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いっちゃん(第二部)  作者: Thomas C. Knitter


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第二十二話「いっちゃん、そろばんを習う」

急斜面から同級生を引きずり落とした翌日、 私は、担任の先生から職員室に呼び出された。

そこには、左手首に包帯を巻いた彼女の姿があった。


入学式の翌日、担任の先生から呼び出された。

職員室に行くと、昨日、急斜面から引きずり落とした相手の子も来ていた。

見ると左手首に包帯を巻いていた。

私はそれを見て、(しまった、やりすぎたな)と思ったが、そんなことは顔に出さず、先生の前に立った。

「上山、お前、入学早々、喧嘩したんか?」

担任の声が低く響いた。

「いえ、ちょっとふざけて足を滑らせただけです」

私が言い訳をする前に、彼女がそう言った。

私は、一瞬、言葉を失った。

「上山、そうなんか?」

「そうです。そうよね。上山さん」

彼女は間髪入れず、先生にそう言った。

「そうか、なら、今後は、気をつけえよ。もういい、二人とも教室に帰れ」


結局、私はひと言も喋らず職員室を出た。

「ちょっと、さっきのどういうこと? 私が悪いんじゃけぇ、先生にそう言うたらええじゃないね」

「違うんよ。うち、上山さんに謝りとうて」

「へ?どういうこと?」

「放浪してたこと言えばいいなんて、ちょっと無神経じゃったのと思ったんよ」

「それ、同情しとるん? そがぁな同情はいらんよ」

私はなおも警戒した顔でそう答えた。

「うちもね、養子に出されとるんよ。じゃけぇ、上山さんとじゃったら仲良うなれる思うたんじゃけど、どう話したらいいかわからんかったけぇ、あんな言い方になったんじゃ。じゃけえね、悪気はなかったんよ。ただ気取らんでもええのにって、ほんまにそれだけの気持ちじゃった」

「え? 本当にそれだけ?」

「そう、それだけなんよ」

「ほしたら、私、とんでもないことしたんじゃ」

私はこの時になってはじめて顔が赤くなるのを覚えた。

「ねぇ、昨日ことはもうええけぇ、友達になってくれん?」

「ほんま? ほんまに私と友達になってくれるん?」

「うん、上山さんなら友達になれるって昨日、あなたを見た時にピンと来たんじゃ。私の予感は当たるんじゃけぇ」

「変なの」

私は笑顔になった。

「でも、わかった。友達になりましょう。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。あ、私は横山栄子、みんな『えいこ』って呼んどる」

「私は……」

「上山衣津子。いっちゃんでしょ? みんな、いっちゃん、いっちゃんって言っとったの聞こえてたから知ってる」

私は彼女のこと、何も知らなかった。それが少し恥ずかしい気がした。でも、友達になれたのは正直嬉しかったし、ありがたかった。


私はウキウキした気分で家に帰った。

「ただいま〜」

玄関を開けると、

「衣津子、ちょっとこっちへ来い」

と怒った表情で伯母さんに台所に連れて行かれた。 「衣津子、お前、喧嘩したんか?」

私は、(やばい、先生から連絡があったのか)と思い、

「いや、あれは、新しく友達になった子とふざけてて急斜面からずり落ちただけで……」

栄子が担任に言った言い訳を、そのまま使って伯母に言った。

「ふ〜ん。まぁ、怪我しとらんのなら、もうええ。じゃが、見とるとどうも、男まさりのようなところが目立つようになってきたのう。伝は元からがんぼなところがあったが、衣津子には似合わんで。お前、明日から、そろばん習いに行け。役場の二階でそろばん教室をやっとんじゃ。なあに、もう話はつけてある。月謝も払い込んどるけぇ、絶対、行けぇよ」

「え、そろばん? あ、は、はい、わかりました。明日から行きます」

昨日の喧嘩のことでバツが悪かったせいもあり、嫌だということもできず、私は次の日から、そろばん教室に通うことになった。


通ってみると、意外にこれが楽しい。

最初は8級からだったが、小学四年生くらいのレベルでなんなくこなせた。

7級の練習問題も余裕。6級もなんとかついていける。

私はそろばんが楽しくなった。

こうして私は、学校帰りに週2回、そろばん教室に通うようになった。


(つづく)

喧嘩の「お仕置き」のつもりが、思わぬ才能の発見に。

パチパチと響くそろばんの音は、いっちゃんにとって自立への第一歩となる心地よいリズムでした。


明日もお楽しみに。


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