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87 救世は利己的にしましょう2

「この国って実は戦争から逃げられないんですよー」

 彰子の口からとんでもない話が飛び出してきた。

「それはまたなぜ」

「この国とお隣の国は元々ひとつの国だったんです。それが、よその国と戦争ってほどじゃないけど小競り合いがあったときに、日和って戦わない選択をしたのが、お隣の国です。で、戦う選択をしたのがこの国……なんですけど、時代の変遷でいつのまにかそのよその国と親戚付き合いというか、同盟状態になっちゃってますね」

「なんという裏切り」

 裏切りに次ぐ裏切りである。他人事ならばおもしろい話として聞ける。だが。


「その戦わない選択をしたお隣も、すっかり様変わりして断固として戦う姿勢になっちゃってます。お隣にして見れば、目の上のたんこぶがある上に、首の後ろに刃物を突きつけられてるような状態ですね。だから、その刃物を取っ払いたいと思ってるはずです」

「ほうほう」

「国土の大きさでは、この国は完全に負けちゃってます」

「あー……」

 戦争は結局のところ物量がものを言う。


「そもそもどうして最初に戦う選択をしたんだ」

「宗教のせいですわ。この国の宗教を捨てて、あちらのキリスト教のような影響の大きな一神教を信仰しないかと圧力がかかったんですよ。その際、この国の宗教はその一神教の中に取り込まれかけたのです」

「なんと乱暴な」

「おじ様はよそから宗教が入ってきた正にその時代のお人ですよね」

 彰子の確認にうなずいて返す。キリスト教の教会が焼かれた話を聞いたことがあるし、その逆に寺院が焼かれた話を聞いたこともある。

 宗教争いに関係なく、権力争いに巻き込まれての寺院の焼き討ちも経験している。

「なんとか両方ありってことにできないもんかね。一神教は狭量だよな」

「宗教に寛容な日本のような国の方が珍しいのですよ。その日本でだって、キリスト教は長いこと不遇な扱いを受けてましたし」

 彰子は早川より後の世の生まれなので、キリスト教が禁止されていたことを知っている。


「私が召喚されたのは、この国とお隣がひとつの国だった頃の話です。ですが、もうお隣にはこの国と同じ教会がないのです。だから、縁もないこの土地に私はいるのです」

「女神がなんでこの国を救おうとしてるのか、わかってきたわ」

「ええ。もう、ここしかないんですよ」

 神が人を助けるのに過剰に肩入れすることを、奇妙に思っていた。しかし、それも無理のないことだと思わされる。

「まあ、この国の宗教の形もかつてのものとは変わってしまってます。あの一神教の影響を受けて、こちらの宗教も一神教のような形に変化してしまってるんです」

「ということは、元はやはり多神教的な形だったのか」

「そうなんです。それが、聖女を神のように据えて崇める形に変わってしまったんです」

 結果、多神教の寛容さは失われ、戒律の厳しい不寛容な教義が生まれた。

「皮肉なもんだな」

 その皮肉を語るのが聖女だというのもまた、皮肉が効いている。



「なんとか、戦争回避できないもんかね」

「それを狙って王族同士の婚姻を進めるから、なおのことややこしくなるんですけどね」

「おい、まさかとは思うが」

「おじ様の時代では政略や人質を兼ねた結婚は珍しくもない話でしょう。ガウェイン王はお隣の国ランスロットの王位継承権も持ってしまってます。そしてランスロット国と険悪なはずのライオネル国。ランスロット王とライオネル王はどちらともがお互いの国の王位継承権を持ってます」

「うわー。やっちまってるな」

「やってしまってますわー」

 早川と彰子は互いに顔を見合わせてやけくそのように笑った。

「でも、これはおじ様が直接どうこうできる話でもないですわ。おじ様がこちらに残ってどこかの令嬢と結婚、なんてことになったら関係もしてくるんでしょうけど」



「どうして、黙ってらっしゃるんです?」

 彰子が笑顔のまま険しい気配を出す。早川は若干目をそらす。

「奥さまがいらっしゃるんでしょう? どうして、そういうことするの?」

「いや、成り行きで……」

「帰る気でいらっしゃるんでしょう!? 私が産まれなくなっちゃう!」

「うん。帰るよ、帰る……息子はいるけど」

「え?」

 どうどうと彰子をなだめる早川の呟きに、マシュウが反応する。聞いてしまっていいのか、と思うような話の連続にすでに思考をどこかへ投げ飛ばしていたが、またおかしな言葉が聞こえてきた。



「なんでみんなすぐにそういうことになっちゃうのかしら。嫌になっちゃう。そんなだから、感情を人質にとられるのよ」

「……みんな、寂しいんだよ」

「そう」

 情が理解できないわけではないので、彰子もそれを言われると黙るしかない。しかし、釈然としないのだ。

「それにしたって、この国は一方的に呼びつけすぎよ! 良いように使われるばっかりで、腹が立つったら!」

「お、それに関しては、今が正にそのツケを払ってる状態かもしれんぞ」

 見返してくる彰子にフフンと笑ってやり、こっそりと耳打ちする。

「こっちに呼ばれたのは、俺じゃなくて妹なんだ。そのときに見えた王子をお前がこっちに来いと引っ張ってやったら、王子があっちに行ってしまったのだ」

「おじ様、すごーい!」

 ぱっと表情を輝かせて、彰子が絶賛してくる。


 マシュウは聞こえないように配慮してもらったことで、内心救われた気になった。聞いてしまったら平静ではいられなくなることを言ってるに違いない。

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