86 救世は利己的にしましょう1
教会を出て、潜んでいた男の前を通る。
「よっ! ご苦労さん」
真面目に仕事をしているマシュウを労う。潜んでいるのに堂々と声をかけたのは多少のいたずら心だ。
「娘だ。かわいいだろう」
「こんにちは」
「は!?」
早川は意味もなく彰子を自慢気に見せびらかす。マシュウは真に受けず流しかけて、その幼女の顔が妙に早川に似ているのに二度見する。
「どこに行きたい?」
「街ー」
二人は意気揚々と街へと向かう。
「おじ様、あれを食べてみたいです」
「よし」
彰子が指差す出店の菓子を買って手渡してやる。
「お行儀悪いけど許してね」
彰子はかぶりつきながら話し出す。そうすると口許が自然と隠される。どこかで見張られているのをわかっているのだ。
「最初の聖女は救世のために召喚されたんじゃないんですよ」
「何?」
「お嫁さんが欲しかった王様が召喚した女の子がとても優秀だったから、聖女と呼ばれてしまったのです」
血統による魔法の継続は何度も危機を迎えた。
「そんな都合よく継承はできないんですよね。どうしても政治が絡むんですもの」
既得権益を守ろうとする貴族主導で婚姻を進めれば、血筋がいいだけの婚姻も当然ある。
「それに近親婚を進めれば、体の弱い子が産まれてしまいますし」
国難に際し、魔法力を求めた結婚をしようにも望む人選が得られなかった王は、人選自体を神に投げた。
そして、召喚された乙女は王と恋に落ちる。彼女を認めない貴族達を黙らせるため、彼女は獅子奮迅の活躍を見せた。
「その結果、聖女として認定されて無事に王様と結婚できたってわけです」
「なるほどね」
「その後、なにか困ったことがあれば聖女を召喚しようって流れができたんです」
「……迷惑だな」
「ねー」
うまく語れば美談に聞こえるだろうが、召喚される側から見ればはた迷惑である。
「召喚された子は大体みんながんばってしまうんです。好きな人や大事な友達のためにってがんばって聖女らしくなってしまうんです」
「善良な子が多かったんだな」
「私、そういうがんばる気持ちがわからないんですよ。私には恋愛感情がないんです。がんばる彼女達を見てると、感情を人質にとられてるみたいで、とてもモヤモヤしてくるんです」
「そうか」
確かに教会ではしづらい話だ。
「彰子は何でがんばったんだ?」
「それは……」
そこで彰子はしゃべるのを一旦やめた。
「おじ様、これ食べてても全然減らないのです。食べてくれませんか?」
「さすがに飲食はできないもんなのか」
かぶりついてたはずの菓子は形がそのまま残っていた。
「……おじ様、甘いもの苦手でいらっしゃる?」
「嫌いだと思ったことないんだが……」
そう言いながらも、二口目からは眉間に皺を寄せながら食べている。
「私は絶対に元の世界に戻りたくなかったから、がんばったんですよ」
「へえ」
「私の家は造船をやってる大きな商家でした。お金持ちの家だったんですよ。それで、結婚相手も親に決められたのです」
「ほう。結婚が嫌だったのか」
「それが、私は政略結婚はむしろ気が楽だったんですよね」
「うん?」
予想を超えた発言に、片眉を上げる。
「私は誰かを好きになったことがないんです。恋ができない人なんですよ。ただ運命の人に巡り会ってないだけかと思ったこともありましたが、そうじゃないんです」
「そうか」
素直にうなずく早川に彰子は首をかしげる。
「おじ様は私の言うことを否定しませんね」
「寺にいれば、いろんな人間がやって来て勝手にしゃべっていくもんなんだ。夫に溺愛されているのに愛せない妻や、子供を愛せない母親や、壮年になって親を憎んでいることに気づいてしまった名士とか、色々だ」
早川や他の僧はその悩みを積極的に解決することはなかったが、話を聞くぐらいのことはしていた。
「人間の数だけ悩みはあるもんだ」
彰子の頭を撫でながらうなずき、彰子の言葉を肯定する。
