第7話・会社社長脅迫事件
巡回から戻ると、すぐにミーティングコーナーへ手招きされた。二課のみんなが勢揃いだ。
「何かありましたかぁ~?」
手招きしてきた河猪課長に尋ねる。
「鹿野が調べていた溝畑製薬に、脅迫状が届いた。」
「あの横領の告発文が届いた件ですかぁ?」
「今回は、新薬の開発を止めろという内容だ。それで、被害届が出されたが告発文もあって、ウチで担当する事になった。」
それから課長が指示を出していく。
「鹿野は引き続き、金の流れを調べてくれ。」
「はい。」
「蝶谷は脅迫状を鑑識に回して、ライバル会社で同じ薬を開発していないか、外部犯の可能性を調べてくれ。」
「はい。」
鹿野さんと蝶谷さんの返事を聞いた河猪課長が、私とキャリアくんに向き直った。
「松浦と鶴崎は俺と一緒に、溝畑製薬へ話を聞きにいくぞ。」
「はい!」
「分かりました。」
戻したばかりの覆面パトをまた手配して、河猪課長とキャリアくんと私の三人で乗り込んだ。車中、河猪課長に詳しく話を聞いてみる。
「課長、溝畑製薬はどんな薬を開発しているのですかぁ?」
「麻薬を使った新薬だそうだ。」
「えっ?麻薬を?」
「そうだ。」
それって、詳しくは知らないけど、パパとママが研究していた薬と同じかも……これが成功すれば、貧困に苦しんで仕方なく麻薬製造に携わる世界中の人達を救えるって言ってた筈……
「ん?松浦、どうかしたか?」
「いえ……麻薬と聞いて、ちょっと驚いてしまいましたぁ♪」
「麻薬絡みだから、内容によっては暴対と協力になるかもしれないが、出来れば捜二で片付けたいな。」
「そうですね♪」
動揺を隠すように、お嬢様笑顔で答えた。
溝畑製薬に着いてすぐに、社長室へ通される。社長は人の良さそうな笑顔で、私達にソファを勧めてきた。
「わざわざお越し頂きまして、申し訳ありません。私、社長の溝畑と申します。」
「私は捜査二課の河猪です。私の隣から、同じく捜査二課の松浦と鶴崎です。」
河猪課長に紹介され、軽く頭を下げてソファへ座る。
「同じ事の説明になるかと思いますが、再度、経緯を教えて頂けますか?」
河猪課長の言葉に、溝畑社長は少し神妙な顔付きをして、口を開いた。
「私宛に郵送で、新薬の開発を止めなければ、社員が痛い目にあうという内容の脅迫状が、送られて来ました。」
「例えばライバル会社など、送り主に心当たりは?」
「恐らく内部の犯行かと……」
「それは何故ですか?」
「今朝になって、秘書が、先週私のデスクに開発を止めるよう書かれた文書が置かれていた事を言って来まして……」
「その文書はありますか?」
「いえ。止めるようにしか書かれていなかったそうで、ただの悪戯だと思い、処分したそうです。」
成る程……効果無しとみて、今度は脅しにきたという感じね……
「それで、新薬の開発が外部に漏れないようにする為に、可能なら公にしたく無いのですが……」
「社員一人ずつ話を聞くのも、無理ですか?」
「まだ秘書や幹部など一部しか知りませんので、出来れば社員に紛れて調べて頂けないかと……」
そう言って、社長は私とキャリアくんに目線を向けてきた。
「では、松浦と鶴崎に社員として潜入させましょう。」
「お願いします。」
深々と頭を下げる溝畑社長に、にっこりとお嬢様笑顔で答える。
「社員の皆様が安心出来るよう、連携して犯人を捕まえましょうね♪」
「よろしくお願いします。明日には、新入社員として配属されるよう手配しておきます。」
「分かりましたぁ♪」
「新薬の製造に漕ぎ着ければ、病気で苦しむ人達だけでなく、世界中の貧困層を助ける事が出来るかもしれません。」
……えっ?この言葉って……パパが言っていたのと似ている……まさかパパとママを殺したのって……
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。ね!松浦さん、一緒に頑張りましょうね!」
ハッ!
