ。それに俺にとって大切なのはセリアだけだ。俺の邪魔をするやつは全員殺す。お前も邪魔をするなら殺すぞ?さっさとそいつ等を連れて帰るんだな。」
「お前にとってセリアさんが大切なように、俺にとってもアリアが一番大切なんだ!そのアリアをてめぇは傷つけた!黙って引き下がるわけがねぇだろうがっ!」
「ならば死ね。」
ユグドが攻撃に移る前に俺はアリア達にバリアを張って巻き込まないようにその場から離れる。
勝てないかもしれないがぶん殴ってやらないと気が済まない。
走りながら魔力を練ってユグドに向かって解き放った。
「『サンダーランス』!」
俺の放った雷撃は一直線にユグドを襲ったが、奴が手を振る動作をすると魔法は掻き消えてしまった。何をしやがった。
「なかなかいい腕だ。今まで来た魔法師の中でも実力が飛び抜けているぞ。」
「涼しい顔してよく言うっ!『ファイアーボール』!」
並列で20個の火の玉を出して一気に解き放つ。何をしてサンダーランスを消したか知らないが、1つで駄目なら複数ならどうだ。
様々な方位から襲い掛かる火の玉だったが、先程と同様に手を振る動作をすると全ての火の玉が消え去ってしまう。
物理的な魔法ならどうだ。
「『ストーンジャベリン』!」
3m程の石の槍が形成さえるが、やはり掻き消されてしまった。
「もう終わりか?」
「冗談。深淵に流れる嘆きの川よ、閉ざされた世界から此の地に流れろ、全てを凍て尽かせ『コキュートス』!」
「ほう。上級魔法を使えるのか。しかし無駄だ。」
魔法は発動するが、ユグドに届く前に消されてしまう。
「・・・マジかよ。」
「今度はこちらから行くぞ。『ジェットストリーム』」
「くっ『バリア』!」
猛烈な勢いの突風が俺の出した障壁にぶつかった。バリアは壊れる事は無かったが、突風の勢いにバリアごと押し流されそうになるのを必死に堪える。
「なるほど、特殊魔法使いか。しかしいつまで耐え切れるかな?」
ユグドは次から次へと魔法を放ってくる。その1つ1つが当れば致命傷になるような威力のもので一切気が抜けない。
俺は回避したりバリアで防いだりと防戦一方になってしまっている。てか、この魔法凶悪過ぎんだろっ!こっちの魔法は届かないしこのままじゃジリ貧だ。
それでもユグドの魔法を防ぎながら突破口を探す為に観察を続ける。さっき放ったコキュートスは魔法の発動を無かった事にされた感じじゃない。
ユグドは戦闘が始まってから1歩も動いてないが、その証拠に奴の周り2m付近は何も起こっていないようになっているが、それより外はコキュートスの効果で氷に覆われている。
つまり奴の周りには魔法効果をキャンセルするようなフィールドが発生するということだ。
それに魔法を掻き消す時に必ず手を振る動作をしていた。つまり魔法を消すフィールドは常時出ていないと見ていいだろう。
ならば取るべき行動は3つ。投げナイフなんかの投擲で攻撃してみる。懐に潜りこんで至近距離で魔法を打ち込む。奴に気付かれないように魔法を放つ。
まずは投げナイフか。・・・無理だな。魔法に頼った戦い方しかしてないから、剣で刺すとかならまだしも、ナイフを投げて当てる自信はない。
じゃあ至近距離で魔法を打ち込む?もし魔法を消されたら至近距離で無防備を晒す事になるな。保留。
奴に気付かれないように魔法を・・・無理だろ。
そうなると至近距離から攻撃するしかないか。魔法は掻き消された時の隙が恐ろしいから、ミイ師匠から貰ったきり使ってない剣を使うか。
剣術は一切できないが、刺すくらいの動作はできる。
よし、行くか。
「『ブースト』!」
俺は一気にユグドに詰め寄って剣先を奴に向かって突き出した。
ガィンッ!
