可哀想と思った日
蓮と連絡を取るようになって、一ヶ月が過ぎた。
毎日ではない。
でも、仕事終わりにふと届くメッセージが、
いつの間にか真琴の日常になっていた。
『今日ちゃんとご飯食べた?』
『無理してない?』
『真琴ちゃんって、抱え込みそうだから心配』
優しい言葉だった。
少なくとも、
真琴にはそう見えた。
「最近なんか綺麗になった?」
職場で由梨が笑う。
「え、そう?」
「絶対蓮のおかげじゃん」
からかうような口調。
真琴は否定しながら、
少しだけ頬が熱くなる。
蓮はまだ、好意があるとは伝えてはこなかった。
でも、 誰より自分を理解してくれる気がしていた。
それが嬉しかった。
その日の夜。
蓮から電話が来た。
珍しかった。
「もしもし?」
少し沈黙。
向こうがざわついている。
「……ごめん、今大丈夫?」
「うん」
蓮の声は低かった。
「由梨と喧嘩してさ」
真琴は黙る。
「もう無理かも」
胸がざわつく。
聞いてはいけない気がした。
でも、蓮は続ける。
「あいつ、すぐ感情的になるんだよ」
疲れたような笑い声。
「俺も悪いんだけどさ」
その“俺も悪い”が、
真琴には誠実に聞こえた。
「今日も物投げられて」
「え……」
「まあ慣れてるけど」
蓮は軽く言った。
真琴の頭の中で、
由梨の姿が少し変わる。
いつも明るくて、
強気で、
人を振り回す由梨。
たしかに、そういうことをしそうにも思えた。
「蓮さん、大丈夫なんですか」
「大丈夫大丈夫」
そう笑う声が、
逆に無理しているように聞こえる。
真琴は胸が苦しくなった。
数日後。
真琴は蓮の部屋にいた。
由梨とは距離を置いているらしかった。
「ごめんね、散らかってて」
そう言いながら、蓮はコーヒーを置く。
部屋は綺麗だった。
生活感が薄い。
けれど、テーブルの端に、
割れた灰皿が置いてある。
「これ……」
「ああ」
蓮は苦笑した。
「喧嘩した時」
真琴は何も言えなくなる。
かわいそうだと思った。
助けたいと思った。
その感情は、
とても自然に胸へ入ってきた。
「真琴ちゃんってさ」
蓮がぽつりと言う。
「なんでそんな優しいの?」
真琴は困ったように笑う。
「別に優しくないです」
「いや、優しいよ」
蓮は真琴を見る。
「普通、こんな面倒な話聞きたくないじゃん」
その目が、
少し寂しそうに見えた。
真琴は視線を逸らす。
「放っておけないだけです」
蓮は少し笑った。
「そういうとこだよ」
帰り道。
真琴のスマホが鳴る。
由梨だった。
出るか迷って、
結局出た。
「もしもし」
『真琴?』
酔っている声。
『あんたさ、
最近蓮と連絡取ってる?』
真琴の足が止まる。
「え……」
『取ってるんだ』
由梨が笑う。
冷たい笑い方だった。
『相談女みたいなのやめなよ』
「違……」
『あいつ、 そうやって女に寄生するから』
真琴の胸がざわつく。
『かわいそうなフリして、金も女も引っ張るの得意なの』
沈黙。
真琴は何も言えない。
『まあいいけど』
由梨は鼻で笑った。
『次は真琴なんじゃない?』
通話が切れる。
帰宅後。
真琴はしばらく暗い部屋に立っていた。
由梨の言葉が頭から離れない。
でも同時に、
別の感情もあった。
ひどい。
蓮は傷ついてるのに。
由梨は、蓮のことを何もわかってない。
そう思った瞬間。
真琴は、
由梨に対して初めて、
はっきりとした苛立ちを覚えていた。
そしてその苛立ちを、
自分の“正義”だと思った。