キャリアくんが、ポン!と軽く私の腕を触り、我に返った。
「つ、鶴崎さん!勿論です♪」
貼り付けたお嬢様笑顔で、返事をした。
夜になり、キャリアくんの歓迎会の為、みんなでキャリアくんご推薦の居酒屋へ行った。私の隣りには鹿野さん、テーブルを挟んで向かい側にはキャリアくん、その両隣りには課長と蝶谷さんが座っている。
「居酒屋なんて、杏奈ちゃんはあまり、来いへんやろ?」
「そうですね、社会人になってからですねぇ~。学生の時は、ほとんど“ノワール・リストワール”で、お食事とワインでした♪」
「へぇ~!三ツ星フレンチやないか!流石やな!」
「ふふ!同じゼミの方のご実家でしたから♪」
「普段は何を飲むんや?やっぱ、おフランスのワインなん?」
「色々ですぅ♪」
向かい側の蝶谷さんと和やかに話をしていると、視界の片隅でキャリアくんが笑いを堪えているのが見えた。
て、てめぇ……顔に、プレミアムシルバードライのクセにって書いてあるわよ……後で覚えていなさいよ……
明日の潜入捜査を考えて、私とキャリアくんは早々と切り上げて帰宅した。
「お嬢、今日は飲み足りなかっただろ。」
いつも通りシャワーを浴びに来たキャリアくんが、髪の毛を拭きながら、からかってくる。
「明日は新入社員よ。酒臭い新人なんて、有り得ないでしょ。」
「似合わないフィズとか、可愛らしい酒を飲んでたもんな。」
「あんなもの、ジュースと一緒じゃない。」
それからキャリアくんが、リビングのテーブルを挟んだ向かい側へ座ってきた。
「なぁ、お嬢……あの溝畑製薬と何かあるのか?」
「えっ?な、何の事?」
「とぼけんなよ。何かあっただろ?」
「うまく隠したつもりだったのに……」
「お嬢の貼り付けた笑顔なんて、すぐに分かるさ。まぁ、気付いたのは、俺だけだと思うけどな。」
私がキャリアくんの仮面笑顔を見抜くようなものね……
観念して、キャリアくんに事情を話す。
「……新薬は、私の両親が研究していた薬なの。」
「それって、溝畑製薬に売ったのか?」
「いいえ。研究を引き継ぎたいって、研究所の助手をしていた瀬川さんに売ったわ。」
「瀬川って人は、億の金を出せる程の金持ちか?」
「協力者がいると言ってたわね。」
「その協力者が、溝畑製薬なのか?」
「さぁ……そこまでは聞いていないわ。」
「明日、瀬川という社員が溝畑製薬にいるかどうか、調べる必要があるな。」
「そうね……」
だけど、瀬川さんを通して堂々と買い取った研究なら、脅迫状なんて届かない気がする。きっと、パパとママを殺した犯人が絡んでいるかも……もっと大きな利権が……
翌日、溝畑製薬総務部部長の隣に、私とキャリアくんはスーツを着込んで立った。色々な部所と関われるという理由で、配属は総務部のようだ。
脅迫状の犯人を探すのは元より、可能なら横領の証拠も掴みたいところね……
「松浦さんと鶴崎さんは、社長が直々にスカウトしてきた人材で、二人共英語が堪能だそうだ。ひとまず総務部に席を置き、慣れた頃に再度配属を決める。」
総務部部長が淡々と紹介していく。キャリアくんは人事課、私は総務課のエントランス受付となった。
内部はキャリアくんが探って、私は外部を探るってところね……でも社内を全く把握していない私が受付って、無理が無いかしら?
とりあえず教育係の先輩に指導を受けながら、出来る限り建物内部の見取り図を頭に叩き込んだ。
夜になり、いつものようにシャワーを浴びに来たキャリアくんと、ビールを飲みながら報告会をする。
「今日、いきなり社内名簿を調べる事は出来なかったよ。だけど、瀬川っていう社員はいるようだ。」
「やっぱり協力者は溝畑製薬なのかしら……」
「かもな。瀬川って人の入社経歴を、書庫で調べれたらいいんだけどな。」
「難しいの?」
「いきなり新人が書庫に入り浸りもなぁ……お嬢の方の収穫はどうだ?」
「全く無いわ……来客者カードに目を通したけど、引っ掛かる人は居なかったし……そういえば、金曜日には私達の歓迎会があるらしいわね。」
「……それだ!みんなが居ない時なら、書庫でゆっくりと見れる筈!」
「記録はどうする?写真で残す?」
「そうだな。スマホなら怪しまれないしな。」
少しだけ糸口が見えてきたわね……
グッ!と、缶に残っていたビールを飲み干した。
「お?流石はお嬢、いい飲みっぷりだな。」
「ってか、キャリアくんは、何で私の部屋に馴染んでいるの?」
「プレミアムシルバードライといかピーを持参した俺様に言う言葉か?」
「よく見てたわね……いかピーなんて、初めてコンビニで会った時に買っただけなのに……」
「そりゃ、職業柄だろ。」
「平穏な毎日が侵された気分だわ……」
「俺にとっては、利便性の向上だったな。」
「あっ、そう……」
追加のビール二本を冷蔵庫から取り出して、テーブルに置く。
「あれ?俺のも?優しいトコあるな♪」
「要らないのなら、私が飲むわ。」
サッ!とビールをテーブルから取り上げた。
「嘘!嘘!オ嬢様ハ、イツデモ素敵デス♪」
「その棒読みの台詞は、一体何なの?例えいかピーであっても、キャリアくんに、借りを作りたく無いのよ。」
「ふ~ん、意外と律儀なんだな。」
「この常識的で優しさ溢れる杏奈様を捕まえて、意外は余計よ。」
「はい、はい……杏奈お嬢様の仰せのままに……」
ん?このいかピー、美味しい……いつものコンビニのとは違うわね……
ふと、いかピーの袋に目を向けると、お取り寄せグルメで美味しいと評判の商品だった。
ふふ!わざわざ取り寄せてくれたのね!お礼にビール1本では少なかったかしら。
自然と笑みを溢しながら、いつもとは違ういかピーを堪能した。