「私の婚約者と妹が恋仲になってしまったんですよ」
「あー」
「ありがちでしょー。私は全然お相手が好きじゃないし、妹と引っ付いてくれれば、私は嬉しいのにそれが許されないわけですよ。私を悪役にして、こっそり密会して悲劇の主人公ぶられるのも腹が立つんですよ」
思い出してぷんすかしている彰子をなだめるように背を撫でる。
「だから、こちらに来たのは渡りに船だったんです」
「あっ、船! 乗りたいです!」
「よし、乗ろう!」
川を渡る船を見つけた彰子が指差す。岸辺から今にも出そうな船に駆け寄って乗り込む。
滑り込むように乗り込んだすぐ後に、この男も乗ってきた。
「さすがについてくるのがうまいな」
「……わざとやってますよね」
マシュウに向き直って誉めると、苦々しい顔をしている。
「教会の人は乗り損ねたみたいですねー」
岸辺に取り残されて、走って追いかける人物の姿が見える。
「手を振ってやろう」
「お元気でー」
この二人、本当にいい性格をしているとマシュウは思う。
「せっかく悪役になりそうな結婚から逃げられたのに、こっちに来てからも貴族の男の人達から結婚を申し込まれたんですよね」
「ほー」
「それも、みんなが愛をささやくんですよ。もっと、権力が欲しいからだとか打算のためだとか言われた方が楽なのに」
「普通はその方が誠実だと思われるからな」
呆れたような口調の彰子に苦笑いする。
「それも、みんないいとこのお坊っちゃんだから、すでに婚約者がいるんですよ。また同じことの繰り返しじゃないですか。だから、私は当時の王子様にお願いしたんです」
彰子の表情がいたずらっ子のように変わった。
「聖女は王となるものとしか結婚できないって法を作ってもらったんです」
「……なんちゅうことをしやがる」
明らかな職権濫用である。彰子はえへっと笑ってごまかす。
その法の話は先程教会で聞いたばかりである。時代が下って聖女の結婚可能な人間は王位継承権を持つものすべてに拡大されている。
最初聞いたときは、とんだクソ野郎が自儘な法を作ったんだなと思ったのだが、真相は聖女の側からの企みだったのだ。とんだ悪女である。
「その王子様には婚約者はいなかったのか?」
「いましたよー。友達です。彼女にも相談して、三人で決めたんですよ」
「ええー……」
「王子様と婚約者は相思相愛なのに、過去の例を持ち出されて聖女と結婚すべしと勧めてくる人が多かったんですよね。だから、確実に二人をくっつけつつ、うるさい外野を確実に黙らせるには偽装結婚しかなかったんですよ」
「うーん……」
彰子と王子は白い結婚をし、王子の婚約者は側妃となって後継の子を産んだ。
その場しのぎの策が与えた後世への影響がやたら大きい。
「こんな悪法は後世の王がとっとと撤廃するだろうと思ってたら、まさかの今まで存続しちゃってますね」
彰子は申しわけなさげに目を伏せた。
「王位継承者全員を可とする法案は、なぜかあの方が中心となって反対してましたし」
「あの方?」
「今の枢機卿の前世の内のひとつです」
「それはあれか。食べられない位置にある柿を渋い柿だと言い張るような」
「こっちでは酸っぱい葡萄って言うんですよー」
またひとつ無駄知識が増えた。
「私がずっと白い結婚してたから、聖女とは清純で貞淑なものみたいな人物像ができてしまいました。ただ私がしたいように動いただけなのに。そんなつもりじゃなかったのに」
「そうか。それで償いたい気持ちがあって分身体を残して、後世の聖女を支援しているのか」
「そこまで卑屈な反省はしてませんけど」
「してないんかい!」
思わず強めの大声が出た。
「私は、私が思う通りにやりたいことをがんばったから、他の子もそうあって欲しいと思うだけです。おじ様は勝手にそうしてくれそうなので、好き」
「ありがとよ」
好意を伝えてくれたので、よしよしと頭を撫でた。




