40 夜が来る前に倒しましょう
「化け物か。昼間は大人しいみたいだから今のうちに通りすぎた方がいいぞ」
炭焼きを生業にしている男に出会った。偶然通りかかった旅人のふりをして話を聞く。
「その化け物はどんなやつなんです」
「でかいムカデらしい。熊の寝床を奪って昼間は穴の中でじっと息を潜めてるそうだが、側を通ると食われるぞ。場所は教えとくから、迂回して進めよ」
山に炭焼き窯を構えている男は山の事情に詳しかった。
熊が街道近くに寝床を構えていること自体が危ない。だが、この魔物はその寝床を奪うほどの強さを有する。
「ムカデ苦手なんですよねー。5、6回刺されてるんで、次刺されると毒のぶり返しにやられそうで」
清六は世間話のように言うが、いくらなんでも刺され過ぎだ。
「ここがその魔物の巣か」
迷うことなくすんなりと現場にたどり着く。
「静かだな」
「寝てるんですかね」
「虎穴に入らずんば……さすがに危ないですよね」
千佐が危険な提案をしかけて取り下げる。
「じゃあ、あの火を出すやつを放って向こうから出てきてもらいましょう」
「毎回思うけど、いっつも大胆で大雑把だよね」
しかし先程は情けないところを見せたのでやらないと言う選択肢はない。
「クリフ様は勝てます!」
「あ、うん」
千佐の言霊がぶつけられる。武器の強化も先に済ませる。
「じゃあ、行くよ」
穴とほぼ同じ大きさの火を作る。その斜め後ろで千佐は弓を引いて待ち構える。
地響きと共に奥から赤く光る目が迫り来る。
千佐がまず弓を射る。当たってるはずだが怯む様子もない。薬指小指に挟んでいた矢で二撃目三撃目を立て続けに射る。
苦悶の声か、雄叫びが響くが魔物の足は止まらない。
火魔法で戦うか刀で戦うか迷って、刀を構える。ムカデの口を刀で受け止める。押しきろうとするがじりじりと返される。
その口を刀で切り捨てる気でいたが、鋼のごとく硬くわずかに傷がつくだけである。その傷もじわじわと塞がれていく。ムカデに押されて足元の土がえぐれる。
千佐の放った矢はムカデに刺さっていた。だがムカデの行動を止めるに至らない。
千佐は回り込み、もう一度矢を射る。新たに刺さるが痛手を受けた様子はない。
しかし、千佐の矢が貫通して刺さっているのに対し、自分の握る刀が微々たる傷しか与えていないことに、クリフォードは焦りと苛立ちを覚える。
「この野郎っ」
歯を食いしばり直し、柄を強く握る。刀を返しながら口の牙をへし折った。
牙を折られたにも関わらず、噛みつこうと向かってくる。
ようやく全身を顕にしたムカデの後方に清六が回る。刀を突き入れたが弾かれて傷もつかない。
「すいません、私は使えないようです」
言いながら清六が離脱する。
「いや、清六は強い!強いよ!」
クリフォードは慰めのような言葉をかけて留めようとする。
が、清六が千佐をつかんで後方に下がり、背にかばうのを見てはっと気づいた。
清六の役割は魔物を退治することではない。彼はあくまで早川家に仕える男、すなわち千佐を守るのが本分なのだ。
クリフォードにしても、千佐を守りながら戦えるほど余裕はない。千佐を守ってもらった方が安心できる。
ムカデは口から黒い霧状のものを吐き出す。直感でこれを吸うのはまずいと、袖で鼻と口を塞ぐ。
「これを吸うなよ!」
一旦距離を取りながら、二人に声をかける。
「これとは?」
千佐はクリフォードが声をかけるまでに口を塞いでいたが、清六は感知すらできてないらしい。
それだけで魔物と戦うことに不向きなことがわかる。
「祓い給え、清め給え!」
「痛って!」
千佐が声を上げながら清六の背を叩く。ムカデの攻撃を無効化するべく清めのためにしたらしい。
クリフォードは改めて覚悟をし直した。
ここには、自ら盾になろうとするような兵士はいない。矢のように魔法を降らせる人員もいない。
千佐に強化をしてもらったら、後は一人で戦わねばならないのだ。
持てる力をすべて出し、新たに力を身につけねば戦っていけない。
「クリフ様!一度こちらへ!」
千佐がクリフォードを呼ぶ。清六が目潰しを投げつけたがたいした効果はなさそうだ。
火魔法をムカデの顔にぶつけると、千佐の呼び掛けに応じて駆け寄る。ムカデの足が止まり、苦悶にのたうっている。やはり火は通用する。
「一度引きますか?」
「……いや、倒す。倒せるはずだ」
退却をするかと聞かれてそれをはねつける。
火魔法が効いているので、活路は見えている。
ただ、より素早く複数叩き込まないと倒すに至らない。刀を振るうように、同じ素早さでぶつけたい。
「クリフ様はあれを切れます」
千佐が言霊を放った。刀を再度強化する。
「愚直でしょうが、私にできることはこれだけです。何度でも言いますし、何度でも刀を強くします。クリフ様は、絶対にあれを倒せます!」
「そうだな。絶対に倒せる。夜までに倒そう」
根拠の無い自信が沸いてきて、大言壮語する。
蛮勇かもしれないが、この沸いてきた自信を力に変えて見せると、決意する。
ムカデと相対する。燃やした顔部分が燃え尽きると、新たな顔が出現した。
再生したわけではなく新たに作り出されたようだ。
燃え尽きた分、体全体が短くなっている。どういう仕組みなのかわからず気味が悪いとクリフォードは思う。
炎を見せると向かって来ない。
刀を構える。向かってくるムカデを眼前に迫り来るまで動かず引き付ける。
刀を振るうように、魔法を叩きつける。
刀身に火魔法をまとわせる。その刀を振るいムカデの牙を断ち切る。
これまでの苦労がなんだったのかと思うほどに、軽く切れた。
その勢いのまま前進し、ムカデを横薙ぎに切る。その長い体を細かく切り刻んでいく。その末尾まで切り刻んだところで、振り返った。
ムカデは体を維持できず霧散していった。
刀を鞘に納め、ふっと息をつく。
頭の中の一部分がぼんやりと熱を持ったように感じる。
普段、魔法を使うときには一度集中してから、それに専念する。
魔法と剣を同時に扱うのは、発想は単純ながら存外難しく思えた。
二つのことを同時に行う器用さと倍以上の集中力を必要とさせられた。
魔法の発動を普段より短くした上で出力を維持し続けなければいけない。実行する人間を見たことがないのも納得する疲労感である。
「クリフ様!」
千佐の声が喜びで弾んでる。瞳も心なしか嬉しそうに輝いている。駆け寄ってきた千佐に破顔を返す。
「ありがとう千佐」
礼と共に、頭を撫でた。
思わず抱き寄せたくなるのをこらえての行動だ。この国の人間はそんなに簡単に抱擁したりしない。それをクリフォードは学んでいた。
普段、表情の固い千佐が柔らかく微笑んでいる。千佐の頭を撫でて、さらさらした髪の手触りを快く思う。
「どうした、清六?」
清六がムカデのいた巣を覗き混んでいる。
「ムカデって大概番でいるんですよねー」
「え」
不穏な言葉に固まっていると地響きが聞こえてきた。
二匹目のムカデが現れた。
「やってやらぁーーーっ!」
「倒せます!」
半ば自棄になって叫んだ。千佐も声を出す。日は傾き出していた。




