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三度目の対決

 

 ——追兵はホーカンたちと手を組んだのか?


 いったいいつ、どのようなやり取りが発生したのか知る由もないが、元々繋がりがあった上に利害は一致している。


 ——六人、いや七人か。あの処刑人は、入って来ないのか。


 追兵と闇商人が共に三人ずつ敷地に入って来た。沼地で見た処刑人は門の外に立ったまま、微動だにしない。


 男らは窓から中を覗き込んだが、屋敷の灯りはすべて消され、真っ暗になっていた。


「表へ周れ」


 追兵のひとりに指示を出された闇商人の男が、こちらへやって来る。なめし革の裏で息を殺し、男が近づいて来るのを待つ。

 自分の真横へ男が足を踏み入れると同時に、その胸ぐらを引っ掴み、力ずくで陰に引っ張り込んだ。声を上げる前に喉笛を掻き切る。男は、じきに大人しくなった。


 トルバルは闇に紛れ、死体を静かに引きずって行くと、焼却用の深い穴へ落とした。


 ——あと五人。


 そう思った刹那、背後からナイフを持った腕が迫る。たった今殺した闇商人を追ってきたもうひとりに見つかってしまった。

 羽交い締めにされ、危うく仲間を呼ばれそうになった。素早く重心を落とし、腕から抜け出す。左の頬を勢い良くナイフが掠め、ぴりりとした痛みが走る。頬が血に濡れた。

 一瞬の隙を突いて相手の腕を掴むと、そのまま肩の関節を外す。

 男が膝をつき、呻き声をあげかけた。その顎先を容赦なく蹴り飛ばすと、深い穴の中へ吸い込まれるように落ちていった。


 ——あと四人。


 滴る血の温かさを感じながらも、頭は不気味なほど冷静になっていた。もはや誰かの息の根を止めることなど造作もなくなっている。


 ——結局、俺は罪人であることに変わりない。


 冷え切った頭でそんなことを考えながら足元の石を拾い、ポケットに突っ込んだ。


 ホーカンは裏口の前にいた。ドアを数回ノックし、誰も出て来ないとわかると、鍵をこじ開け始めた。他の三人の追兵は辺りを警戒している。


「おい、さっき妙な音がした」

 

 ひとりが言う。トルバルはポケットから取り出した石を思い切り投げた。石は奥のなめし台に当たってコツンと音を立てた。三人がそちらへ気を取られる。

 トルバルは一番後ろにいる追兵の背後に忍び寄った。今度は斧を構え、追兵の首筋目掛け刃を叩き込んだ。追兵が「グァッ」と奇妙な声を上げて倒れ込む。


「この野郎!」


 異変に気付いた追兵が怒鳴り、指笛を吹いた。外に隠れていたロヴィルンが、生け垣を突き破って勢い良く突進する。全く気配が無かったことにトルバルは驚いた。


 ——こいつ、まだいたのか……!


 トルバルは避けきれずに突き飛ばされ、屋敷の窓に叩きつけられた。背中をしたたかに打ちつけ、うまく息ができない。


 さっさと立ち上がらなければと思うものの、地面に転がったまま身動きが取れない。


「よくやった」


 追兵はロヴィルンに褒美の干し肉を投げた。以前トルバルが切り落としたロヴィルンの鼻は原型がなく、血がガチガチに固まって殆ど役に立たなそうではあったが、持ち前の執念で見事トルバルを探し当てたようだ。


「おやおや久しぶりだね。トルバルという名の脱走兵が子供を連れ回していると聞いてね。やはり君か! 森から出てきてくれて助かったよ。その方が探しやすいからな」


 ホーカンが裏口前の階段を下りながら言った。


「君にも礼をしなきゃならないが、問題はセルマだ。あの高級品は中にいるか? ん?」


 泥にまみれた靴底が、トルバルの頭を踏みつけた。


「ホーカン。お前の仲間は、みんな殺してやった。誰がバートを殺ったかは知らねぇが。……セルマは、お前には奪えない。その前に俺がお前を殺すからだ」


 トルバルが言うと、ホーカンは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「自分を売った人間のために復讐するとは、随分と頭が悪いようだ。あの男、バートとか言ったか。お前が脱走したことを知って酷く怯えていたぞ。復讐を恐れていたのさ。まあ、その前にこちらを裏切ったので我々が始末した。娘を差し出せば助けてやると言っても聞かなくてな。その様子だと君もあの現場を見たか。楽しんではもらえなかったようだな」


