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ザリガニ釣り

「トルバル、キノコあったよ!」


 早足で暫く森を歩くと、セルマが白いツリガネタケを見つけた。このキノコは木の幹に生える平たく硬いキノコで、大昔から火口として利用されてきた。ステンの小屋の炉にもツリガネタケは使われていた。


「よくやった」


 トルバルは岩陰に陣取り、地面の苔を剥がすとふたつの穴を掘った。ひとつは大きな穴、もうひとつは小さな穴だ。そのふたつを隧道のようにして繋ぐ。

 大きな穴の方に乾燥した松の葉や小枝、そしてツリガネタケを入れ、やっと乾いてきた火打石を何度も擦ってようやく火をつけることに成功した。少しずつ乾燥した枝を足し、小さな穴の方から息を吹き込む。


 最初こそ煙は出るが、少し時間が経てば殆ど目立つことはない。煙で居場所を悟られる可能性も低くなる。いつだったか、バートが教えてくれた焚き火の方法だった。大人に内緒で火遊びをする時に、よくこの方法を使ったのである。

 トルバルはセルマと共にこの焚火を囲む度、少年の日の思い出とバートの存在を思い出していたが、今回ばかりはぶるぶると震えることに夢中で、かつての親友の面影は遥か彼方に追いやられてしまった。


 まずはセルマのチュニックを乾かしてやり、自身のクロークで彼女の体を拭きながらすっぽりと身を隠してやった。紫色になった唇もいくらかましになってきて、ある程度乾いた服を着せるころには元通りになっていた。一方トルバルは、自身のリネンの服をこれでもかと絞り、セルマが眠った頃にウールのズボンも絞って乾かした。土の中で火を焚いていることもあり、地面もうっすらと温かい。

 


 ずっと明るいため、今が夜なのか昼なのかよくわからなくなる。深い森の中では太陽の姿もよく見えない。鳥たちの声に耳を澄ませ、鳴き声が聞こえてこないなら夜である。そんな風に判断した。


 ——水の音?


 耳を澄ませると、微かにちょろちょろと水の流れる音がする。

 

 ——何か食わせないと。


 トルバルは重い腰を上げ、音のする方へ歩いた。

 澄んだ小川が、木々の間を縫うようにして流れていた。シダやミズゴケに覆われひっそりと流れる小川は、きっと自分たちが流れてきた川に繋がっているのだろう。トルバルはそんなことを思いながら、そっと水面を覗き込んでみる。

 

 ここのところ塩辛いチーズとそこいらの木の実しか食べさせていない。肉や魚が摂れれば良いのだが、あいにく今は体力切れであり、魚釣りは才能がないときた。目の前には小川がある。だとすれば、狙うのは魚以外の生き物だ。


 ——ザリガニでもいないか?


 トルバルは気配を消し、水草や岩の陰に目を凝らした。


 ——いた。


 草陰の泥に少し埋もれるようにして、大きなザリガニがじっとしている。そっとその場を離れ、近くの草を編んで簡易的な網を作ると、セルマの元へ戻った。

 セルマは起きていた。モルンを抱いて岩陰にじっと身を潜め、大人しくトルバルの帰りを待っていた。


「起きてたか。待ってて偉いな」


 トルバルが言うと、セルマが複雑そうな笑みを浮かべたので、彼は黙ってその場を離れた事を詫びた。


「向こうにでっかいザリガニがいるんだ。捕まえるの手伝ってくれ」

「ザリガニ!」


 ザリガニという言葉にセルマはわかりやすく反応した。王国では夏にザリガニを丸ごと茹でて食べる風習があり、とりわけ子供たちには人気である。旧王都の掃き溜めでもそれは変わらなかった。町の側を流れる川や沼にザリガニはたくさんおり、それを捕まえるのは子供たちにとって最高の娯楽だったのだ。


「どこに?」

「シーッ……」


 ふたりは小川まで歩いて行き、慎重に川を覗き込んだ。巨大ザリガニはまだそこに鎮座している。


「ザリガニは後ろに下がって逃げるからな。セルマは前から棒で脅かせ。俺が後ろから網で捕る」

「わかった……!」


 水は澄んでいてザリガニの姿もよく見える。ふたりは目で合図し合いながら位置についた。セルマは長い木の枝を持ち、そっとザリガニの前に持っていく。枝の先が浅い川底に付いた瞬間、ザリガニは驚き、驚異的な速さで後方に飛びのいた。

