第四十話「いっちゃん、レコードプレーヤーを買う」
大阪での生活が始まって一年。
真面目な仕事ぶりが認められ、いっちゃんの周りには温かな笑顔が増えていきました。 日曜日の午後、ふと手にした「ポータブルレコードプレーヤー」。
そこから流れるメロディは、彼女が自分の力で掴み取った「自由」の音色でした。
昭和三十六年。
大阪での縫製の仕事を始めて、一年が経とうとしていた。
縫製工場では、クラッチモーターを搭載した電動ミシンを使って仕事をしていた。五台のミシンが一斉に動き、私たちは息を合わせて縫い続けていた。
私は電動ミシンの作業にも慣れ、一日の終わりには、その日の集計の仕事もした。
社長さんから、
「いっちゃん、頑張っとるね〜。みんな褒めよるで」
と言ってもらうこともあった。
社長さんは、本当にいい人で私の生活面でもたくさん助けてくれた。住む場所はもちろんだが、日々、必要になる生活必需品は最初に一通り揃えて支給してくれた。
社長さんの奥さんもいい人で、時々、私や他の従業員を食事に呼んでくれ、お腹一杯食べさせてくれた。私はご飯があれば頑張れるので、ほんとにそれが一番嬉しかった。奥さんは買い物にも一緒に行って、洋服を選んでくれたりもした。私は母と買い物などしたことなかったので、奥さんのことを本当の母のように思っていた。
そんな、ある日曜日。
久しぶりに、私は一人で買い物に出かけた。
あちこちウロウロしていると、電気屋のテレビが見えた。
それに惹かれるように店内に入った。
テレビの値段を見て、とても買えないと思った私の目に、発売されたばかりの『ポータブル蓄電』という名の小型レコードプレーヤーが止まった。
トランジスタ式で、重たい真空管のものと違って持ち運びができるうえに、コンセントがなくても乾電池で動く。
電気を貯めて使うような感じだからか、「蓄電」いう名前が付いとるらしい。
シングル盤サイズのターンテーブルだが、LPレコードもかけられるよう、四十五回転と三十三回転の切り替えスイッチが付いていた。しかも、カバーを閉じると片手で持てるように取っ手が付いている。
(これ、ちょっといいかも)
値段は少し高かったが、給料の中でやりくりできるくらいだったので、私は迷わずこのレコードプレーヤーを買った。
それから、レコード店でいくつかレコードを買ってアパートに帰った。
部屋に入るなり、私はレコードプレーヤーに坂本九の『上を向いて歩こう』をのせた。
木琴系の軽やかな前奏が流れてきた。
机の上には伝姉と並んで撮った写真が飾ってある。
上山バスケットの仕事場で俊雄伯父さんが撮ってくれたものだ。
夕陽に照らされて、少し黄ばんで見えた。
私は部屋の窓を開け、外を見渡した。
操車場の向こうから差し込む夕陽に滲む大阪の街が見えた。
軽快なレコードの音が流れるうちに、私は成羽にいた頃のことが夢だったのではないかと思えてきた。
——いや、もしかしたら今が夢なのかも。
大阪という街が、私を変えたのかもしれない。
一方で、伝姉のことを考えれば、私一人、こんなに自由でいいのかとも思った。
渦巻く感情の中で、レコードプレーヤーだけがぐるぐると回り続けていた。
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「ポートレート」
(3番)
姉と二人並んだ
机の写真
夕陽に黄ばんで
時が過ぎた気がした
ターンテーブルの レコードは回る
遠く想いはめぐる
それでも一人 歩いてく
信じる未来へ 続く一秒
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第二部・完
「上を向いて歩こう」
レコードから流れるその言葉通り、いっちゃんは理不尽な過去を乗り越え、新しい一歩を踏み出しました。
少女から大人へと歩みを進めた彼女の、波乱万丈な「第二部」はここで幕を閉じます。
汽笛の音と音楽が重なる夕暮れ。
いっちゃんの物語は、これからも続いて行きます。
【作中登場楽曲に関する情報】
「上を向いて歩こう」 作詞:永六輔 作曲:中村八大 (歌:坂本九) JASRAC:010-0006-3