 ホーカンはニヤリと笑い、トルバルの頭から汚れた足を退かしたかと思うと、そのまま彼の腹を力いっぱい蹴り上げた。


「お前のせいで全てが狂った」


 衝撃に耐えるトルバルをよそに、ホーカンは何度も腹を蹴り飛ばした。それを見ていた追兵ふたりも寄ってきて、よほど鬱憤が溜まっていたのだろう。トルバルは全身を徹底的に踏みつけられる羽目になった。


「仲間を殺しやがって」

「お前ごときのために、なんでここまでしなきゃならない。配属したばかりなのに!」


 その一方で、トルバルを蹴ることに飽きたホーカンは再び階段を上がった。

 

「さてと、小娘を引きずり出す。君の前で痛ぶってもいいんだぞトルバル」


 ——殺してやる。


 トルバルが血を吐きながら必死に起き上がろうとした時だった。

 

「それは無理な相談だ」


 裏口の扉が開き、エミルが現れた。その手には処刑斧が握られている。


「不浄の処刑人め。そこをどけ」

「断る」


 エミルはひと言だけ言うと、何の前触れもなく斧の先をホーカンの鼻っ面に叩き込もうとした。ホーカンは咄嗟にそれを避け、ふたりは揉み合いになってしまった。


 事態に気付いた追兵ふたりはトルバルを蹴るのをやめ、ホーカンに加勢しようと動いた。


「待て……」


 トルバルはよろけながらも素早く起き上がり、追兵のひとりを力任せに殴りつけた。だがその程度では足りない。「殺せ!」という言葉の後に指笛が吹かれ、興奮したロヴィルンがまたも襲い来る。

 

 殴りつけた男の胸ぐらを掴み、トルバルは突進して来たロヴィルンの方へ男を蹴り飛ばした。

 興奮したロヴィルンは、そのまま男を巻き込むようにして踏み潰した。男の口からあらゆるものが吐き出される。そのあまりの凄惨さに、残された追兵は言葉を失い、生け垣の外へと退散して行った。


「おい、化け物!」


 トルバルは斧を拾い、手負いのロヴィルンを迎え撃つ。

 この魔獣にとってトルバルは、自分の鼻を切り落とした忌むべき宿敵である。


 真っすぐ向かってくるロヴィルンを前回りするように躱し、真横へ移動する。低い体勢からナイフを抜いた。ロヴィルンの右目に狙いを定めて腕を振る。ナイフは風を切って直進し、吸い込まれるように眼球へ深々と突き刺さった。


 苦痛に苦しむロヴィルンのうめき声が響き渡る。トルバルは死角になった右側から腹の下に潜り込み、心臓目掛け斧を振るった。だが抵抗するロヴィルンの太い爪がトルバルの腿を裂いた。一歩間違えば踏み潰され即死してしまう。しかし、彼は怯まず刃を突き立て続けた。


 熱く生臭い血をそこら中に撒き散らしながら、ロヴィルンは事切れた。トルバルは死骸の腹の下から血塗れで這い出ると、エミルの元へ片足を引きずりながら歩いた。そこにホーカンの姿は無かった。街の方から衛兵たちが馬に乗ってやって来る音が聞こえ始めている。


「エミル、庭を台無しにしてすまない」


 庭には男とロヴィルンの屍が転がっている。だがエミルは存外けろりとしていた。

 

「いいさ。死体には慣れてる。それより魔獣の鳴き声を聞きつけた衛兵がやって来る。その前に立ち去れ」

「ホーカン——闇商人の男は?」

  

 門の外にいた処刑人もいつの間にか消えている。

 

「逃げたが、諦めたとは思えない。気をつけろ」


 エミルは横たわるロヴィルンの毛並みを撫で、「これは上等な毛皮になりそうだ。ありがとな」と笑った。


「これを持ってセルマと逃げて。ステンがあなたを助けたのなら、私たちもあなたを助ける」


 ソフィアがセルマを抱えてやって来た。その右手には小さな箱が握られている。


「包帯と薬よ。ここで治してあげられなくてごめんなさい。後のことは任せなさい。私たち奴らの目を欺くことにも慣れてるの」

 

 その時再び屋敷の戸が開き、初老の男と老女が現れ、「私たちも加勢する」と言い出したた。どうやら一家総出で処理をしてくれるようである。

 

「何から何まですまない」


 トルバルはセルマを引き取り、皆に礼を言った。

 彼らに促されるまま生け垣の隙間から外に出ると、再び森へと走り、迫る蹄の音から逃れるように夜の闇へ紛れた。


 




 


 




 


 

  


 


 


 


 

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