第6話・お嬢様が抱える秘密
非番の日は、朝から新しいスマホを買いに出た。
「もうっ!渋谷のせいで……って、あれ?」
通りかかった近所の総合病院から、キャリアくんが出てくるのが見えた。手には可愛らしい花束を持っている。
「お見舞い?……でも、何で花束を置いて来なかったのかしら……」
まぁいっか。私には関係ないしね!それよりもスマホ、スマホ♪
大して気にも留めずに、その場を後にした。
夕方、新しいスマホの設定をしていると、来客のチャイムが鳴った。モニターには一人の男性の姿が……
「げっ!キャリアくんじゃない!」
渋々、通話のボタンを押す。
「はい……」
──「開けてくれ。」
「何でよ……」
──「風呂に決まってるだろ?」
「……まだ時間も早いし、銭湯でもいいでしょ?」
──「せっかくプレミアムシルバードライを買って来たのにな♪」
うっ!私の大好きなビールじゃない!この前来た時にチェックしたわね……って、駄目だ!駄目だ!
「そのビールならウチにもあるから……」
──「そりゃ、残念だな。」
「という訳で銭湯に……」
言いかけた時、キャリアくんの呟きが聞こえてくる。
──「エール大学……」
はっ?
──「干物……」
「脅しかっ!脅迫かっ!ケーサツ呼ぶわよ!」
──「ケーサツで~す♪」
「はぁ……分かったわよ……」
仕方なく、エントランスのドアを開けるボタンを押した。
部屋へ入り、キャリアくんはビールと可愛らしい花束を差し出してきた。総合病院の前で持っていた花束だ。
「やるよ。」
「いいの?お見舞いへ行って、貰ったの?」
「えっ?な、何で?」
「スマホを買いに行く時に、総合病院の前で見かけたのよ。」
「う、うん……まぁ、そんなとこかな。俺の家に花束も似合わないしな。」
「そこは否定しないわ。」
「冗談でも、そんな事無いって言えよな。」
「独身男のボロ家に、可愛らしい花束……随分シュールな冗談ね。」
取り敢えず受け取り、ビールは冷蔵庫へ、花束はマグカップに飾る。
紫のヒヤシンス……花言葉は、ごめんなさい、許して下さい、悲哀……
お見舞いでこの花をチョイス……まぁ、誰だか分からないけど、知らないで用意したのでしょうね……
この花束をキャリアくん自身が用意したものと解るのは、また後日の話……
シャワールームから出てきたキャリアくんは、髪の毛を拭きながら、感心したように、部屋を見渡している。
「相変わらず広い部屋だなぁ……」
「まぁね……」
スマホをいじりながら、返事をする。
「何部屋あるんだ?」
「3SLDKかな……」
「はぁ……流石は港町のタワーマンション……よく買えたな。ローンが、大変そう……」
「ローンなんか組んでいないわよ。」
「へっ?一括で買ったのか?」
「うん。金利なんて無駄なお金は、払いたく無いからね。」
「いや……普通は一括で買えないだろ……」
「両親の研究データを欲しいって人に売ったのよ。私は研究を引き継ぐつもりが無かったからね。」
「維持費だってかかるだろ?」
「それは機材も含めた研究所と家を売ったお金の利息で、賄えるわ。」
「成る程な……ところで、さっきから何やってんだ?」
キャリアくんがスマホを覗き込んでくる。
「新しく買ったから、設定をしているのよ。」
「そういえば、壊されてたな。」
「バックアップを取った後に知り合った人は、もう一度連絡先を聞かないといけないのよね……」
その呟きを聞いたキャリアくんが、いきなりスマホを取り上げてきた!
「ちょっと!」
「俺の連絡先分からないだろ?入れておいてやるよ。」
そう言って、持ち主の私よりも器用に、画面の操作を始める。
「ほらよ。メモリの一番ゲット♪」
「はぁ?何で一番に入れてるのよっ!」
「最初に登録したからだろ。」
「ったく、もう……」
しかも、鶴崎拓海“様”って登録名は何よっ!普通、自分で様を付けないでしょっ!
