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第8話・書庫でのハプニング

 溝畑製薬での歓迎会があった日の帰り道、キャリアくんと二人で社屋に逆戻りした。

道中私はご機嫌斜めだ。その原因は歓迎会の席で、女子社員に囲まれていたキャリアくんが、私とのカレカノ宣言をしたからだ。

着くまでの間、キャリアくんを問い詰める。


「さっきのカレカノ宣言は、何よ!」

「いいだろ?その方が二人で抜け出し易いし、言い寄ってくる輩も居なくなるし、社内でもすぐに報告が出来るし、一石三鳥だよ。」

「あのくらいの誘い、軽くあしらいなさいよ……」

「俺はお嬢ほど、修羅場を潜り抜けて無いからな。」

「危機回避能力と言って欲しいわね。」

「そ~ゆ~事にしておくよ。」


そんな話をしながら社屋に着き、静まり返った建物内に侵入する。


「お嬢のご両親は、いつ頃亡くなったんだ?」

「8年前よ。」

「なら、その前後で探してみよう。」

「分かったわ。」


書庫に入り、手分けして8年前からの人事課の書類を見て廻った。


「あった!この写真の人物で間違いは無いか?」


キャリアくんに手招きされ、手元のファイルを覗く。


「ええ、間違い無くデータを売った瀬川さんよ。でも、開発部に採用された事しか載って無いわね。」

「そうだな。開発部の書類も見てみるか。」

「新薬に関するファイルだけでも何とか……」


棚を移動して、開発部のファイルが並べてあるところへ移動した。


「あった!新薬のファイルだわ!」


ってか、一番上の段ね……手を伸ばせば取れるかしら……

背伸びをして、何とかファイルに手をかける。


「よし、取れる!」


目的のファイルを引き出した時、その上から別のファイルが滑り落ちてくるのが見えた。

嘘っ!更に平積みしていたの?


「落ちるっ!」


ドサドサッ!

雪崩のように頭上目掛けて落ちてくるファイルから、咄嗟に頭を守ろうとした瞬間、ふわっと温もりに包まれた。


あれ?痛くない……

恐る恐る目を開けると、キャリアくんの焦った顔が目の前に!


「あっぶね~な!こ~ゆ~時は呼べよ!」

「ごめん、ごめん!まさか平積みしてるとは思わなくて……」


更に状況を把握して、ドキッ!とした!

う、嘘っ!キャリアくんに思いっきり抱き締められてる状態じゃない!しかも、離れる気配無いしっ!


「あの……」

「ん?何?」

「何では無くて、もう大丈夫なんだけど……」

「意外に男馴れして無いのか?ここは黙って目を閉じるところだろ?」

「……はぃ?ば、馬鹿でしょっ!」

「お嬢は、意外に小さいな。」

「私は平均よりも少し大きい方よ!」

「そうか?すっぽりと腕の中に収まるけど。」

「キャリアくんがでかいの!」

「俺も平均より少し大きいくらいだ。」

「ってか、いい加減に……」


キャリアくんから強引に身体を離した時、急に書庫が真っ暗になった!


