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【完結】お話は、それだけでしょうか? 私は忙しいので。 ✦  作者: 逆立ちハムスター


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3/7

ブラック国家の崩壊は速やかに

夜の闇を裂いて、我がグリムワルド公爵家の特注馬車が爆走していた。

車輪には魔導式の衝撃吸収機能がついており、どれほどスピードを出しても乗り心地は最高だ。


「ふう……すっきりしたわ」


ふかふかのシートに深々と体を預け、私は温かい紅茶を口に含んだ。

窓の外を流れていく王都の夜景。遠くに見える王宮からは、なんだか警報魔法の赤い光と騒音がひっきりなしに上がっている。実にツヤウマ(肌のツヤが良くなる)景色だ。


「お疲れ様でした、お嬢様。これにてアルカディア王国での全業務、終了でございますね」


御者台から顔を出したのは、我が家の執事長であるハンスだ。御年六十歳。かつては凄腕の傭兵として名を馳せた男だが、今は我が家の忠実な(そしてブラック王家に激怒していた)社畜仲間である。


「ハンス、公爵邸の撤収作業はどうなったの?」


「完璧でございます。屋敷の家具、絵画、金銀財宝はもちろんのこと、庭の樹木や大理石の敷石、さらには壁紙に至るまで剥がして回収いたしました。現在、グリムワルド公爵邸は『綺麗な更地』となっております」


「壁紙まで!? やりすぎじゃないかしら!?」


「いえいえ、あれらはすべて我が公爵家の私財で購入したものですから。一粒の塵すら、あの泥棒王家に残すわけには参りません。あ、それから、地下のワインセラーにあった王家からの預かり物の高級ワインですが……」


「どうしたの?」


「うっかり事故で、すべて我が家の馬車に積み込まれてしまいました。いやあ、うっかり、うっかり」


「ふふっ、ハンスったら。最高よ」


私たちは顔を見合わせて笑った。

悪党? 結構じゃない。

真面目に生きて損をするくらいなら、徹底的に奪って笑って去る悪党になる方が、100億倍マシだ。


馬車は数時間の爆走の末、アルカディア王国と隣国『グランベルド帝国』を隔てる国境の関所に到着した。


通常、夜間の国境越えは厳しく制限されている。しかも「国外追放された罪人」となれば、捕縛されるか、身ぐるみ剥がされて放り出されるのがオチだ。

しかし、私たちは違う。


「止まれ! 何者だ!」


国境の警備隊長が、槍を構えて馬車を制止する。

私は馬車の窓を開け、先ほどジュリアン殿下から賜った「正式な国外追放命令書(王家の紋章入り)」を、ヒラヒラと見せつけた。


「ごきげんよう、隊長さん。私、アルカディア王国のエルシリア・フォン・グリムワルドと申しますの。たった今、王太子殿下より『即刻の国外追放』を命じられましたので、命令通り、今すぐこの国を出ていこうと思います」


