朱に染まった日
蓮が消えた。
電話も繋がらない。
メッセージも既読にならない。
部屋へ行っても、
もう誰もいなかった。
家具も、服も、歯ブラシも。
最初から何もなかったみたいに、綺麗に消えていた。
会社では、 後輩の件が少し問題になっていた。
「投資詐欺だったらしいよ」
「怖いよねぇ」
「知り合い経由が一番危ないっていうし」
みんな噂している。
でも、真琴の名前は表に出なかった。
後輩が、真琴のことを庇ったからだ。
『真琴さんも騙されてたんです』そう説明したらしい。
真琴は、その話を聞いた時、
泣きそうになるくらい安心した。
でも。
その安心のあとに来た感情は、罪悪感じゃなかった。
助かった。
だった。
―――
「真琴さん」
休憩室で、後輩が頭を下げる。
「巻き込んじゃってすみませんでした」
真琴は一瞬、言葉を失った。
謝るのは、
本当は自分のほうなのに。
「……ううん」
真琴は優しく笑う。
「私も見る目なかったし」
自然に出た。
驚くほど自然に。
後輩は少し泣きそうな顔で笑った。
「でも真琴さん、本当に優しいですよね」
その言葉が、
一番苦しかった。
その夜。
真琴の部屋に、
知らない番号から電話が来る。
『もしもし?』
男の声。
『蓮のことで』
真琴は黙る。
『あいつ今、別の女んとこいるよ』
笑い声。
『金づる変わっただけ』
通話が切れる。
真琴はしばらく、暗い部屋で座っていた。
泣きたかった。
怒りたかった。
でも、
一番強かった感情は、
別だった。
悔しい。
だった。
騙されたことじゃない。
最後まで、
“選ばれなかった”ことが。
スマホを見る。
母からの不在着信。
十件。
真琴は画面を眺める。
少し前なら、罪悪感があった。
でも今は、何も感じない。
ゆっくり通知を消す。
数日後。
後輩が退職した。
精神的に参ってしまったらしい。
送別会で、みんなが言う。
「真琴さん、あの子のこと支えてあげてましたよね」
「ほんと優しい」
「頼れる人って感じ」
真琴は笑う。
「そんなことないですよ」
ちゃんとした声で。
ちゃんとした顔で。
帰宅途中。
コンビニへ寄る。
レジ前。
後ろから男の声がする。
「すみません、急いでて」
真琴は反射的に、一歩横へ避けた。
「どうぞ」
男は軽く会釈して去っていく。
真琴は、ぼんやりその背中を見る。
優しい人。
昔、そう呼ばれるのが好きだった。
でも今は。
優しいって、なんだろうと思う。
スマホが震える。
知らない男からのメッセージ。
『由梨の知り合いです』
『少し相談したくて』
真琴は画面を見る。
少し前なら、怖がっていた。
でも今は違う。
相手が何を求めているのか、
なんとなくわかる。
金。
依存。
承認。
利用。
人間は、だいたいそのどれかだ。
真琴はしばらく画面を見つめる。
それから。
『大丈夫ですよ』
『どうしました?』
と返信した。
迷いなく。




