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【完結】お話は、それだけでしょうか? 私は忙しいので。 ✦  作者: 逆立ちハムスター


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冷徹なる氷の皇太子(重度ストーカー)

高級ホテルのふかふかすぎるベッドというのは、人を駄目にする悪魔の具現化だと思う。


シルク100%のシーツに包まれ、太陽が天頂に上るまで泥のように眠りこけた私は、あくびを噛み殺しながらレースのカーテンを開けた。

窓の外に広がるのは、グランベルド帝国の首都・帝都グランザリアの圧巻の街並みだ。

どこを見ても清潔な石畳、規則正しく立ち並ぶ重厚な建築物、そして空を優雅に飛翔する乗用飛竜たち。泥船アルカディア王国とは、街並みの輝きからしてまるで違う。


「お目覚めですか、お嬢様。お召し物と、朝食……いえ、昼食のご用意が整っております」


ベッドサイドで控えていたチェルシーが、優雅におじぎをする。

テーブルの上には、焼きたてのクロワッサン、湯気を立てる極上のサーロインステーキ、季節のフルーツが山盛りに盛られたタルト、そして芳醇な香りを放つ最高級紅茶が並んでいた。


「素晴らしいわ、チェルシー! 24時間戦う必要のない朝(昼)って、こんなに世界が眩しいのね!」


「お嬢様が幸せそうで何よりです。あちらのソファでは、旦那様がすでにステーキを二皿平らげ、ワインを嗜んでいらっしゃいます」


見ると、部屋の隅の高級レザーソファで、我が父・グリムワルド公爵がバスローブ姿で優雅にワイングラスを傾けていた。相変わらず寛ぎすぎである。


「お父様、無事の合流で何よりですわ。……ところで、我が家の資産の移動は上手くいきましたの?」


私が尋ねると、父は髭を撫でながらフッと邪悪な笑みを浮かべた。


「完璧だ、エルシリア。我が家の地下金庫にあった金銀財宝、秘密の裏裏金、さらにはアルカディア王国の国債(暴落直前にすべて売り抜けた)の現金化まで、すべて完了している。今の我がグリムワルド家は、一国の国家予算を軽々買い取れるほどの現金キャッシュを持っているぞ」


「流石はお父様! 悪徳公爵の名に恥じない完璧な資産逃避ですわ!」


「ハハハ! お前も壁紙まで剥がしてくるとは、さすが我が娘だ。ハンスから報告を聞いた時は腹を抱えて笑ったぞ。『敷石まで剥がしました』だと? 素晴らしい、我が家訓『奪えるものは塵一つ残すな』を完璧に体現しているな!」


悪党親子で高笑いを交わす。素晴らしい家族愛だ。


「それで、エルシリア。例の『手紙』は読んだか?」


父が急に表情を引き締め、グラスを置いた。


「グランベルド帝国のクロード皇太子からのオファーですね。読みましたわ。……正直、条件が良すぎて詐欺を疑うレベルです」


「ふむ。クロード殿下は『氷の皇太子』と呼ばれ、戦場では冷酷無比、政治では容赦のない合理主義者として恐れられている。だが……お前に対するあの執着心は、少々……いや、かなり異常だな」


「異常、ですか?」


「ああ。実はお前が追放される半年前から、帝国の諜報部が我が家に接触してきてな。『エルシリア様がいつアルカディア王国を捨てる気気になるか』を毎日のように探ってきたのだよ。『条件はすべて飲みます、いくらでも積みます、彼女が欲しがるなら帝国の一州をプレゼントしてもいい』とまで言っていた」


「重い……重すぎますわお父様。私、まだ一度しかお会いしたことがありませんのに」


私が引きつった笑いを浮かべていると、突然、部屋の重厚なドアが「コンコン」と控えめに叩かれた。


「失礼するよ、エルシリア」


鍵はかかっていたはずだ。

それなのに、すんなりとドアが開いた。

入ってきたのは、銀糸のような美しい髪を後ろに流し、氷の結晶を思わせる冷徹な蒼い瞳をした、恐ろしいほどの超絶美形――グランベルド帝国皇太子、クロード・フォン・グランベルドその人であった。


黒を基調とした隙のない軍服を完璧に着こなし、すらりと伸びた長身。身に纏う圧倒的なオーラは、まさに帝国の覇者。

だが、その手に抱えられていたのは――人間ほどの大きさがある巨大なイチゴのホールケーキと、抱き抱えきれないほどの深紅のバラの花束だった。


画づらがシュールすぎる。


「クロード……殿下!?? なぜここに!?」


「君が目を覚ますのを、廊下で三時間ほど待っていたんだ。邪魔をしたくなかったからね。……ああ、無事でよかった。私の愛しいエルシリア。君がアルカディア王国の泥沼から抜け出し、私の腕の中に飛び込んできてくれたこの日を、私は建国記念日として祝日に制定したい気分だよ」