警備隊長は、提示された書類と私の顔を交互に見比べ、目を見開いた。


「えっ……追放……!? エルシリア様が!? い、いや、しかし、そんな急な……! 上からの報告は何も受けておりません!」


「王命ですわよ? これを無視すれば、あなたも同罪になりかねませんわ。さあ、早く門を開けてくださらない? 私、王命を破るような不敬なマネはしたくありませんの」


「あ、いや、しかし……! エルシリア様が追放されたら、国境の魔力結界の維持費は誰が払うのですか!?」


「さあ。王太子殿下と聖女様にお聞きになって。では、さようなら!」


ハンスが馬に鞭を打つ。

「開けろ! 門を開けろ!」


警備隊長の悲鳴のような指示により、重々しい鉄の門がゆっくりと開いていく。

我が家の馬車は、一切の滞りもなく、優雅にアルカディア王国の国境を越えた。


――バタン。


門が閉まる音が響く。

その瞬間、私の背後で、アルカディア王国の国境を守っていた巨大な魔力結界が、パリンとガラスが割れるような音を立てて弾け飛んだ。


魔力供給が途絶えたのだ。

これからあの国には、隣国からの厳しい関税、魔物の侵入、そして未払い金の取り立てという名の「地獄の現実」が雪崩のように押し寄せることになるだろう。


「ああ……なんて美しい夜空かしら」


国境を越えた先、グランベルド帝国の空気は、驚くほど澄み切っていた。

もう、誰も私に不当な残業を命じない。

誰も私に「完璧な公爵令嬢」を求めない。

私を嘲笑う愚か者も、私の成果を横取りする泥棒猫もいない。


自由だ。完全なる自由!!


「お嬢様、グランベルド帝国の帝都まで、あと数時間ほどで到着いたします。旦那様が手配された高級ホテルで、温かいお風呂と最高の朝食が待っておりますよ」


「楽しみね、チェルシー。私、明日はお昼過ぎまで泥のように眠るわ。それからショッピングに行って、一番高いドレスを買って、夕方からは高級レストランでワインを飲むの。完璧なニートの休日よ!」


「お供いたします、お嬢様。……あ、それから」


チェルシーが、思い出したように手紙を一枚取り出した。


「グランベルド帝国の『あの御方』から、お嬢様宛てにメッセージが届いております」


「あの御方?」


私は首をかしげながら、金箔の押し押しが施された豪華な封筒を受け取った。

差出人の名前を見て、私は思わず目を見張る。


『グランベルド帝国皇太子、および全軍総司令官――クロード・フォン・グランベルド』


……クロード皇太子?

グランベルド帝国の若きカリスマであり、冷徹無比な「氷の皇太子」として恐れられている人物だ。数年前の外交パーティーで一度だけ挨拶をした記憶があるが、なぜ彼から私に?


手紙を開くと、そこには達筆で流麗な文字が躍っていた。


『愛しいエルシリア嬢へ。

まずは、ブラック国家からの脱出、心よりお祝い申し上げる。

君が王太子ジュリアンという愚か者を捨て、我が国へ亡命してくるこの日を、私はどれほど待ち焦がれたことか。


君が国境を越えた瞬間、我が帝国の最高権限をもって、君の永久亡命を受け入れた。

つきましては、君に新しいお仕事(と言っても、週休三日、有給無制限、年収はアルカディア王国の十倍、残業ゼロ)のオファーをしたい。


役職は――【グランベルド帝国皇太子妃、兼・国家最高経営責任者】


断る権利は君にあるが、断られた場合、私は君を力ずくで抱きしめて泣きつく用意がある。

帝都で君を待っている。我が愛しい、完璧な悪女よ』


「………………」


私は手紙を静かに畳んだ。


「チェルシー」


「はい、お嬢様」


「……この国の皇太子様、私の想像以上に重くて、ちょっと頭がおかしいかもしれないわ」


「あら、素晴らしいではありませんか。前のジュリアンは『軽くて頭がおかしい男』でしたから、それに比べれば大した進歩でございます」


「そういう問題かしら!?」


私は頭を抱えた。

せっかくブラック企業を退職して、念願の「ニート生活」を手に入れたと思ったのに。

どうやら私の目の前には、条件が良すぎる(そして重すぎる愛をぶつけてくる)「ホワイト企業のスーパー超破格オファー」が待ち構えているらしい。


「まあ……いいわ」


私はくすりと笑い、窓の外の月を見上げた。


「まずはゆっくり寝てから考えることにするわ。私のバカンスは、まだ始まったばかりなんだから!」


暗闇の中、爆走する馬車は、新たな波乱と爆笑の待つ帝都へと向かってひた走るのであった。

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― 新着の感想 ―
思いっきり抱きしめられて泣かれるの、イヤかも。涙と鼻水が肩口に染み込むよね‥受諾するしかない未来。 壁紙ひっぺがしたで爆笑してたら、エルシリアにも突っ込まれてた! ハンスもチェルシーも使用人の鏡だ…
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