第三十四話「いっちゃん、伝姉と花火を見る」
三百年続く成羽の伝統、愛宕大花火。
人混みと屋台の匂い、夜空を焦がす火の花。
無給で働き続けるいっちゃんと伝姉にとって、それは束の間の眩しい休息でした。
上山バスケットで手伝いを始めて一年過ぎた昭和三十一年の夏。
私と伝姉は相変わらず、朝から晩まで働いていた。
時々、セツ子伯母さんに買い物を頼まれ、商店街へ出かける以外は、ずっと工場で働いている状態だった。
成羽の町は川沿いにあり、八月には愛宕大花火という花火大会があった。
三百年近い歴史を持つ、勇壮華麗な仕掛け花火は中四国地方随一と言われ、二万人の人出を集める大きな花火大会だ。
ある日、工場の予定表の横に『愛宕大花火』と書かれたポスターが貼り出された。町の実行委員会から会社に届けられたポスターの一枚だ。
(花火かぁ。そういえば、ずっと見てないなぁ)
と思ったが、そんなことは口には出せなかった。
そして、花火大会の日も私と伝姉は普通に仕事していた。
夕方になると、工場のみんなは仕事を早めに取りやめて、そそくさと花火大会へ向かった。
私と伝姉は、みんなが残した仕事を少しずつ手分けしてやっていた。
と、そこへ、社長である俊雄伯父さんがやってきた。
「なんじゃ? 伝も衣津子も、まだ仕事しょうるんか?」
「うん、みんなの仕事、少しやっとこうと思うて」
と私が言うと、
「そりゃあ、明日でええ。今夜は大花火じゃから、二人で見に行って来い」
と言ってくれた。
私と伝姉は、顔を見合わせて
「ありがとう、伯父さん。行ってきま〜す」
一目散に外へ駆け出した。
「おいおい、少し片付けて……。まぁ、ええか。たまにゃあ、息抜きも必要じゃろうて」
伯父さんが苦笑いしているのを背中に感じながらも、私と伝姉は決して振り向かなかった。振り向いて、「戻ってこい」と言われたら、もう花火には行けない気がしたからだ。
二人で川沿いまで来ると、あちこちに屋台が出て、人通りも多く、賑やかな雰囲気になった。
屋台からは焼き鳥やら、綿菓子やら、いろんなものが売り出されており、食べ物のいろんなにおいがして、お腹が空いて仕方なくなった。
でも、何か買って食べるにもお金を持っていない。我慢して花火を楽しもう。(こんなの戦争中に比べたらなんてことない)
私はそう思って、伝姉と川辺に腰をかけた。
すると伝姉が、
「ここに座っとき。ちょっと行ってくるから」
と言って、立ち上がった。
「え、どこへ?」
と私が聞くと、
「へへへっ」
と笑って走って行った。
(な〜んだ、トイレか)
私は伝姉を見送って、座ったまま待っていた。
周りには、わたあめを舐める子どもやお面を買ってもらった子どもが親に手を引かれながら歩いているのが見えた。少し羨ましい気持ちになりながら、それを見ていると、目の前に突然、焼き鳥が一本差し出された。
びっくりして、焼き鳥を差し出した相手を見上げると伝姉がニコッと笑って
「いっちゃん、これ、いっちゃんの分。私のもあるけぇ、一緒に食べよ」
と言った。
「これ、どしたん?お金なんかないじゃろ?盗んだん?」
「へへ、お使いで預かったお金のお釣りをすこ〜しちょうげ(ごまかし)たんじゃ」
伝姉はしてやったりといった顔で笑った。
私は呆気に取られたが、食べられないと思った屋台のものが急に食べられることになってすごく嬉しくなった。
焼き鳥の串を伝姉から受け取ると、思い切りそれにかぶりついた。
その時、ちょうど大きな花火が上がった。
伝姉と一緒に見た花火は、焼き鳥の味とともに私の記憶の中に永遠に刻まれることとなった。
(つづく)
夜空を彩る大輪の花火と、一本の焼き鳥。
それは、現実をほんの一瞬だけ忘れさせてくれる、魔法のような贈り物でした。
「伝姉と一緒に見た花火」 その光景は、いっちゃんの心の灯火となったのです。
明日もお楽しみに。




