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朱に染まる  作者: 志に異議アリ


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6/7

共犯だったと気づいた日


後輩は会社を休むようになった。


「体調不良らしいよ」

と誰かが言う。

 

真琴はパソコン画面を見たまま、

「そうなんだ」 と返した。

心臓だけがうるさい。

     

昼休み。

トイレの鏡の前で、  

真琴は口紅を引き直していた。

個室から声が聞こえる。


「ねぇ、絶対なんかあったよね」

「投資のやつ?」

「真琴さん紹介してたって聞いた」

指先が止まる。

「でも真琴さんが詐欺とかなくない?」

「だよねぇ」

笑い声。

「騙された側じゃない?」

真琴は鏡を見る。

 

そこには、いつもの自分がいた。

 

ちゃんとした服。  

整えた髪。  

優しそうな顔。

 

それなのに、背中だけがじっとり汗ばんでいた。

     

夜。

蓮の部屋。


「しばらく連絡控えて」

真琴は思わず顔を上げる。

「え?」

蓮は煙草を灰皿へ押し付ける。

「ちょっと面倒で」

「面倒って……」

「金の件、騒いでるやついるから」

真琴の喉が詰まる。

「大丈夫だよね……?」

蓮は答えない。

その沈黙で、真琴は全部察してしまう。

「ねぇ」

声が震える。

「ちゃんと返すんじゃなかったの?」

蓮が舌打ちした。

初めてだった。

「だから今動いてんだろ」

空気が変わる。

真琴は息を止める。

蓮は額を押さえ、深く息を吐いた。

「……ごめん」

疲れた声。

「今余裕なくて」

真琴は何も言えない。

 

怖かった。

でも同時に、見捨てられることのほうがもっと怖かった。

     

その時。

蓮のスマホが鳴る。

画面を見た瞬間、  

蓮の顔が歪んだ。


「誰?」

「いいから」

蓮は立ち上がる。

でも着信は止まらない。


苛立ったように通話へ出る。

「だから待てって言ってんだろ!」

怒鳴り声。

真琴の肩が跳ねる。

『待てねぇよ』

男の声が漏れる。

『女から巻いた金どこ消えた?』

真琴の呼吸が止まる。

『次返せなかったらマジで沈めるぞ』

通話が切れる。

部屋が静まり返る。

     

「……何あれ」

蓮はしばらく黙っていた。

それから、  

笑った。

 

乾いた笑いだった。

「ヤバい人」

「借金……?」

「まあ」

真琴は頭が真っ白になる。

今まで、ぼんやり見ないふりしていたものが、一気に現実になる。

「女から巻いたって……」

「言い方だろ」

蓮が苛立ったように返す。

「向こうが勝手に尽くしてきただけだし」

その瞬間。

真琴の中で、何かが小さく割れた。

     

「……私も?」

気づけば口にしていた。

蓮が黙る。

「私も、そうだったの?」

沈黙。


数秒。

 

でも真琴には、十分すぎる答えだった。

     

「違う」

蓮は近づいてくる。

「真琴ちゃんは特別」

その言葉を、少し前の自分なら信じただろう。

でも今は。


“みんなに言ってる”

とわかってしまった。

     

「帰る」

真琴が言うと、蓮は急に冷たい顔になった。

「今?」

「……うん」

「ふーん」

その声に、真琴は足を止める。


「結局、真琴ちゃんもそうなんだ」

「え……」

「俺が使えなくなったら終わり?」

真琴は言葉を失う。

「違……」

「優しいんじゃなかったの?」

その言葉は卑怯だった。

真琴が一番刺さる場所を、  

蓮は知っている。

     

帰り道。

真琴はコンビニのトイレで吐いた。

苦しかった。

騙されたことじゃない。

もっと別のこと。

自分が薄々気づいていたのに、  見ないふりをしていたこと。

後輩を巻き込んだこと。

蓮を、どこかで

「かわいそうな人」にして、  自分が救う側でいたかったこと。


全部。

全部、気持ち悪かった。

     

スマホが震える。

後輩からだった。

『真琴さん』

『私、消費者センター行こうと思ってます』

画面を見つめたまま、真琴は動けない。

 

その時。

ふと頭に浮かんだのは、  

謝罪じゃなかった。

 

どうすれば、自分だけ助かるか。

だった。

 

真琴はゆっくり目を閉じる。

もう、  

戻れない気がした。



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