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91 ここは古戦場

「情報集めますか」

 播磨と摂津との境の地、須磨である。ここもあの牢人が通過したものと思われる。だが。

「化け物ね。最初にいたやつは倒してもらったんだけど、その後にまた出たのよ」

 一体で収まってないらしい。

「いっぱいいる。夜、海岸に行くとあれで海がうまってる。夜に海に行ったらあかん」

 とても不穏な情報だ。

「一旦ここで留まりましょう」

 この地で魔物退治は避けられない。



 昼間の海は穏やかだった。その海を見ながら、得た情報から思い付いたことを話す。

「別所領で川や池で見かけたけど、それが海にいるのか」

「海には生き物がいっぱいですから、餌にも困ってないでしょうね」

「それが成長して人を襲うようになると」

 こんなに広い水場が人里の目の前にあるのだ。あれにとっては、好都合だろう。


「でも、明石ではそんな話を聞かなかったような」

「なにか法則でもあるんですかね」

「戦場」

 千佐が一言、ポツリと言った。千佐を見る。千佐は海を見ている。

「今は景勝地のように見えますが、ここは元々古戦場です。源平の血が流れた場所、幾多の怨念が留まっててもおかしくはないのです」

「早川近辺で魔物が多かったのもそれですか? 三木の合戦場から程近い場所だから?」

「……私はそうだと思う」

 そういう負の気配があるところにあれが巣くいやすいということだろうか。

「それだと、この先に行く場所にもそれらしいところがあります」

「戦場跡?」

「はい。花隈(はなくま)城です。三木と時を同じくして戦があった場所です」

 覚えておこうとクリフォードが思っていると、横で千佐は難しい顔をしている。

「海や川は本来穢れを祓うことができる場所です。そこに陣取って穢れを振り撒くなど、許しがたい所業……!」

 千佐は怒りを溜め込んでいる。



 先に宿をとり、夕食を済ませてから再び海岸にやって来た。夕日に染められた空と海は怪しく美しい。常と違う色に染められた世界は次第に色を失い、黒く染まっていく。

「数多の落武者の怨念など、クリフォード様の刀の前に塵と化すだろう」

 刀を強化しながら千佐がなにやら呟いている。大層気合いが入っている。

「はい! はい! 俺も暴れたいです!」

 平三が遠巻きながら、主張してくる。

「よし、とりあえずその辺に刀を置け」

 千佐は砂浜を指差して指示を出す。千佐は刀に触れないようにしながら手をかざして強化をする。

「この距離感、そろそろ改善しませんか」

「嫌だ!」

「そんなことは許さん」

 平三の頼みに千佐と清六が口々に却下を下す。

「清六の兄貴は姫さんのことそんな敬ってる感じでもないのに、守りは堅いんすね。よくわからんっす。父親ですか」

 食事や身の回りの世話ばかりでどちらかと言えば母親のような世話の焼き方だ、とクリフォードは内心で思っていたが、黙っていた。


 日は完全に暮れた。言霊による身体強化も終わらせ、魔物の出現を今かと待ち構える。

 海の波間が不自然に盛り上がってきた。波が泡立ち、ざわざわと沖から海岸へと向かって来ているのが見える。

「あれは……」

 千佐が、焦ったような声を出した。

「あれは、この国の古いものと混ざっています。あれを倒すのは骨が……」

 千佐は、口をつぐんだ。

 普段から、彼女の口数が少なくなりがちなことに、クリフォードは気づいていた。

 千佐は己の言霊の強さを知っている。だから、負の感覚を伴う言葉を口にすることをためらうのだ。

 清六や平三に対してはぞんざいに話せても、クリフォードに対してはそうはならない。敬うと同時にうかつに貶めてはならないと緊張しているのだ。

「千佐。大丈夫だよ」

 千佐の肩に手を置き、目線を合わせて声をかける。

「俺はあれを必ず倒す」

 クリフォードは千佐の代わりに強い言葉を使った。千佐がうなずくと、頬に唇を落とした。