クロード殿下は、配下の者(真っ青な顔をした帝国の近衛兵たち)にケーキと花束を持たせると、一直線に私のもとへ歩み寄ってきた。

そして、躊躇なく片膝をつき、私の右手をとって、甲に深く、熱いキスを落とした。


「……っ!?」


冷徹な「氷の皇太子」という二つ名はどこへ行った。

彼の瞳には、冷たさなど微塵もなく、ドロドロに溶けたマグマのような狂おしい情熱と溺愛が溜まっている。怖い。美形すぎて余計に怖い。


「殿下、お戯れを。私は昨日、国を追われた『悪女』ですのよ?」


「悪女? 冗談だろう。あの無能な王太子と愚かな聖女が勝手に貼ったレッテルなど、我が国ではトイレットペーパー以下の価値しかない。君は悪女などではない。アルカディアという泥船を一人で支えていた、最高に美しく、賢く、そして恐ろしい『女神』だ」


クロード殿下は、懐から一冊の分厚い革描きのノートを取り出した。

パラパラとページがめくられる。そこには、びっしりと細かな文字が書き込まれていた。


「これは……?」


「私が過去三年間、独自に調査させた『エルシリア・フォン・グリムワルドの偉業リスト』だ。

――17歳、アルカディア王国の関税法を改正し、税収を15%増加させる。

――18歳、魔力炉の効率改善案を提示、年間数千枚の金貨削減に成功。

――19歳、王太子ジュリアンが勝手に起こした隣国との不祥事を、裏から完璧に揉み消す。

――同年、聖女マリアの引き起こした魔導事故の責任をすべて裏で処理……。

……君は、あんな馬鹿どものために、1日平均18時間労働、年間休日ゼロという地獄のような日々を送っていた。私はそれを知るたびに、アルカディア王国を今すぐ焦土に変えて君を救い出したい衝動に駆られていたのだよ」


「……ストーカーですか?」


「愛と呼んでほしいな」


クロード殿下は、爽やかなイケメンスマイルで即答した。ダメだこの男、外面が完璧な分、中身の重さが隠し切れていない。


「手紙にも書いたが、私の提案は本気だ。エルシリア、我が帝国の皇太子妃となり、私と共にこの国を経営してほしい。もちろん、君が望むなら最初の三年は『完全有給休暇』として、ただ私の愛を受けながら遊んで暮らしてくれて構わない。君が『働きたい』と言えば、最高の権限と予算を用意しよう。……どうだろうか?」


あまりの好条件。

週休三日どころか「三年完全ニート保障」。高給、最高権限、そして自分を狂信的に崇拝してくれる超絶美形の旦那。

普通なら即決するレベルのホワイト求人だ。


だが、私は一癖も二癖もある社畜上がりの悪女である。ただで甘い汁を吸えるほど、世の中甘くないことも知っている。


「クロード殿下。素晴らしいお話ですが……一つ疑問がございます。なぜ、そこまで私に固執なさるのです? 帝国の皇太子様なら、私などよりずっと美しく、素直で可憐な令嬢など、星の数ほど選べるでしょうに」


私の問いに、クロード殿下は少しだけ目を細め、フッと妖艶な笑みを浮かべた。


「可憐なだけの令嬢など、我が国の複雑な政治の毒に耐えられず、すぐに潰れてしまう。私が欲しいのは、己の利益のために国家一つを笑顔でどん底に叩き落とせる、君のような『強靭で優雅な悪魔』なのだよ」


「……あら」


「それに」と、クロード殿下は私の耳元に顔を近づけ、低い甘い声で囁いた。


「数年前の夜会で、君が酔っ払ったアルカディアの貴族を、笑顔で論破して破産に追い込んだあの瞬間……私は君の冷酷な瞳に一目惚れしたのだ。あの美しく蔑むような目で見つめられたいと、ずっと思っていた」


……まさかのドM疑惑!?

いや、ただの重度な変態かもしれない。

「氷の皇太子」の仮面の下に、こんなヤバい本性を隠していたとは。


「どうやら、私には快適生活よりも面白そうな未来が待っているようですわね」


私は扇で口元を隠し、クスリと笑った。

この男の重すぎる愛を利用し、帝国の潤沢な資金と軍隊を自由に動かせる立場を手に入れる。……悪くない。実に悪くないわ。


「良いでしょう、クロード殿下。そのオファー、謹んでお受けいたしますわ。ただし……条件が一つございます」


「なんだい? 帝国の領土の半分でも、夜空の月でも、君が望むなら今すぐ手配しよう」


「いいえ、そんな大層なものは要りません。……ただ、現在進行形で自滅しつつある『私の元職場』の末路を、一番良い特等席で鑑賞させていただける環境を整えていただきたいのです」


私の言葉に、クロード殿下は歓喜に目を輝かせた。


「お安い御用だ、我が愛しいCEO。では早速、我が国の最新魔導映像端末(※リアルタイム生中継モニター)で、現在のアルカディア王宮の惨状を鑑賞するとしようか」

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