「えっ?何?」


カチャ……

ドア付近で、微かな音が聞こえる。


「今の音って……」

「もしかして、閉じ込められた?」


スマホの明かりを頼りにドアまで慎重に近付き、ドアノブを回してみる。鍵を外から掛けられたようで、開く気配が無い。


「やられたわ……閉じ込められたみたい……」

「ファイルが落ちた音が聞こえた筈だし、わざとか……脅迫状の犯人の可能性があるな。」

「そうね。ひとまず二課へ電話して、助けて貰いましょうか。」

「だな。」


すぐに捜査二課へ電話して、助けを待つ間、スマホの明かりでファイルの中身を出来るだけ写真に納めた。


「とりあえずこんなものか。」

「そうね。暗くてよく見えないから、帰ってパソコンに落として見ないとね。」


まぁ、性格に難あるけど、私を咄嗟に抱きかかえて助けるなんて、キャリアくんは本当にフェミニストなのね……

久しぶりに男の人に抱き締められて、ちょっとだけドキッとした事は、弱みを握られるだけだから、黙っておこう……


それから暫くして、今夜宿直の河猪課長が助けに来てくれ、無事に書庫から脱出できた。




 庁舎に戻り、パソコンに繋いだUSBメモリーへスマホの写真を落としていく。 


「写真のデータを写し替えたら、帰っていいぞ。俺が明日の朝にでも鹿野へ渡しておくよ。」


少し離れたデスクから、河猪課長が気遣ってくれている。


「ありがとうございますぅ♪移し替えたら、帰らせて頂きますっ!」


お嬢様笑顔で返事をしながら、作業を進めていく。キャリアくんの写真データと合わせれば、終了だ。


「拓海くん、私は終わったわよ♪」

「では、こちらへUSBメモリーを渡して頂けますか?」

「お安いご用ですわ♪」

「ありがとうございます、杏奈さん♪」


意味も無くキャリアくんと、仮面笑顔の交換。

最近、溝畑製薬で過ごしているせいか、仮面笑顔のエール交換が癖になってきたわね……




 翌日、写真が気になった私は、捜査二課へ足を運んだ。


「お?杏奈ちゃん、今日は休みやろ?どないしたん?課長なら宿直明けで帰ったで。」


刑事部のドアを開けるとすぐに、蝶谷さんに話し掛けられた。


「写真が気になってぇ。チェックだけしたら、すぐに帰りますぅ♪」

「杏奈ちゃんは、仕事熱心やなぁ。」

「ふふ!やっと、お分かり頂けましたかぁ♪」


そりゃ、パパとママを殺した犯人の手掛かりが残っているかもしれないしね。

そんな考えは心の奥底に仕舞い込んで、パソコンとにらめっこしている鹿野さんのデスクまで歩み寄る。


「鹿野さん、何か目ぼしい写真はありましたかぁ?」

「今のところ無いのぉ……横領の金の流れも、脅迫される手掛かりも無さそうじゃ……」

「そうですかぁ……」


やっぱり、そう簡単には行かないわよね……

深い溜め息をついた時、キャリアくんがやって来た。


「拓ちゃんまで休みなのに、どないしたん?写真が気になったん?」

「まだスマホに残っていた写真があったので、お届けに来ました。」


蝶谷さんと一言交わしたキャリアくんが、爽やかな仮面笑顔で私に向き直った。負けじと、極上のお嬢様笑顔で応える。


「杏奈さんも来られていたのですね♪」

「ええ、写真が気になったものでぇ♪」


それからキャリアくんは、一つのUSBメモリーを取り出して、鹿野さんへ渡した。


「鹿野さん、バックアップ用USBメモリーに、残りの写真を入れておきました。こちらを使って下さい。」

「おお、わざわざすまんのぅ。」


パソコンにUSBメモリーを繋ぎ、追加された写真を見始めた鹿野さんの強面が、一段と険しいものとなった。


「追加されとる写真、原料についての書類のようじゃが、この隅に消された後が見えんか?」


みんなでパソコンを覗きこむ。


「本当ですね……鹿野さん、何とか読めそうですかぁ?」

「何とか画像のコントラストを変えて……」


鹿野さんはブツブツ言いながら、またパソコンに向かい、カチャカチャと操作し始める。すると、微かだけど書かれている文字が浮かび上がってきた。


「『社長……どこから?』って書かれてありますね……」

「ほうじゃの……ファイルに挟んどる紙を調べる方が確実じゃろうが、原料の麻薬を社長が調達してきた可能性があるのぉ……」


社長自らが麻薬の調達?まさか、この関連で脅迫状が送られてきたの?

眉間に皺を寄せて考え込む私の肩を、ポン!とキャリアくんが軽く叩いてきた。


「杏奈さん、まだ確実な事ではありませんよ。ちゃんと証拠を掴んでから考えましょう。ファイルの場所は分かっていますから、何とか原紙を入手してみます。」

「そうね……」




 それから私とキャリアくんは歩いて帰宅した。


「お嬢、焦って見誤るなよ……」


帰り道、歩きながらキャリアくんが嗜めてくる。


「何の事?」

「ファイルの文字の事だ。製薬会社の社長だから、国に認可された麻薬の正規入手ルートくらいは持っている可能性もある。それに俺達の捜査は、殺人犯ではなく、脅迫状の犯人探しだ。」

「分かっているわよ……」

「身内が絡んでいる場合、冷静な判断が出来ないって事で、捜査からは外されるのが普通だ。お嬢の場合は捜査が終わった昔の事件だから、外される事は無いけどな……」

「大丈夫よ……常に冷静を心がけるわ。」

「心がけるって言っている段階で、冷静さに欠けてるだろ。」

「……」


冷静になれって方が無理よ……もう少しで、パパとママを殺した犯人の手掛かりが掴めるかもしれないのよ……

黙って歩いていると、キャリアくんがいきなり声を上げた。


「よしっ!今から飲みに行くぞ!」

「はぃ?!今はお昼よ。開いてる店なんて、見つからないわよ。」

「一軒だけあるだろ?」

「何処よ?」

「“スナック松浦”がさっ!」

「それって、ただの家飲みでしょ……」

「そうとも言うな。そうと決まったら、早速コンビニで買い込もうぜ!今日は俺のおごりだ!ちゃんといかピーも買ってやるからさ♪」

「そもそも、了承して無いんだけど……」

「一人でいたら、考え過ぎるだろ?こ~ゆ~時は、パ~ッ!と飲んで騒ぐのが一番さっ!」


キャリアくんなりの気遣いね……確かに冷静では無いかもしれないし、ここは甘えておこうかしら……




 「お嬢はバイクを持って無いのか?」


マンションに戻って、コンビニで買ったおつまみとお酒を頂いている時、キャリアくんが唐突に尋ねてきた。


「持ってないわよ。警察学校で乗った時が最後かしら。」

「ふ~ん。この前俺の後ろに乗った時、慣れてるなぁって思ってな。」

「エール大学に通っていた時の彼氏が、バイク乗りだったのよ。」

「一応、彼氏がいたんだ。」

「一応とは失礼ね……」

「それで、今は?」

「日本へ帰る時に別れたわよ。泣かれたけどね。」

「はは!男を泣かすなんて、流石はお嬢だな!」


二本目のビールのプルタブをプシュッ!と開けながら、反撃に出てみる。


「キャリアくんこそ、いつ結婚するのよ。もう彼女と付き合いが長いんでしょ?」

「……まぁな。相手の気持ちもあるし、簡単には行かないよ。」

「へぇ~。フェミニストくんは、プロポーズをまだしていないヘタレか……」

「そのうちな……」


あれ?まただ……彼女の話になると、キャリアくんの表情が暗くなる気がする……男でも、マリッジブルーってあるのかしら?

その時は、軽く考えていた。




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