88 救世は利己的にしましょう3
船が再び岸辺に着いた。
「ご苦労」
岸辺をずっと走っていたらしい教会関係者を労ってやる。
「払っといて」
船賃の支払いをマシュウに押し付けて、再び街を歩く。
「服とかは見ないのか」
「だってー、意味ないんですもの」
「見るだけでもいいじゃないか」
例え着ることができなくても、気晴らしくらいにはなるだろう、とそちらへ足を向ける。
口では意味がないなどと言いつつも、服を見ると瞳を輝かせている。やはり、慰めは必要だ。
「なにか試着でもするか」
と言って、今の彰子が完全に幼女の姿だったことを思い出す。
「この格好に合う服を見ますわ」
にこりと笑うその表情に、まだ言うことがあるのかと察する。
入った店は裕福な平民が着るような既製服を扱う店だ。服を選び、用があるなら呼ぶ、と店員を少し遠ざける。試着室の内と外でひそひそと会話する。
「さっき同じ船に乗ったあの方はおじ様の部下ですか?」
「王家の犬だよー」
茶化して答える。
「教会の人ではありませんから、まあいいでしょう。おじ様、教会ではあまりお食事をされませんように」
「お? 毒でも盛られるのか」
「常套手段ですわ。しかも、彼らには悪意はありませんの」
「善意で毒を盛るのか?」
「回復魔法を習得させるために、命を脅かす必要があるんですよ」
黒い話だ。聖女の伝説を聞かせてもらったが、聖女達はことごとく窮地に立たされていた。あれも、彼女達を成長させるためにと狙ってやってたのだとしたら。
「どうですかー?」
「かわいいかわいい」
着替え終わって彰子が姿を見せる。くるっと一回転して、スカートが翻る。
「よし、買おう!」
「いりません」
「遠慮するな、金はある」
そもそも早川の金ではない。
「かわいかったのにー。買えばいいじゃないか」
「置くとこもないじゃないですか」
店を出て、早川はぶちぶちと文句を言い募る。
「そもそも、あんな殺風景な部屋が間違ってる。花のひとつでも活けさせよう」
露天の花屋を見つけて、適当に見繕って買う。小振りな花束は彰子に持たせる。花を見て自然とほころんだ彰子の表情に、早川も笑みが漏れる。
「おじ様、またこうやって一緒に出掛けてくれませんか」
「いいぞ。それにもっと聞きたい話も出てくるだろう」
彰子は嬉しそうに微笑む。この分身体はどのくらいの年月、この世に留まっているのだろうか。
「彰子は初代の聖女の話とかは誰に聞いたんだ。当時の教会か?」
「それは、初代さんに直接……」
「ん?」
彰子は自分の発言のおかしさに気づいて、ぴたっと止まる。
「私がなんでこの世に留まってるのかわかりましたわ! ただのお当番です!」
「え?」
「なんの悔いがあるんだろうって、ずっと考えてたのに! やっぱり、そんなもの全然なかったんです! 考えて、損した!」
彰子はぷーっと膨れっ面をして怒っている。
「おじ様、またいつか交代してください」
「ええ、面倒だな」
「もう! 私に言わないで! じゃあ、一緒にやりましょう!」
軽口を言い合いながら、二人は教会に戻る。
彰子と別れたあと、教皇に別の部屋に案内された。
「今日は、お疲れさまでした」
「いえいえ。楽しかったですよ」
教皇が自らワインを注いでいる。
「よろしければどうぞ」
彰子の忠告が頭をちらつく。
卓上に葡萄酒が注がれた杯が次々と並ぶ。その内のひとつを、教皇は口へと運んだ。
毒はなさそうか。思い、杯を選んで飲んだ。
「もうひとつどうぞ」
別の杯を飲む。
「もうひとつ」
さらに勧められて飲む。
「まだありますよ」
「いや、もう結構」
これで付き合いは果たした、と勧めを断る。教皇はにっこりと笑った。
「あなたは、本当に神に守られているのでしょうね」
「はあ……」
「あなたが選んだ杯以外には、毒が塗られていたのですよ」
何をしやがる。と思うがとっさに返す言葉も浮かばず、ただ見返す。
「冗談ですよ」
笑って言う教皇の口調は本当に冗談のような口調だが、冗談とも思えず早川は背中に冷や汗を流す。
教会は伏魔殿だ、との認識を改めて強くするのだった。




