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朱に染まる  作者: 志に異議アリ


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2/7

理解された日


三万は返ってこなかった。

 

由梨は最初の数日こそ、

『来週には返せそう!』

『ほんとごめんね』

と送ってきていたが、

二週間を過ぎる頃には、 何事もなかったように接してくるようになった。


真琴も催促できなかった。

お金に細かい人だと思われたくなかった。

それに、たかが三万で関係を悪くするのも嫌だった。

 

だから笑っていた。

職場でも。


「真琴さんってほんと大人ですよね」

後輩が言う。

真琴はまた笑う。

最近、  

笑うたびに少し疲れる。

     

「今日さ、飲み来ない?」

仕事終わり、由梨が言った。

「彼氏も来るんだけど」

断ろうか迷った。

財布が苦しかった。

 

でも、

「この前お金貸したから無理」 みたいに思われるのも嫌で、


「うん」

と返していた。

     

店は薄暗かった。

個室居酒屋。

由梨の隣に座っていた男は、  真琴を見ると柔らかく笑った。


「はじめまして」

声が優しい。

「蓮です。真琴ちゃんの話、由梨から聞いてる」

真琴は軽く頭を下げた。

 

思っていたより普通だった。

もっとチャラチャラした男を想像していた。

 

でも蓮は、

落ち着いていて、  

聞き上手で、  

気遣いも自然だった。


「真琴ちゃんって、人に頼られるタイプでしょ」

そう言われて、真琴は少し笑った。


「なんでわかるんですか」

「顔」

蓮は即答した。


「断れなさそう」

由梨が吹き出す。

「あーそれめっちゃわかる!」真琴も笑った。

笑いながら、

少しだけ胸がざわつく。

見抜かれた気がした。

     

飲み会の帰り。

由梨は酔って先にタクシーへ乗った。

「じゃ、また明日〜」

雑に手を振る。

 

残された真琴と蓮の間に、

少し沈黙が落ちた。

「送るよ」

「え、大丈夫です」

「危ないし」

自然だった。

押しつけがましくない。

真琴は断れず、

二人で夜道を歩いた。

 

春の終わりの空気は、  

少し湿っていた。


「由梨から聞いたけど、お金貸してくれたんだってね」

真琴の肩がわずかに強張る。

「あ……いや、少しだけ」

「優しいなぁ」

蓮は笑う。

「普通なかなかできないよ」

その言葉が、  

静かに胸へ入ってくる。


最近、誰かに褒められることなんて、ほとんどなかった。


「でも、気をつけなよ」

蓮が言った。

「優しい人って、利用されやすいから」

 

街灯が、蓮の横顔を半分だけ照らしていた。


真琴は少し黙ってから、

「……よく言われます」

と笑った。

「でも、困ってる人見ると放っておけなくて」

「それ、真琴ちゃんの良いところだと思う」

蓮はすぐに返した。

 

迷いなく。

 

真琴は、  

その言葉に少しだけ救われた気がした。

     

帰宅後。

部屋着に着替えて、  

ベッドへ座る。

スマホが震えた。

蓮からだった。

『今日はありがとう』

『話しやすかった』

少し迷ってから返信する。

『こちらこそです』

すぐ既読がつく。

『真琴ちゃん、  

頑張りすぎるタイプでしょ』

真琴の指が止まる。

また見抜かれた気がした。

『そんなことないです笑』

送る。

 

少しして。

『無理して笑う人って、なんとなくわかるから』

 

その文章を見た瞬間、  

胸の奥を何かが撫でた。

 

誰にも気づかれていないと思っていた。

 

職場でも。  

家族にも。

 

ちゃんとしている顔をしていれば、  

誰も踏み込んでこないから。

 

なのに。

 

真琴はスマホを伏せる。

 

静かな部屋で、  

自分の心臓の音だけが妙に響いていた。

 

その夜。

由梨への

「三万返して」が、  

もう少しだけ言いづらくなった。



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