第三十五話「いっちゃん、セツ子伯母さんと秘密の会話をする」
昭和三十五年。
成羽に来て五年が経ち、いっちゃんも二十三歳になりました。
ある日、いっちゃんはセツ子伯母さんから、誰にも言えない「秘密の役目」を命じられます。
【本文】
昭和三十五年。
上山バスケットで働き出して五年が経った。
セツ子伯母さんは、ここ一年くらいは調子を取り戻して、薬も飲まなくなっていた。
薬を取りに行かなくていいのは助かるが、
「あ〜あ、最近、お使いがねえ(ない)けぇ、お釣りをちょうげ(ごまかし)できんがなぁ」
と伝姉が嘆くように、お小遣いがないことは辛かった。
花火は毎年見ることができたが、一年間、ほぼ無休で無給の私と伝姉は楽しみというものがわからなくなり、感情がどこかに行ってしまったような気がしていた。
それでも、
「いっちゃん、さっき、伯父さんが、飲み会から帰ってきて、お土産に巻き寿司をくれたけぇ、一緒に食べよ」
と無邪気な表情で笑う伝姉を見ていると、私の心が正常に戻っていくような気がした。
ある日、セツ子伯母さんに呼び出された。
この頃になると、私は伯母さんの扱いに慣れてきていたので、容量よく相手をしていた。伝姉は、元来、ぶっきらぼうなところがあり、
「いっちゃんみたいにはでけんなぁ。伯母さんのことはいっちゃんにまかせる」
と言うくらいだったので、伯母さんは、必要なことがあると、なんでも私に言いつけた。
しかし、その日の呼び出しは、いつものお使いとは違う話だった。
伯母さんは、
「いっちゃん、バスケット工場に来るトラックの運転手さん、知っとる?」
「え?……ああ、あの背の高い運転手さんのこと?」
「そうそう、その運転手さんに、みんなには内緒で、これ渡して。お小遣いあげるから」
と言って、小さく折りたたんだ紙切れを私に渡した。
「はぁ、いいけど、これ……」
伯母さんは少し目を逸らして、
「中身は気にしない、気にしない」
と言った。
「……でも……」
と食い下がる私を、伯母さんはキッと見つめて、
「気にしない! お小遣いいらないの?」
「わ、わかった。じゃあ、渡しとくね」
私は伯母さんの気迫に押され、そう答えた。
いくら鈍感な私でも、もう22歳だ。この紙切れが何を意味しているのかはわかっている。
(伯父さん、気づいてないのかな?)
そう思ったが、伯母さんに逆らうことはできない。
私は、その紙切れを運転手のおじさんに渡した。
それから、セツ子伯母さんは、私に伝言係を頼むようになった。
春から夏が傾くまでの間、私は毎日のようにそれをやっていた。
そして、ある日の夕暮れ、伯母さんは泣きながら、
「いっちゃん!」
と声をかけてきた。
「伯母さん、どうしたん? なんで泣いとるん?」
伯母さんはためらい気味にこう言った。
「いっちゃん、あのね……、あの人がおらんようになった」
(つづく)
手渡された小さな紙切れと、引き換えに手にしたお小遣い。
それが何を意味するのかを知りながらも、いっちゃんは伯母さんの「恋」の共犯者になってしまいました。
泣き崩れる伯母さんを前に、いっちゃんは何を思うのでしょうか。
来週もお楽しみに。