キャリアくんが帰って、速攻で登録名の変更をした。
「おはようございま~す♪」
非番明けの朝、お嬢様笑みを浮かべながら、庁舎の玄関で女性職員に囲まれているキャリアくんの横を、足早に抜ける。
「あ、杏奈さん!待って下さい。」
誰が待つかよっ!
ササッ!と、エレベーターへ乗り込んで、閉ボタンを連打。扉が閉まり、エレベーターはそのまま上昇した。
「ふっ、ふっ!今日はいい事がありそうね~♪」
ご機嫌で刑事部のドアを開けると、いきなり課長の怒号が聞こえてきた。
「絶対に許可しないからな!」
「我々は許可を貰いに来た訳では無い。知らせに来ただけだ。」
課長の姿は見えない。パーテーションで仕切られたミーティングコーナーで、誰かと話しているようだ。
先輩の蝶谷さんに近寄って、事情を聞いてみる。
「蝶谷さん、何があったのですかぁ?」
「杏奈ちゃんの引き抜きだよ。」
「でも、いつもは、サラッとかわしていますよねぇ……」
「今回は……」
蝶谷さんが何か言いかけた時に、パーテーションの後ろから二人の男性と課長が出てきた。男性の一人は目付きがかなり鋭く、もう一人はそこにいるだけで、威圧感を感じる。
ふと、私に目を止めた目付きの鋭い男性の一人が、話し掛けてきた。
「失礼ですが、松浦さんですか?」
「はい、そうです。」
「私は、公安の柳沢です。」
こ、公安?
一瞬動揺しそうになったけど、敢えてお嬢様笑みを浮かべる。
「それで公安の方が何か……?」
「ゆっくり説明をしたいのですが、夜にでも時間はありますか?」
「夜は新入りの歓迎会だ。」
すかさず河猪課長の声が遮る。公安の二人は軽いため息をついて、また私に視線を戻した。
「では、お昼はいかがですか?」
「捜査が入らなければ……」
「分かりました。ではまたお昼……」
「はい。」
公安の二人とすれ違いに、キャリアくんが刑事部へ入ってきた。一瞬で重たい空気を悟ったようだ。
「おはようございます……って、何かありましたか?」
「松浦さんの引き抜きじゃ……」
先輩の鹿野さんが、声を潜めて答える。
「へぇ~。何処の部署ですか?」
「今回は、公安でのぉ……」
「公安?それは出世ですね!」
驚くわよね……エリート集団の中でも選ばれた人だけが入るし……スカウトに来るって事は、家族や経歴も全部調べられているわね……
「そうだ!鶴崎は今夜空いてるか?」
課長が何か思い出したように、キャリアくんへ尋ねた。
「特に何もありません。」
「なら良かった。今夜は歓迎会をするから。」
「ありがとうございます。」
すかさず仮面の笑みを浮かべるキャリアくん……
そして、課長が続けて話し掛けている。
「そうそう、昼飯は松浦と二人で、外で食べてきてくれないか?」
はぃ?課長、それは強引過ぎでしょう!
「分かりました。」
仮面を崩さずニッコリと返すキャリアくん……ここまで動揺を隠せるなんて、流石だわ……
捜査一課に取り調べの進捗状況を聞いた後、早々に覆面パトで巡回へと送り出された。
車の中で、キャリアくんと二人きりだ。特に話す事も無いけど、素を知られているせいか、変に構える必要も無い。キャリアくんの運転に身を任せていると、キャリアくんが私に尋ねてきた。
「課長は何で急に、巡回に出ろと言ってきたんだ?」
不思議に思うわよね……ごもっともな疑問で……
「私に、公安と話をさせたく無いみたいよ。」
「出世なのにな。」
「出世に興味は無いし……」
「前から思ってたけど、何で準キャリなんだ?充分キャリアも合格出来ただろ。」
「ノンキャリだと、交番勤務が長いでしょ?でもキャリアはすぐに現場から離れて幹部のお勉強だし、早く刑事部に入って長く留まるのは、準キャリが丁度いいの。」
「そこまで拘る理由……」
キャリアくんが言いかけた時、私のスマホが鳴った。見たことが無い番号だ。不思議に思いながらも、通話マークをタップする。
「もしもし……」
──「公安の柳沢です。お出掛けですか?」
「はい、巡回に出ています。」
──「だと思って、刑事部へは行っていません。きっと課長から、出るように言われたのでしょう。」