「っ!?」
バリアだと!?くそっこいつも使えるのかよっ!
「今のは少々惜しかったな。だが、俺は今まで剣の達人も撃退しているんだぞ?なんの対策もしてないと思ったか?」
そりゃそうだよなっ
ならこれでどうだよっ!
障壁に守られている事に安心しているのか余裕の表情を浮かべているユグドに向かって左拳を振りぬいた。
「無駄だ」
ゴッ!
当然のようにバリアに俺の拳は阻まれた。つか拳が痛い。でもこれで終わりじゃない!バリアで防いでくるってことはわかってんだよ!俺の目的はそのバリアに触れることだ!
「『ディスペル』!」
パリーンっという音と共にユグドの障壁が壊れた。ユグドは自分を守るバリアが壊されたことに驚愕の表情を浮かべている。やっと焦りやがったなっ。
同時に右手で持っていた剣をユグドに向かって突き出した。
俺の攻撃に気付いたユグドは、すんでのところで身を捻って俺の剣をかわしたが、完全には避けきれずに脇腹を少し切り裂く事に成功する。
よし、突破口が見えた。
涼しい顔をしていたユグドの表情が怒りに染まっていく。そうそう、怒ってくれよ、憤怒の魔法師さんなんだからさ。俺の大切な仲間を傷つけた事を絶対後悔させてやるかんな!
とは言ったものの、俺の行動は加速してディスペルで障壁を破壊して剣で突くという単純なルーチンだったので、すぐに読まれてしまった。
剣の変わりに魔法を使ってみたが、冷静にこちらの攻撃を見極めるようになったユグドは簡単に魔法を掻き消してしまう。ポーズやスロウなんかの特殊魔法も魔法抵抗が高い為か効果がなかった。
こんなことなら剣の練習しておくんだったよ。せめてタァマちゃんの意識が戻ってくれたならなんとかなりそうなんだけど、生憎まだ気を失っている。アリアとトリスは意識を取り戻したみたいだけど、アリアにユグドを攻撃することは出来ないだろうし、トリスの矢では俺に当る可能性もある為、援護出来ないでいるようだ。
俺の攻撃は読まれているってことはわかりつつも、この攻撃の手を緩めるとさっきみたいに大量の魔法を叩きつけれれて防戦一方になってしまうだろう。
かれこれ1時間は同じ事を繰り返し、打開策を探していたが、決定打になるようなことは思いつかないし、正直すげー疲れた。
ユグドには数回攻撃が当り、その服を血で濡らしている。
こんなことなら剣に毒塗っておけば良かったなぁ。
そんなことを繰り返していたからか、先に痺れを切らしたのはユグドだった。血を流していたことで焦ったのかもしれない。
「何故だっ!何故俺の邪魔をするっ!?俺はこんなところで立ち止まる訳にはいかんのだっ!俺はセリアに会いに・・・会いに行かなければぁぁぁぁ!!」
焦りにも似たユグドの声に反応したのはアリアだった。
「どういうこと?さっきセリアお姉ちゃんは死んだって。」
アリアの問い掛けにユグドは目線をアリアに向ける。どうしよう、とても隙だらけだ。今なら殺れる気がするけど、このタイミングでそれをするとアリアに嫌われる気がしてならない。
チャンスだけどヒーローの変身シーンだと思って空気を読んで攻撃をやめた。
このやり取りで激昂したユグドがまたアリアを攻撃したら大変なので、警戒だけは忘れない。少し落ち着いたところで腹が減っていることに気付いた。そういえば朝飯食べてないもんなぁ。意識すると余計に腹が減る。また戦闘になるだろうから、今の内になんか食うかな。さすがにガッツリ行くのは無理なので、手軽に食べれそうなバナナでも食べよう。
魔法の袋からバナナを取り出し、バナナをモキュモキュと頬張りながら、ユグドとアリアのやり取りを見守る事にした。