「んひゃっ!」

「おまじないだよ」

 千佐は自分からぐいぐいいくときには肝が座っているくせに、逆に攻められると弱いようだ。

 改めて海に向き直ると、横から呆れたような視線を投げられた。

「睦まじくされるのはいいんですけどね、それで足元掬われたりとかはやめてくださいよ」

「大丈夫大丈夫」

 指摘されると、照れそうになる。それをいなして腹に力を入れる。



 海から現れたのは、朽ちた大鎧を纏った髑髏(しゃれこうべ)達だ。本当に落武者の霊を取り込んでしまったらしい。

 いらんことを口にした、と千佐は悔やむ。

 矢をつがえて弓を引く。飛んだ矢は見事髑髏を射抜いた。それでも、脆くも崩れながら、彼らは歩みを止めない。

 クリフォードも矢形の炎を放つ。当たった髑髏達はぱっと燃えて、火の玉となる。しかし、数が多い。

 持久戦はあまりしたくない、とクリフォードは思う。ひとまずは、向かってくる敵の数を減らしながら次の手を考える。


「……減らんなあ!」

 倒しても倒しても無限とも思えるような湧き方をして来る。

「これはあまり使いたくないのですが」

 清六が片手に余る大きさの砲丸を取り出した。思いっきり遠投する。

 砲丸は轟音をあげながら爆散した。

「すっげー!」

 威力に平三が歓声をあげている。

「あまり使いたくない理由は?」

「作るのに手間も費用もかかるからです」

「だよね……」

 費用対効果は大事だ。



 髑髏の軍団はもう海岸近くまでやって来ている。

「清六はそろそろ千佐のところまで下がってくれ」

 後ろを見ると、千佐が海に寄り過ぎだと感じた。

「千佐ももうちょい下がって」

 指示を出しつつクリフォードは前に出る。

「行っくぜーー!」

 先んじて平三が進み、海に入っていった。自身の得物、太刀を振るって髑髏達を薙いでいく。

 斬撃を受けて髑髏達は弾け飛ぶ。平三は調子よく攻撃を重ねていく。

 しかし、途中で気づいた。

 崩壊した髑髏達が寄り集まって、再びひとつの髑髏へと姿を変えて歩き出すのだ。

「げえ! 意味ねー!」

 クリフォードも海に入って、刀を振るった。

 まずは、普通の斬撃。平三が倒したのと同じく、再度構築される。しかも、寄り集まった分、骨の強度が増してるようだ。

 今度は火魔法を纏わせて、刀を振るう。こちらは、骨が燃えて再構築は無し。だが、より骨の密度が増して強度の上がった髑髏は中々燃えにくい。

「旦那ー! どうしましょー!」

「そのまま攻撃してくれ」

 より手強くなって復活してくるのは厄介だが、復活するのにも時間はかかる。その分、足止めできるのだ。


 ビイーン、ビイーンと鈍い音が鳴り響く。

 千佐が鳴弦をし出した。弓の音が鳴り出すと、髑髏達の動きは鈍った。

「千佐、ありがとう! 助かる!」

 クリフォードが声を出すと、千佐の眉間の皺がふっと和らいだ。いつでも、千佐が戦闘に直接貢献できないことを悔しがっているのを、クリフォードは知っていた。

「旦那! これ、どんどん大きくなるんですけど、本当にいいんですか!」

「ああ! 問題ない!」

 攻撃を重ねた結果、髑髏は人の何倍もの大きさに成長している。大きさに脅威を感じる。だが、あれだけ大量にいた髑髏が今や数えるほどしかいない。

「いっそ一体にまとめてしまおう」

 数の脅威は、これでなくなった。



「仕上げは任せろ」

 髑髏の体を足場にして駆け上がる。

 頭蓋のてっぺんにたどり着くと、丁寧に練り上げた火魔法を刀に纏わせる。それを頭上に掲げると、一気に振り下ろしながら駆け下った。

 髑髏は縦に真っ二つに分断される。二つそれぞれを火で包んで燃やす。

「燃えにくかろうが、火の温度を上げてやれば、その内燃え尽きるだろう」

 出した火が弱まらないよう、じっと火を見つめてそれを操る。髑髏達が炭となって消え去るまで、クリフォードは決して気を弛めなかった。

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