第二十四話「いっちゃん、書道で賞を獲る」
週に三回、私は書道に打ち込んだ。
顧問の畠中先生に教わりながら、ひたすら手本を真似て筆を走らせる。
だんだんと先生の文字に似ていくのがわかった。
私は書くことが楽しくて仕方がなかった。
翌日から私は、週に三回、書道部での活動を始めた。
むつ美のお父さんである畠中先生は顧問の先生として月曜と木曜に教えに来てくれた。
私は、この先生の文字を見ては真似して書く練習をひたすらやった。
そのうち、だんだんと先生に似た感じの文字が書けるようになった。
先生は、
「上山さんは飲み込みが早いのう」
といって褒めてくれた。私はもっと嬉しくなって、どんどん書を書いた。
ある時、町内の書道大会が行われるので、それに応募する書を書くことになった。
私は、『論語』に記された孔子の言葉で、『誠実な行動や品格の持ち主には、自然と人が集まり、支え合う仲間が生まれる』という教えである「徳不孤必有隣」という言葉を書くことにした。
一文字ずつ丁寧に書くのだが、どうしても「必」がうまく書けなかった。
(この『必』はどこから書き始めるのが正解なのか?)
と考えながら色々試してみた。が、なかなか上手く書けない。
先生に相談してみると、
「『ソ』を一番最初に書いて、そこから周りを書くとバランスよく書けるよ」
と教えてくれた。
そして何枚も何枚も書いて書を仕上げると、
「上山さん、これがいいよ。これを出そう」
と先生が言ってくれた。
「はい、先生、よろしくお願いします」
私はそう言ってこの書を提出した。
そして、町内書道大会の日、私の書は中学の部で一位になった。
すると、先生が、
「これ、素晴らしいから、今度、高校で行われる郡の大会に出そう」
と言って、勝手に応募してしまった。
私は嬉しかったが、そんなに評価されることもないと思っていた。
しかし、なんと、その大会でも私の書が一位になってしまった。
私は戸惑いながら、表彰状を受け取ることになり、それを伯母さんの家へ持ち帰った。
見せるべきか、迷いながら表彰状を丸めて手に持って帰ると、ちょうど、伯母さんが畑の世話をしているところだった。
「衣津子、帰ったか。なら、手伝ってくれ」
「わかった。すぐ荷物置いてくる」
と言って家の中へ入ろうとすると、私の手元に気づいた伯母さんが、
「そりゃあ、何じゃ? なんかもろうたんか?」
「あ、いや、これは……」
「いいけぇ、見せてみぃ」
伯母さんは私の手から丸まった賞状を取り上げるとパッと開いた。
「おう、一位!すごいじゃないか。なんで言わんのんや」
そう言って伯母さんは家の中へ入っていき、
「おい、みんな見てみい、衣津子が一位になったで」
と伯父さんや従兄弟に見せて回った。
善昭くんたちが
「すごいの〜」
と言い出すと、伯母さんは、
「ほうじゃろ。衣津子はわしが育てた子じゃけぇ、これくらいのこたぁやる子じゃ思うとった」
とまるで自分の手柄のように言った。
私は苦笑いしながら、それを聞いていた。
その晩だけは、ささやかに祝ってもらい、食後の後片付けも免除してもらえた。
精神的に、どこか孤独を感じる生活を送ってきた私にとって、『徳不孤必有隣』という言葉は、この日、はじめて現実のものとなった。
(つづく)
筆先に込めた想いが、賞状という形になって返ってきた日。
伯母さんの誇らしげな声が、どこか嬉しかったのかもしれません。
書道で得た自信を胸に、いっちゃんはまた一歩踏み出します。
明日もお楽しみに。