課長……バレていますよ……
──「今はどの辺りを巡回中ですか?」
「港町公園の傍です。」
──「では、すぐ近くに“Sea Paradise”という店があります。そこで落ち合いましょう。」
拒否権は無いのね……
「分かりました。今から向かいます。」
──「よろしくお願いします。」
はぁ……ため息をつきながら、キャリアくんに店の名前を告げた。
指定されたSea Paradiseという店は、夜だけの飲み屋なのに、何故か入口が開いている。薄暗い店内で待っていると、公安の二人がやってきた。
「お待たせしました。」
「私達も来たばかりです。それよりも、よく開店前のお店が開いていると、ご存知でしたね。」
「ええ、ここは私の情報屋ですから。」
「成る程……」
刑事部に長くいる人は、情報屋を知ってるとは聞いた事があるけど、公安にもいるのね……
公安の二人はチラッとキャリアくんに目線を向けた。
「彼も同席で、大丈夫ですか?」
「私のバディなので、構いません。」
これ以上キャリアくんに知られて困る事は無いし、二対一で言いくるめられても嫌なので、ここはキャリアくんにも同席して貰うとしよう。
それから威圧感のある男性が、公安の仕事を説明し始めた。
「私は、小野と言う。知ってるだろうが公安の仕事は、テロなど今から起こり得る事件を未然に防ぐ仕事だ。事件が起こってから動く刑事部とは違う。」
「はい、存じております。」
「家族にも内緒で、何年にも渡って、潜入捜査を行う事も普通だ。」
「それで何故私に……」
「先日の濡刃会の捜査の活躍を聞いて、公安へ来て欲しいと思ってな。女性が不足している。すぐにでも戦力になるだろう。」
「ですが私には……」
「エール大学の事も知ってる。海外企業への潜入も充分出来ると判断した。」
やっぱり、そのくらいの調べはついてるのね……
「公安は機密情報を漏らさないよう、酒に強くないと無理だ。どんなに優秀な人材でも、その条件は変わらない。その点もクリアしてるだろ?」
「はは……可能なら、否定も肯定もしたく無いですね……」
初めて知った……公安って、お酒に強いのが前提条件なんだ……ってか、どうやって私がお酒好きだって調べたのだろう……
「それと……我々公安なら、ご両親の事故の犯人も調べれるかもしれない。」
えっ?そこまで知ってるの?
「やっぱり、ただの事故では無いのですか?」
「それは分からない。だが、捜査段階で証拠が消されている事は確かだ。松浦が把握しているのも、その程度だろ?」
「……」
やっぱりそうなんだ……パパが何も無い直線道路で事故する筈が無いもん……それに学会に呼ばれて出席したのに、足としてタクシーではなく、レンタカーを用意されていたみたいだし……
「どうだ?悪い話では無いだろう。」
「……申し訳ありません……魅力的なお誘いですが、今すぐ公安へ移るのは……」
柳沢さんと小野さんの二人は顔を見合わせて、席を立ち上がる。
「分かった。だが、考えておいてくれ。」
「分かりました……」
帰りの車の中、キャリアくんが様子を伺うように尋ねてきた。
「ご両親の件、俺も一緒に調べようか?」
「いや……間違いなく、警察内部に犯人の一味が居るわ。下手したらキャリアに傷が付くわよ。」
「だけどな……」
「何も知らない事にしておいて……」
「……他に知ってる人は?」
「河猪課長が知っているわね。それで私を二課へ引っ張ってくれたの。後は鑑識の菖蒲さんかな?彼は、鑑識に配属されて最初の事件だったらしいわ。」
「菖蒲さんは、何か言ってるのか?」
「……ブレーキオイルが漏れていたと……しかも少しずつ漏れるように、故意に穴が開けられていたのを報告したけど、単なる事故で処理されている事に、驚いたらしいわ。」
「成る程……」
それからは黙って庁舎まで戻った。
事故のことを変に聞き出そうとする事も無く、同情する事も無い……何も話さない空間なのに、何処となく居心地の良さを感じるのは、本性を見せ合えるからなのかもしれないわね……
そんな事を考えながら、窓に流れる景色に目を向けた。




