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85 聖女とはなんぞや2

「英心様はもしかして私のご先祖様ですか。なんだか、お父様と私よりも似ていて不思議な気持ちになるのです」

「そう言われても……」

「私、家族の誰もこんな髪をしていないのに、一人だけまっすぐではないのです。でも、英心様もまっすぐですよね」

「……俺の嫁がそんな髪をしてるよ」

「じゃあ、私の髪は先祖返りなんですね!」

 少女の目がきらきらと輝き出して、いよいよ戸惑いが強くなる。


「お祖父様とお呼びしてもいいですか」

「絶対嫌だ」

 早川はまだ二十八である。髪も黒々としているのに、爺扱いは困る。

「じゃあ、お父様……?」

「それは……まあ、有りだな」

「あ、やっぱりいいです。なんか嫌です」

 今度は肯定を返すと、向こうが拒否してくる。

「では、おじ様とお呼びしますね」

「まあ、いいだろう」

 甥が生きていれば、この彰子の見た目位の年齢になっているだろう。早川も同意する。そこで一旦落ち着いた。


「残留思念と聞いたが、こんなに自由にしゃべれるものなのか。俺が想像したのは、恨めしやといって脅かしてくる地縛霊みたいなものなんだが」

「私にもよくわかりませんわ。私本体はすでに輪廻の輪に帰っているはずなんですけど、何か心残りがあったのかこうやって分身が残ってしまったのです」

「心残り?」

「それが何かは私にはわかりません。その心残りが解消されれば、いずれは私も消えるのだと思います」

「そうか……」

 無理矢理調伏することは可能だろうが、そうする気になれなかった。何より、彼女がなんの害意も持っていないのである。

「おじ様は髷をされてないのですね」

「ああ。来たときはしていたんだが、こちらでは見ない髪型だからな。今は下の方で束ねている」

 こちらの多くの男性に合わせて切ってしまおうかとも思ったが、面倒になって束ねるだけにしている。

「時流に乗ってそろそろ月代(さかやき)にしようかと思ってた矢先にこれだ。もし月代にしていたら、さぞ珍奇なものに見られていただろうな」

 想像がついて、彰子もうんうんとうなずく。


 先程から、あまり必要でない無駄な話で盛り上がってばかりだ。もっと、聞きたいことを聞こうと切り出す。

「魔法について教えてくれないか」

「魔法の何をお知りになりたいのですか?」

「うーん……俺は魔法を使いこなせるようになる気がしないんだが、そもそも魔法とは一体なんなんだ」

 妙に抽象的な質問になってしまった。

「魔法は、霊力と似たようなものだと思いますわ。本人の持って生まれた資質と研鑽で発現する辺りは同じですね」

 彰子の説明は早川の考えと合っている。

「多分、魔法は発現の仕方が霊力より特殊なんです。霊力をより発展させたものでしょうか。霊力がなんの属性も持たない力のみの状態で、それに特徴を持たせたのが魔法でしょうか」

「属性……火とか水とか、そういうものか」

「はい。私達の世界でも、たまに火を扱う能力者の話はお聞きになったことがあるでしょう。そういう能力者を保護して囲い込んで、その血を連綿と受け継がせたのが火魔法の術者だと思うのです」

「やはり血統か」

「はい。だから、貴族に魔法が使える人が多いのでしょう」

 彰子の説明に早川は納得した。


「聖女の術について教えてもらおうか。浄化や結界は光魔法と呼ばれるものじゃないのか」

「回復や蘇生も光魔法ですわ。と言うか、光魔法はほとんど霊力に近いものなのです。だから、魔法に馴染みのない霊力が高いだけの聖女でも使えるようになるのです」

「そういうものなのか。……俺は回復や蘇生はできる気がしないんだが」

「おじ様は仏教徒でいらっしゃいます?」

「ああ。今は侍をやってるが、元は僧侶だ」

「では、その仏教的な考えと合わないから習得できないのですわ。仏教は死を受け入れるもの。こちらの世界のように蘇生を尊ぶ考えとは反発してしまうのです」

「なるほどね」

 よくわかった。教会が望むような働きはやはりできそうにない。



「おじ様。私お願いがあるのです」

「なんだ?」

「外に出てみたいのですわ。ちょっと遊びに出掛けたいんです。是非連れていってくださいませ」

「おお。いいぞ」

 早川は安請け合いする。彰子は喜んで、幼女の姿になり実体化した。

「器用なことができるな」

「おじ様、抱っこ」

 せがまれて抱き上げてやる。

「いいな。娘も悪くない」

 二人ともがご機嫌で部屋を出る。

 部屋を出ると、枢機卿が涙を流しながら頭を下げた。その様子に早川はええ、と戸惑う。

「私は今まで、聖女に何かを叶えてもらおうと思うばかりで……それがあなたは聖女様の望みを叶えることができるお人で、しかもあなたは聖女様の父とも言えるお方……」

 言いながら枢機卿は跪く。

「この方、何度も産まれ直しては、その度に私に会いに来られるのですわ」

「それはそれは……」

 早川はそれを聞いて最初は哀れに思ったが、望んでそうしているのならば哀れむのは違うか、と思い直す。しかし、不毛だと感じる。

「ね」

 彰子と目を合わせると、うなずかれた。

「あるはなく……」

「小野小町の歌ですか。新古今和歌集でしたっけ。それは誰を指して言っておられるのです? この方ですか? それとも私?」

「……誰だろうな」

 ただ口をついて言ってしまっただけである。案外、早川自身のことであるかもしれない。


「小遣いください」

「……用意させよう」

 軍資金は教皇にねだった。彰子は今は実体化しているので、教皇の目にも見えていた。

「ありがとうございます」

 彰子に言われて、教皇は無言でうなずくとその場を去っていった。

「おじ様、お耳を貸してください」

 彰子は手で覆いをして耳打ちしてくる。見た目の幼さに合った子供らしい仕種がほほえましい。

「外に出たら教会ではしづらい話をいっぱいしましょうね」

 言われて、早川は彰子と顔を見合わせる。二人はよく似た顔で笑った。

題知らず 小野小町

あるはなく なきは数そう世の中に

あわれいづれの日まで嘆かん

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