第三十七話「いっちゃん、大阪でいとこと会う」
喧騒の街・大阪で、束の間の自由を手にした二人。
伯母さんが再会に溺れる一方で、いっちゃんは懐かしい再会が待っていました。
大阪でセツ子伯母さんは、運転手さんに会うことができた。
と言っても、ほとんど私が手引きをして伯母さんを連れて行ったといった方が正解だった。
二人は「ゆっくり話がしたい」と言って、私の目の前から消えた。
「やっぱり、こうなったか」
一人になった私は、梅田の一角にある喫茶店に入った。
キョロキョロと中を見回すと、
「こっちこっち」
と声がした。私は声の主を見つけて、向かいの席に座った。
「いっちゃん、久しぶりじゃのぅ」
「善昭ちゃん、大阪に出でも、広島弁が抜けんね」
そう、私の目の前に座っているのは、コノブ伯母さんの次男、善昭君だ。
彼は、高校を出て大阪で就職した。縫製関係の取引会社に勤めていた。
実は、大阪に来る前、きっと一人で時間を持て余すことになると思った私は、事前に善昭君に連絡していたのだ。
「でも、びっくりしたよ。岡山に行ってからは会ってなかったから、急に連絡があった時は何事かと思うた」
「ごめんな。急な話じゃったんじゃけど、滅多に大阪にも来れんし、せっかくじゃから、知っとる人にも会っとこうと思って」
「まぁ、ええよ。それより、仕事はどうなん?」
「うん、給料はないし、いつまでもこのままっていうわけにもいかないし、どうしようか、迷うとる」
「ほうか。もし、大阪でええんなら、わしが仕事探しちゃるで。何、こう見えても、いろいろ取引先には懇意にしてもろうとる。いっちゃん一人くらいじゃったら、頼めるで」
「ほんま? それじゃったら、頼みたいわ」
「よし、なら、すぐにでも聞いてみちゃろうか?」
「うん、でも、今すぐは無理じゃ。岡山の伯母さんと一緒に来とるし、仕事をすぐにはやめられん。伝姉ちゃんもおるし……」
「ほうじゃのう。でも、必要な時はいつでも言うてくれえよ。いっちゃんは子供の時から、よう頑張ってきたんじゃけぇ、もう自分のために生きてええ思うで」
「……自分のため?」
「そうじゃ、自分のためじゃ」
「自分のためか……。考えたことなかったな」
「おいおい、しっかりしてくれよ。ワシらまだ20代前半なんじゃけぇ、もっと楽しまにゃあ」
「あー、そんなこと、この五年間、すっかり忘れてた。そうじゃね。それもいいかもしれん」
「ほうよほうよ。まぁ、ここのコーヒー飲め。大阪に出てきて、伯母さんの世話だけじゃ、つまらんじゃろ。なんか食べるか?甘いものもあるで」
「……じゃあ、ホットケーキと紅茶で」
「おしゃれなこと、言うて。いっちゃん、昔みたいにガツガツいきゃあいいのに」
「ちょっと、善昭ちゃん、やめてぇや。これでも年頃の女なんですからね」
「はいはい」
と善昭君は、ウエイトレスを呼び止めて、ホットケーキと紅茶を頼んでくれた。
窓の外の大阪は、行き交う人で溢れ、皆、活気に満ちて見えた。
私は、自分が成羽で立ち止まっている間に世の中が大きく変わってしまった気がした。
それからしばらく、善昭君とたわいのない話をして喫茶店を後にした。
伯母さんと一緒に泊まっている旅館に帰ると、もう伯母さんは戻っていた。
「いっちゃん、どこ行ってたん? 遅かったね」
「うん、いとこと会ってた」
「そう……。暇じゃなかったんなら、ええわ」
伯母さんは私の話なんかはどうでもいい感じで、それ以上は聞かなかった。
そして、不意にこう言った。
「いっちゃん、私、俊雄さんと別れる」
「え?」
寝耳に水だった。確かに伯母さんがいけないことをしているのはわかっていたが、まさか、別れると言い出すとは思わなかった。
私のそんな戸惑いにも気づかず、伯母さんは、
「いっちゃん、私は会社のことはわからんのよ。でも、毎日毎日、あの人にいろいろ言われて疲れた。もう成羽へは帰りとうない」
確かに、伯父さんは伯母さんに対して、いつもキツく当たっていた。しかし、実の父親がすでにいない私は、世間の父親なんてそんなものだと思っていた。
「その気持ちは分からんでもないけど……」
私は、そこで言葉を切った。
「……ないけど?」
伯母さんは、私に詰め寄った。やはり、何も言わないのは許してもらえそうにない。私は、
「ずっとは無理じゃけど、もうしばらくここにおったら? 大丈夫よ。私が伯父さんになんとか言うてあげるけぇ。」
と、後ろから、
「ほう、それで、こんなところにおるんか」
聞き覚えのある声が聞こえた。
「えっ?」
振り向いた私が見たのはーー。
(つづく)
「自分のために生きてええ」
善昭君の言葉に、麻痺していた心が震えたいっちゃん。
しかし、宿に戻った彼女を待っていたのは、伯母さんの身勝手な決意と、背後から響く「あの声」でした。
絶体絶命の瞬間。振り向いたその先に立っていたのは、一体……?
明日もお楽しみに。




