第三十九話「いっちゃん、新しい仕事を見つける」
昭和三十五年、秋。
二十三歳になったばかりのいっちゃんは、住み慣れた成羽を後にしました。
大阪に出る前、私は善昭君に電話をかけた。
普段なら個人的な電話なんてかけさせてもらえないが、セツ子伯母さんがかけていいと言ってくれた。私がやめさせられる原因になっただけにそこは許してもらえた。
「もしもし、善昭ちゃん?」
「おう、いっちゃん、どしたんね。電話なんか、かけても大丈夫か?」
「うん、今日は大丈夫」
と私は伯母さんの顔をチラッと見た。
伯母さんは気まずくなって、そそくさと台所へ消えた。
それを確認して、私は、善昭君にこう言った。
「ねえ、この前、仕事、紹介してくれるって言ってたよね?あれ、お願いできる?」
「なんじゃ?もうクビになったんか?」
と善昭君が茶化すので、
「そうよ。笑ごとじゃないんじゃけぇね。今週いっぱいに引っ越さなきゃ、私、行くところないんじゃけぇ」
「急にどしたんや? まぁ、詳しいことはまた聞く。とりあえず、取引先の縫製工場に聞いてみるわ。あそこの社長、広島県出身じゃけぇ、ワシのこと贔屓にしてくれるんよ。今度、工場を大きゅうするけぇ、従業員を募集しょうるんじゃ。いい子がおったら紹介してくれ、言われとるけぇ、ちょうどいい思うで。縫製、やってみるか?」
「うん、やる。ここも縫製みたいな仕事じゃけぇ、できる思う。頼んでみて」
「よっしゃ。住み込みでも働けるはずじゃから、聞いといちゃる。また連絡するわ」
「ありがとう。よろしくね」
そう言って私は電話を切った。
それから、二日後、私の新しい就職先が決まった。
こうして、昭和35年秋。
23歳になったばかりの私は単身、大阪に出た。
梅田の駅に着くと善昭君が迎えに来てくれていた。
「いっちゃん、よう来たのぅ」
「なにようるん、この前、会ったばっかりじゃない」
「ほうじゃが、いっちゃんの新しい門出じゃかけぇの」
「まぁ、そうとも言えるかな。追い出されただけだけどね」
二人は顔を見合わせて笑った。
「さて、私の新しい門出の舞台にお連れしていただけますか?」
「もちろんじゃ。しっかり着いて来い!」
「なぁによ、偉そうに。ま、でも、善昭ちゃんがいなかったら、私、路頭に迷うところだったから感謝してるわ」
「感謝するのは、就職が決まってからにしてくれよ。じゃあ、行くど」
「了解しました。善昭上等兵殿。上山衣津子、ついてまいります」
そんなやりとりをしながら、二人は新しい未来が待つ場所へと足を進めた。
目指す縫製工場は、宮原操車場(今の新大阪駅付近)の近くにあった。
私は善昭君について工場の中に入った。
「社長、こんにちは。この前話してた従業員になりたい子、連れてきました」
「おう、山田君、もう連れてきてくれたんか? この子か?」
「はい、僕のいとこで『上山衣津子』と言います」
私は社長の顔、というか禿げている頭に目がいってしまい、一瞬、返事に詰まった。
「おい、いっちゃん」
善昭君に促されて私は、
「あ、はじめまして。『上山衣津子』です。よろしくお願いします」
「上山さんは縫製の経験は?」
「服を縫ったことはないですが、バスケットを作る工場にいたのでミシンもできます。あ、あとそろばん3級も持ってます」
「ほうかい。そろばんが出来るんなら、集計の手伝いもしてもらうかの。よし、採用じゃ」
「え、いいんですか?」
「ええよ。そのために来たんじゃろ?」
「はい、そうです」
「ははは、それで住むところもないんじゃろ?大丈夫、20人ちょっとの会社だけど、小さいアパートを寮代わりにしとるけぇ、そこに入り。あんた、広島のどこ出身?」
「生まれは岡山県なんですけど、福山で育って、戦争で父が亡くなったこともあって、戦後は山田君のご両親のもとで暮らしてました」
「ほうか、いろいろ苦労したことは山田君からも聞いとる。心配せんでええ。ワシは忠海の出身じゃ。三原と竹原の間の海沿い。まぁ、広島の同郷のよしみじゃ。頑張ってくれ」
「あ、ありがとうございます」
私は思わず、涙が出そうになった。
それをみて善昭君が、
「お、いっちゃん、泣くんか?」
「泣かんよ。でもありがたいのぅ、と思って」
と、社長が、
「『いっちゃん』、って呼ばれとるんか? よっしゃ、いっちゃん、その感謝の気持ちを持って仕事を続けてくれえよ。期待しとるで」
この日から、私の大阪での生活が始まった。
(つづく)
「泣かんよ。でもありがたいのぅ、と思って」
溢れそうになる涙を堪え、いっちゃんは再び前を向きました。
大阪の空の下、いっちゃんの「最新の生活」が、今ここから静かに始まります。
明日もお楽しみに。