 トルバルが草の網をザリガニの尻に持っていき、獲物は網の中へ吸い込まれるようにして収まった。素早く網を引き上げると、中で大きなザリガニが元気いっぱい暴れ出す。


「捕った……!」


 ふたりは控えめな声で同時に言った。


 そうしてふたりは小川を見て回り、四匹のザリガニを捕まえた。


 焚火の上に平たい石を乗せ、その上に放牧場で分けてもらった小さな鍋を置く。鍋は小さいのでザリガニを一匹ずつ茹でていく。塩と森のハーブと一緒に茹でられ真っ赤になったザリガニを大事に食べた。


「そういえばトルバル、髪の色変わった」


 茹で汁まで飲み干したセルマが不思議そうに言った。旧王都へ行く際に染めた焦げ茶色の髪はすっかり元の暗い金髪に戻っていた。


「これが元の色だ」

「いいな。私も染めたい」

「どうして」

「皆が珍しいって見た目の話ばかりするから。髪も目も、皆と一緒の色がいい。そしたら恥ずかしくないもん」


 セルマは銀色の髪をいじりながらまたうとうとし始めた。しかしまだまだ話したいのか、一生懸命起きていようとしているのがわかった。


「堂々としてるんだセルマ。恥ずかしいことは何もない」


 それはいつか自分が掛けられた言葉だった。


「俺の友達がそう言ってた。そいつは皆と違う変わった立場の奴だったけど、いつも背筋を伸ばして堂々としてるんだ」

「お友達? どんなお友達?」

「いつも苦いもんでも食ったような顔をしてて、ちょっとぶっきらぼうだ。でも面倒見が良くて優しい奴だ。何でもできるんだぞ。俺の怪我を治して、狩りも釣りもできて、小屋も建てられる」

「すごいね!」

「そう。凄いんだ。俺が今ここに居られるは、そいつのおかげなんだ」

「でも、もう会えないの? 北に行っちゃうから……」


 セルマが悲し気な目を向ける。トルバルは弱まってきた火を見つめ、少し考えてから答えた。

 

「会えないかもしれない。でもなセルマ、人生何があるかなんて誰にもわからない。縁があるなら、思いがけない時にまた会える」

「また会えるといいね」


 セルマはそう言って、眠気を誤魔化すようにもごもごと口を動かした。


「あっ」


 すると彼女は唐突に声をあげた。トルバルがびっくりして目をやるとセルマは口の中に指を突っ込んで何かを取り出した。


 それは根っこの殆どない小さな小さな乳歯だった。


「歯が取れちゃった……!」


 ザリガニを噛んだことが最後の一押しになったのだろう。セルマの前歯にぽっかりと隙間ができている。

 ふたりは一瞬の沈黙の後、控えめな声を漏らしながら肩を揺らして笑い出した。何がそんなに面白いのか、自分たちにもよくわかっていなかったが、セルマがいたずらにニーッと笑って見せる度、トルバルは堪えきれなくなって吹き出してしまうのだった。

 


 セルマが眠った後、トルバルは彼女の寝顔を見つめ、深いため息をついた。


 ——もしバートが俺を売らずに済んだら、この子はどうなっていたんだろうな。そもそも俺が、もっとしっかりした人間だったら?


 頭の中でそう呟いて、セルマの顔に掛かった髪を避けてやる。

 これから先、セルマはどんどんバートやアリシアに似てくるだろう。そして彼女自身も、全ての真実を知りたいと思う日がやって来るはずだ。


 ——どうして俺は……


 ここまでくる道中、心の奥底でそんな疑問が浮かんで来ることがあった。


「クゥ、クゥ」


 モルンが胡座をかいた膝の上に乗ってきて、きりりとした目でトルバルを見据えた。まるで「しっかりしなさい」とでも言っているようだった。


「わかってるよモルン。しっかりする」


 見た目にはバートの面影がしっかりと窺える。そんな子供を四六時中相手にしていると、時折どっと疲労が押し寄せてきてすべてが面倒になり、そんな自分を責めてしまうこともあった。


 トルバルが横になると、モルンは彼の頭の方にやって来て、慰めるように彼の髪を嘴で優しく繕った。


 


 













 

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